第26話
村にある唯一の出入口は1区に作られている。
魔物が侵入する可能性があるので1区には議事堂しか建てられていない。
安全に配慮した設計は
広々とした空間なので正門広場と呼ばれている。
放課後と同じ時刻になると運動部たちは正門広場で体を動かし始める。
日頃の習慣というのは忘れるのに時間が必要らしい。
彼は木製バットで素振りをしている。
リズム良く振られるバットが風を切る。その音が子気味良い。
タンクトップから出ている腕に汗が光る。
ちなみにバットは、玩具の加護をもつ
競技かるた部の
俺は彼女の背後から、そっと近づいた。
「
「なんだい
「!?!?!?」
彼女は
ちょっと驚かせ過ぎたかな。
「に、
「京都弁忘れてるよ」
顔を真っ赤にしてムッとした。
「そんなこと今はいいの。それで、聞いてたの?」
「
「そんなこと言ってない!」
「でも間違えてないだろ?」
彼女は反論するのを諦めたのか、大きな
「しかし、よりによって
「悪い?」
「アイツの辞書、恋愛って言葉が虫に食われてるぞ」
「巻末にわたしが追記するからいいのよ」
「そのポジティブ羨ましい」
「それで、アンタはなんでここにきたん? わてを探しにきたのかしら?」
京都弁に戻すのかよ。心が強いなあ。
「俺は演劇部でね、演技の肥やしになるから人間観察してるんだよ」
「へぇ~っ、観察結果が聞ぃてみたいなあ」
彼女は俺の顔をニヤニヤしながら見た。
たぶん『お遊びなんでしょ?』とでも思っているのだろう。
「お店を開いたヤツや
「えっ?」
まさか重い話が返ってくるとは予想していなかったらしく酷く驚いた。
「運動部のヤツらも同じだ。インターハイ予選にむけて練習していたヤツらは目標を失い、どうしていいかわからず、やり場のない熱意をああやって発散させている。
「うそっ……」
彼女はクチを押さえると心配そうにヤツを見る。
「俺らの学校は部活に入るのが強制だろ。適当に部活を選んだヤツはいいんだ。それほど部活に熱を入れていなかったからな。野球部の
「よう見てんなぁ」
「演技の肥やしだからね。――
「どないしたん? あらたまって。顔怖いわぁ」
「
「そんなん、アンタに言われんでも、やりますえ」
彼女は心外といわんばかりにムスッとした。
「建物の影から
「それは
「もちろんだ。アイツ脳筋バカだろ。自分にストレスが溜まっているのに気づかず、突然爆発しそうで怖いんだよ」
「あ~~~っ……、ありそうやわ」
彼女は困った表情になり、肩を落とした。
「相談にも乗るし、手助けもする」
「わかったわ、その依頼、受けたる」
「ありがとう」
「……なあ、わてから百人一首を受け取ったんは、もしかしてわてを心配して?」
「いや、ヒマだったからさ」
「ふぅ~~~ん、そおいうことにしといたるわ」
「じゃ、頼んだぞ」
ふぅ~っ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
石灰石を採掘するための遠征部隊が本日出発する。
メンバーは七人。
狩猟部隊のリーダー
もちろん遠征部隊のリーダーも務める。
たぶん交際中の
ちなみに彼女は、俺に同行しろと言ってきた。
蘇生のために必要なんだとさ。
なのでこう言ってやった。
「
美人の怒り顔は迫力があって肝が冷えた。
アイツ、裏で何人か殺してるぞ、きっと。
弓道部の
索敵を担当する彼女は狩猟部隊の目だ。
なので遠征にいかれると、村の食事から肉料理が減る可能性がある。
キミだけでも早く帰ってきてくれ。
だが、体力だけは人一倍なので荷物もちが主な仕事になる。
彼がいれば戦闘は大丈夫だろう。
鍛冶屋なので武器の修理と補充が役目だ。
それと、帰り道に迷わないように、目的地まで森の木を伐採しながら進む計画らしい。
そして茶道部の
採掘の加護をもつ彼女が遠征部隊キーマンだ。
村の外は危険だ。そんな場所に女子たちを送り出すのは心苦しい。
なので不死の加護を与えるために
最悪死んだとしても
ひと月ほどの食料を大きなバックパックに入れてある。
たぶん足りるはずだ。
村の入口では、クラスメイトが見送りのため集まっている。
「無事に帰ってきてくれよ」
「
女子たちの黄色い声を浴び、笑顔で手を振る。
「じゃあいってきます」
七人は覚悟を決めた真剣な表情で森へ入っていった。
