第24話
水泳部の
食堂で行なわれたコンサートでストレス発散できたと、俺は思い込んでいた。
「
「ん? ああ
「まあね」
あの演奏は最高のパフォーマンスだった。
感動して涙を流す女子もいた。
それなのに彼女の表情に変化は見られない。
彼女のストレスには別の原因があるというのか?
前のように、彼女から話し出すのを待つとしよう――。
自転車部の
なんと、自転車に乗って、である。
彼女は自転車に病的なほどの愛情を抱く【サイクラー】だ。
暇さえあれば町を駆けめぐっていたらしい。
その結果、彼女の肌は健康的な小麦色に焼けている。
休憩時間になると、同じ部活の友達がいるクラスに移動していた。
なので彼女がクラスメイトと会話しているところを見たことがない。
自転車の雑誌を眺めながら、『高いなぁ~』と呟いていた。
自転車を作ったのは
悪友にギターを作った影の薄いヤツ。
軽い素材がないので鉄で作ったらしく、彼曰く、かなり重いらしい。
そんな粗悪な自転車でも
半袖短パンのラフな服装。
たぶん、あの国で買ったのだろう。
彼女の息遣いは荒く、汗が顔を伝っていた。
シャツが汗で体に張りついている。
とてもスリムな体形なので色気はあまり感じられない。
ペダルを踏む足は筋肉質で、野原を駆けめぐる野生動物を連想させる。
また
堤防の一周は約一・五キロメートル。
計測していないが四分くらいで一周している。
俺が来てから何回通り過ぎたのかわからないほど延々と周回している。
「静かな場所だったのに」と
堤防の幅は五・五メートル。これは車がすれ違うために必要な幅だ。
けれど、静寂を切り裂くチェーンの回転音は雑音と言われても過言じゃない。
「そうだね」
「わたしの場所じゃないから文句も言えないわ」
「そうだね」
「静かな場所にいきたいわ」
これがデートなら誘い文句なのだが、たぶん違うだろう。
「果樹園は静かじゃない?」
「いいかもしれない」
俺たちは堤防を下りて果樹変へむかう。
途中で4区を通り過ぎる。
そこは鍛冶屋などの店が並ぶエリアだ。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
くぐもった声が聞こえた。
もしかすると助けを呼ぶ叫び声かもしれない。
耳を澄ませて音の出所を探る――。どうやら靴屋らしい。
俺たちは急いで靴屋へむかう。
「
声は奥の部屋からだ。
「
俺はドアを開き、奥の部屋に踏み込むが、誰もいない。
さらにドアを開き、倉庫へ入る。
そこには、革の拘束具で固定された全裸の
頭には革のマスクがつけられ、目、耳、鼻、クチが完全に塞がれていた。
腕は後ろに回され、拘束具には錠前がついている。
足首に装着された拘束具は、鉄の棒の両端に鎖でつながれていた。
その結果、膝は強制的に開かされている。
俺はマスクをはずしてやるため急いで駆け寄った。
慌てているのでうまくはずれない。
どうやら後頭部のピン式バックルをはずせば脱がせられそうだ。
「
どうやら俺だと気づいたようで暴れなくなった。
いくつものバックルをはずし、ようやくマスクが取れた。
「ふぅ~助かった、ありがとう
髪の毛は汗でべっとりと肌に張りついている。
「どうした? 誰にやられた?」
「いや、ひとりでテストしてた」
「は?」
「フルセットを試したくなったんだよ。足をつけて、頭をつけて、腕をつけたところで、錠前の鍵を落とした」
少し離れたところに小さな鍵が落ちている。
俺が鍵を拾うと。
「それそれ、いやぁ~まいったね、ハッハッハ」
「笑いごとじゃないぞ」
俺は手についている錠前をはずしてやる。
突然、
その視線は俺の背後を見ている。
――あっ!!!
