第27話

「第五回 クラス会議を始める。議題は食料問題」


 議事堂にクラスメイトが集合している。

 遠征に出ている七人と乃木坂羽衣義妹は欠席。

 いつものように委員長が司会進行だ。


乃木坂のぎざかさんが農作業を休止しているため、食堂への野菜や穀物の供給が停止している。いまのままでは食事を提供することができない。彼女について事情を知っている人はいないか?」


 俺は知らない。

 そもそも、彼女はクラスのなかで孤立している。

 悩みを打ち明けるほどの友達はいないだろう。




 ヒソヒソ話は聞こえるけれど、どれも憶測ばかりだ。


「まいったな。わたしが聞いても理由を教えてくれない……。両津りょうつさん、食堂は何日営業できる?」


 石亀永江委員長の質問に、両津朱莉ママが困った表情で答える。


「遠征部隊に保存のきく食材でお弁当を作ったから、手持ちの食材が少ないんだ。供給がないと肉料理があと二日くらい。穀物は一週間くらいかな」

「少ないな……、果樹園のフルーツは使えないのか?」

「アクセントとしてお肉といっしょに和えるレシピはあるよ、けどメインの食材としてはむずかしいかな」

「そうか。――曽木そぎさん、休止中の狩猟部隊に狩りをお願いすることは可能か?」


 曽木八重乃巨乳はおもいっきり首を振った。


「むりですよ! 由良ゆらさんに索敵してもらわないと獲物を見つけるのがむずかしいです」

「やはりそうか」


 石亀永江委員長は考えるポーズのまま、ムムムとうなる。


「田畑の様子を確認したが食べられそうなものは収穫されていた。未成熟のものはひと月くらい先じゃないと食べられないだろう」

「それって乃木坂のぎざかさんが野菜を独り占めしてるってこと?」


 牧瀬遙ミーハーが不機嫌なオーラを漂わせる。

 儀保裕之悪友がいないので猫をかぶる必要がないのだ。


「認識に齟齬そごがあるようだ。彼女が育てた野菜を彼女がどう扱おうと自由。いままでは彼女の善意で食堂に供給されていたんだ」

「はあ~っ!?」

「何を今さら驚いている。すでに問題提起していただろう。無報酬ではいづれ問題が発生すると。たとえば病院の出水いずみさん、薬局の財前ざいぜん君、二人が医療サービスを停止しても文句は言えないんだぞ」


 石亀永江委員長は大きな溜息ためいきをついた。


「クラス全員がボランティア精神で行動しなければ、加護の力による余裕ある生活はできない。厳しい言いかたをすれば全員で農作業をすれば問題は解決するんだ。そんな生活は嫌だろ?」


 牧瀬遙ミーハーはうつむいて黙ってしまった。


「どうすれば食料を確保できるか、みんな考えてくれ」




 俺と瀧田賢インテリメガネの視線が交わう。

 たぶん同じことを考えているのだ。

 筒井卯月歌姫は魚に関係した加護をもっているだろう。

 彼女が魚を捕ってくれれば食料事情はマシになる。


 けれど、悪友が彼女の気分を損ねてしまったのだ。

 魚の加護があるのなら魚を捕まえて当然だと、仕事を強要するかのような発言。

 それが原因だと瀧田賢インテリメガネは推理した。


 この状況で彼女の加護を暴露すれば断りづらくなるだろう。

 もしくは、ますます機嫌を悪くして意固地になる。

 俺たちのクチからは絶対に言えない。



「とにかく乃木坂のぎざかさんから事情を聞くのが最優先だな。瀧田たきた君、加護の力で聞き出せないか」

「委員長、それはダメだ。彼女は犯罪を犯しているわけじゃない。取り調べのような対応は人権を無視している」


 石亀永江委員長はハッと驚いた。


「すまない、焦っていたようだ。いまの話は忘れてくれ」


 ムードメーカーの才原優斗イケメンは遠征でいない。

 コミュ力おばけの儀保裕之悪友もいっしょだ。

 石亀永江委員長はがんばっている。しかし、彼女を助けてくれそうな人がいない。


 彼女にだけ辛い思いをさせたまま傍観しているなんて卑怯ひきょうだよな……。

 たまには嫌われ役を演じてみるか!


 俺は手をあげた。


「ちょっといいかな。気のせいかもしれないんだけど、前から乃木坂のぎざかさんにたいして女子の風当たりが強いなと感じてたんだ。理由は知らないし、当事者でもないから首をつっこまなかったけど、もしかして関係してるんじゃないかな?」