村の総人口の五分の一が減った。
それに、戦闘系の加護をもつ人がごっそりといなくなり、村の防衛力が低下。
残されたクラスメイトは寂しさと不安で暗い表情をしている。
だが俺は違う。
やはり、ひとりになれる時間は必要だろう。いろんな意味で……。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
なのでメンバーの
ただし狩猟ではなく陸上の自主練だが。
議事堂の裏手にある正門広場。そこは体力をもて余す運動部のたまり場だ。
彼女は陸上部で、二百メートル走の選手。
俺が見学を始めてから、すでに何本も繰り返し走っている。
半袖短パン姿。おそらくあの町で買ったのだろう。
スポーツウエアじゃないので着心地は悪そうだ。
靴底がゴムではないので足は滑るはずだ。
彼女がクラウチングスタートの体勢で止まっている。
スターターはいないので自分のタイミングで走り始めた。
俺は陸上にくわしくない。
けれど彼女の走りはきれいだと思う。
腕の振りはシャープ。足の引き上げも申し分ない。
しかし、ひとつだけ残念といえるのは、巨乳が走りの邪魔をしているのだ。
バルンブルンと音がしそうなほど乳房が左右に揺れる。
腕を振るたびに、まるで振り子のように、行なったり来たりを繰り返す。
そのたびに体の軸がズレてフォームが乱れる。
あれでは思うように走れないだろう。
ゴール地点に到着した彼女はゆっくりと歩きながらクールダウンする。
苦しそうな呼吸は次第に落ち着きを取り戻す。
汗に濡れる女子は美しい。濡れたシャツが肌に吸いついていた。
ふと、こちらを見た彼女と視線が交わる。
ムスッとした表情で俺のほうへ歩いてきた。
「
「
「わたしは
彼女はなにを言っているのだろう。
俺は意味がわからず首をかしげた。
「彼女がいなくなって寂しいんでしょ?」
あぁ! なるほど。
しかし、彼女への返事が超むずかしい。
なぜなら
パターンその一。
なぜ別れる前夜にキスしていたのかと問われるだろう。
フェイクだ。なんて絶対に言えない。
パターンその二。
クラスメイトのいる前で助けると約束したのだ。
まだ何もしていないのに諦めるなんて、きっと薄情者の烙印が押されるだろう。
パターンその三。
最悪のケースだ。
彼女もちの男なんて見向きしてもらえない。
どれを選んでもアウト!
ならば第四の選択肢。
「寂しくないと言えばウソになる。けれど立ち止まってばかりじゃいられない。そう! 前を見て進むしかないんだ」
どうだ。意味不明な言葉でごまかしたぞ。
「へぇ~っ、それで、ずっと、わたしを見てたんだ」
「そうだな!」
「イヤラシイ」
彼女は胸を隠して俺をにらむ。
「誤解だぞ
「巨乳いうな!」
「俺はギガ盛りじゃなくて並盛がいいんだよ!」
「ギガ盛りいうな!!」
「オマエだって男の筋肉ばかり見てるじゃね~か!」
彼女の顔がぽっと赤くなる。
「なっ?!」
「気づいていないとでも思ったか。サッカーで鍛えた
「なっ、なっ、なっ、なんで?」
「人間だって野生動物なんだよ。異性のセックスアピールに反応するように本能ができてんの。
彼女は耳まで赤くした。
「もし俺が
彼女は伏し目がちになる。
「――ごめん。イヤラシイっていったの謝る」
胸を隠していた腕は下ろされ、股間の前で手を組む。
すると、胸が腕に挟まれ、より強調された。
俺は紳士だ。挑発的なポーズで心を動かしたりしない。
「わかればいいんだ」
「
「いや、すっげ~エロいと思ってるよ」
彼女の巨乳に惑わされ、つい本音が漏れてしまう。
陸上部の彼女が、まるで空手部のように、俺の太ももに強烈な蹴りを
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バトミントン部の
彼女が穀物や野菜を生産し、村へ供給してくれる。
野球グラウンドほどの広さの田畑をひとりで管理していた。
加護の力により、ほとんど体力を使わなくていいと言っても、それだけの広さの土地を歩き回るのだ。楽とは言えないだろう。
村の食料は彼女の気分次第と言っていい。
そんな彼女がストライキを開始したのだ――。
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