振り返ると
「
「あ、ごめん、ただ事じゃないと思って」
「う、うん、そうだね、心配してくれてありがとう」
彼はこの世の終わりみたいな表情で硬直していた。
壁に下がっているSMグッズを彼女が眺める。
「これ凄いね、
「そうだよ」
彼が硬直しているので代わりに俺が答える。
「触っていい?」
「あ、うん、いいんじゃないかな」
彼はピクリとも動かず、顔面蒼白で目の焦点が合っていない。
彼女は革のムチを手に取ると、じいぃぃぃっと眺めている。
「よくできてるね」
「そうだね」
「試していい?」
「え、ああ、うん、いいんじゃないかな」
カッカッカッと近寄ると。
ピシッッッッッッッッ!!!!
彼女は
「はうっ!」
どうやら彼は生きていたようだ。
ピシッッッッッッッッ!!!!
「うぅっ!」
俺は、二人に気づかれないように、そ~っと静かに離れる。
ドン引きだよ……。
ピシッッッッッッッッ!!!!
彼の背中に何本もの赤い筋が描かれる。
「あぅっ!」
「凄くいいね。楽しくなってきたわ」
俺たちはあの国が支給した騎士服をまだ着ている。
いいかたを変えれば軍服だ。
軍服を着たキレイなOL風の女子が、手に革のムチをもっている。
その足元には、全裸の男子が拘束具に体を固定され、床に
ヤバイ絵面だな。
「暑い」
彼女は上着を脱ぐとポイっと床に落とす。
体から湯気が立ち昇る。
ピシッッッッッッッッ!!!!
ミディアムボブの髪を振り乱し、ムチを振るう。
「はぁっ!」
痛いはずなのに、彼のクチからは喜びに似た息しか漏れてこない。
「ねえ、もっと楽しむには、どおすればいいのかしら」
なぜか俺に質問してくる。
彼女は頬をほんのり赤く染め、息遣いもやや荒い。
「えっとぉ~、まずは
「わかったわ。おい豚」
「はい」
「これでいい?」
「残念です。豚は『はい』とは言いません。そこは『ブヒ』だろ、と叱ってください」
「そうなのね。おい豚」
「はい」
ピシッッッッッッッッ!!!!
「ひぃっ!」
「オマエは豚だろ、返事は『ブヒ』だ」
「ブヒィ」
「これであってる?」
「正解です。おい豚、ハイヒールを作れるか?」
「ブヒィ」
「
「二十一よ」
コロンと真っ赤な革のハイヒールが床に転がった。
革使いの加護をもつ豚が作ったのだ。
「それを履いて踏んであげてください」
「わかったわ」
彼女がハイヒールに履き替えた。
「
「マナーがあるのね」
俺はふと思った。これってネトラレか?
男が二人で、女がひとり。
ひとりだけ責められて、俺はのけもの。
シチュエーションとしてはアリなのかもしれない。
けど、なんだろう、楽しくない……。
【恋愛対象】に
彼女がハイヒールで豚の背中を踏みつけた。
「ブヒィ!」
豚の悲鳴に呼応したかのように、【経験値】がギュンと増加し、すぐ止まる。
「いいですね。踏みながらムチを入れてください」
ピシッッッッッッッッ!!!!
「ブヒィ!」
また【経験値】が増え、そして止まる。
初めてのパターンだな。
「そろそろ俺はいくんで、二人で楽しんでください」
「待て
ピシッッッッッッッッ!!!!