「チッ」と誰かが舌打ちした。


 女子が俺を睨んだ。その目は『余計なことを喋るな』と訴えている。

 想定の範疇はんちゅう

 けどな、女子に嫌われるよりも、うまい飯のほうが大事なんだよ。


「俺も感じていたが、女子特有のグループ問題はつねに発生している。悪質な嫌がらせまでは発展していなかったと記憶している」


 瀧田賢インテリメガネも気にしていたようだ。

 しかし、俺とは意見が違う。

 この世界にきてからも継続してたし、精神的プレッシャーは悪質だ。

 女子のソレはとくに陰湿。


「わたしは群れるのが嫌いだから、彼女も同じなんだろうと思っていた。違うのか?」


 石亀永江委員長がぼっちだったのは自分から遠ざけていたのか。

 てっきり嫌われていると思っていた。


 女子たちは石亀永江委員長を見ようとしない。

 後ろめたい気持ちがあるらしい。

 しかし、無言のままでは時間の浪費だ。


「委員長、提案がある。女子たちの結束は固く、ここでは話せない理由があると思う。ひとりずつ話を聞いてみたらどうだろうか」


 また女子に睨まれた。


「チッ」


 舌打ちの犯人がわかった。オマエだ新垣沙弥香ギャル


「そこまでしなくていい。ウチとケンカしたせいだよ」

新垣あらがきさん、くわしく聞かせてくれないか」


 新垣沙弥香ギャルがようやく重いクチを開く。


乃木坂のぎざかは、その……、男子に色目を使ってんの」

「それは恋愛感情という意味で?」

「そ。――前から男子にこびた態度だったからムカついてた。けど最近は見境なしに絡んでたからキャパ超え」

「彼女が色目を使っていたとは思えないのだが」

「カレシのいない委員長にはわかんないって。あ~ゆ~女は影でやってんの」


 いや、石亀永江委員長には野吾剛士不良がいたぞ。


「にわかには信じがたいな。言い寄られた男子はいるか?」


 石亀永江委員長は男子たちをざっと見回す。

 男子たちは思い当たらないという表情をした。


新垣あらがきさん、勘違いではないのか?」

「ウチが間違えてるって言いたいワケ?」

「そもそも、この村では恋愛を禁止していない。怒るのは筋近いだろ」

「はぁっ?!」


 新垣沙弥香ギャルがブチ切れ寸前だ。


 瀧田賢インテリメガネが挙手した。


石亀永江委員長、俺の推理では、新垣あらがきさんは特定の男子にヤキモチを焼いているぞ」

瀧田たきたテメェ!」


 怒りの視線が石亀永江委員長から瀧田賢インテリメガネに移る。


「ここにいる男子は覚えがないそうだし……。才原さいばら君、連城れんじょう君、儀保ぎぼ君、こま君のうちの誰かなのか?」


 石亀永江委員長ニブイ!

 それに、言えるわけないだろう。公開告白になるぞ。


 恋バナとかしそうにない二人に任せておくと、いつまでたっても話が進まない。


財前ざいぜん乃木坂のぎざかさんからアプローチを受けてないか?」

「覚えがないよ」


 俺の質問に、財前哲史サトリはいつものスンとした表情で答えた。


「ウソッ?! アイツ薬屋に出入りしてるってウチ聞いたよ」

「農作業で手が荒れるからハンドクリームを作って欲しいと依頼されたけど?」


 新垣沙弥香ギャル牧瀬遙ミーハーを睨む。

 どうやら噂の出所はアイツらしく、ヤバイって表情で彼女から目をそらした。


新垣あらがき乃木坂のぎざか財前ざいぜんは三角関係だと俺は推理する」


 瀧田賢インテリメガネが名探偵の推理のような雰囲気で助言した。

 いやいや、この場にいる全員が理解してるからね。


「そうなのかね?」と困った顔で石亀永江委員長が確認する。


「二人ともボクに優しくしてくれるいい子だよ。けれど、告白されたことはないし、どちらとも交際してないよ」


 彼は三角関係の当事者とは思えないほど平然としている。


「俺の推理ははずれたようだ」


 ――黙ってろ瀧田賢インテリメガネ


「アイツ、財前ざいぜん君のお店に住みたいっていったっしょ、ウチ聞いたよ!」

「ああ、それは本当だよ。彼女はお店を経営してないから家を建ててもらえるのが後回しになっているからね。議事堂でみんなといっしょに寝泊まりするのにストレスを感じているって相談受けたんだ」

「それって告白といっしょじゃん! 財前ざいぜん君はなんて返事をしたの?」

「ボクは縛られるのが嫌いなんだ。同棲なんて息苦しいだけだよ。だから丁重にお断りしたんだ」

「そぅ……良かった」


 新垣沙弥香ギャルは胸をホッと撫でおろす。


「夜、泊まりにくるだけならオーケーしたよ」

「はあっ?!」


 議事堂にいるほとんどの人が驚きの声をあげた。


「それって同棲じゃないの?」

「違うよ。彼女はいつも農場にいるからね。それに食事だっていっしょに食べていない。そんなの同棲って言える?」

「言えない、かも……」


 石亀永江委員長が混乱している。


財前ざいぜん君は乃木坂のぎざかが好きなの?」


 辛そうな表情で新垣沙弥香ギャルがたずねた。


「ボクに恋愛感情はないよ。誰にたいしても、ね。人間の本能として欲情はするけれど、愛情は生まれたことないよ」


 キレイな言葉でごまかしているけれど、それってセフレしかいらないって意味だろ。

 コイツ、優しい顔してあくどいな。

 だが、本心を隠さずに言えるのは男としてカッコイイ。

 サイテーだが。


「ウチも泊まりにいっていい?」


 新垣沙弥香ギャルが顔を真っ赤にした。


「もちろん! 歓迎するよ」


 もの凄い爽やかな笑顔で彼が答えた。

 二股しますって宣言したようなものだ。


「ウチ、嬉しい」


 ――はぁっ? わけがわからない。なぜ二股男がいいのか。顔か? やっぱり顔なのか?


 石亀永江委員長も同じ意見らしい。

 頭の上をクエスチョンマークが飛んでいるのが見えるようだ。


「俺の推理ははずれていなかったな」


 ――黙ってろ瀧田賢インテリメガネ


新垣あらがきさんは乃木坂のぎざかさんと仲なおりしてくれるってことでいいのかな?」


 パニックになりながらも石亀永江委員長は司会進行しようと試みる。


「話してみるけど農作業してくれるかは責任もてないから」

「それでいい、よろしく頼む。会議は以上だ」

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