「ブヒィ!」
「豚は喋らないの。
「そうですね」
「それじゃあレクチャーよろしく」
「あ、ハイ……」
なにこの状況。
俺にSMの知識はないぞ。
レクチャーってどうすりゃいいんだ。
ん~、しかたない、それっぽいこと喋ってみるか。
「まずは豚を四つん這いにして、そのうえに座ってください」
二人は俺の指示に従った。
「その一。これは体罰でもイジメでもありません、愛です。言葉や行動では酷いことをしても、心の中はいつも愛で満たしてください」
「愛?」
「相手の心と体を
「むずかしいのね」
「そう、これは二人のプレイですから、心理的な駆け引きなのです。ハイヒールの近くに豚の手がありますね。ゆっくりと体重をかけてカカトで踏んでください」
彼女は豚に座ったまま彼の手を踏んだ。
「ブヒィ!」
「まだ行けます、体重を徐々に加えて」
「ブヒィ!」
「まだ行けます」
「ブヒィ!!!!!!」
「それはNGです」
「コツは掴んだわ」
ニッコリとほほ笑むと、口元のホクロが色っぽさを強調する。
「その二、飴とムチ。責めだけのプレイはあきてしまいます。たまにはご褒美をあげましょう」
「ご褒美?」
「豚はご主人様が大好きです。ですから足を舐めさせてあげましょう」
彼女はすっくと立ちあがると、おもむろにスラックスを脱ぎだした。
白い下着から伸びる太もも。
水泳部らしく筋肉質でありながら程よい脂肪につつまれている。
キュッと締まった足首。
アキレス腱がまるで水かきのように鋭利に立っている。
百点と叫びたくなるほどの美脚だった。
彼女は豚の顔の前に立つと、足をすっと前に出した。
「ご褒美よ、舐めなさい」
豚は突き出した舌をゆっくり足に近づける。
つま先に触れた舌が、まるでナメクジが
そんな豚を彼女は呼吸を激しくしながら見ていた。
舌が膝まで到達した。
「ご褒美はおしまい」
彼女が足を引くと、豚の舌からよだれが床に落ちる。
切なそうに足を眺める豚。
「GOODです! ご主人様はとても高貴なのですから、そうやすやすとご褒美をあげてはいけません。じらしてください」
彼女の頬が紅潮し、目も潤んでいる。
「これ、楽しいわね」
彼の呼吸は荒く、目が血走っていた。
楽しんでくれているようで、なにより。
俺はめっちゃ冷めてるけどな……。
「その三。フィニッシュしましょう。だらだらとつづけても疲れます、適度な長さでプレイを終えましょう」
「それもそうね」
「豚を蹴って仰向けにしてください」
彼女は言われたとおり豚を蹴る。
「ブヒッ!」
足は鉄の棒で開かされているので膝を閉じることはできない。
彼のアレは痛々しいほど固くなっている。
「股間を踏んでください」
「いいの?」
「カカトでは痛すぎるので足の裏で踏んでください」
彼女は言われるまま豚の股間を踏む。
「ブヒッィ」
「上下左右に揺らしたり、力加減を変えたり、
「おい豚、気持ちがいいの?」
「ブヒッ」
豚は興奮しながらうなずいた。
「イヤラシイ生き物ね。クラスメイトの前で全裸になって恥ずかしい?」
「ブヒッ」
「そう、嬉しいんだ。もっとイジメて欲しいのかしら」
「ブヒィッ」
「へぇ~っ、まだ足りないのね。それじゃあオマエをわたし専属の豚にしてあげる」
「ブヒィィィッ」
豚は
興奮は極限まで高まっている。
「豚はマテの状態です。ご主人様はイッていい許可を出してください」
「そう、オマエはイキたいのね」
「ブヒッ!」
「まだダメよ。わたしがイッてないもの」
気がつかなかった。
彼女は自分の手で股間を触っていたらしい。
俺の視界から見えているのは、彼女の後ろ姿。それと仰向けになった全裸の豚。
「ブヒッ!!」
「まだダメ」
豚の鼻息がうるさい。
彼女の呼吸も苦しそうだ。
「ブヒッ!!!」
「まだ」
彼女の腰がゆらゆらと揺れると、踏まれているアレもいっしょに刺激される。
「ブヒッ!!!!」
「イクッッッッ!」
二人は同時に体を
俺は超冷静。
心も体も冷え冷えだ。
豚からは彼女のエッチな姿が見えているだろう。
しかし、俺からは後ろ姿しか見えていない。
まったく興奮しなかった。
新しい性癖のドアが開くかなと思ったけど、俺にはSMの良さが理解できなかった。
そのかわり、二人はどっぷりとハマっている。
これで彼女のストレスは発散されるだろう。
もう、二人の好きにすればいいんじゃね?
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