第23話

 二見朱里歴女千坂隆久モヤシは毎晩愛を確かめ合っている。

 そのおかげで俺のレベルがまた上がった。

 レベルアップ特典として【恋愛対象】の指名可能人数がひとり増えたのだ。



 ちなみに、才原優斗イケメン出水涼音令嬢はご無沙汰。

 二人とも容姿端麗なのでクラスで注目を集める存在だ。

 ロマンティックフィーバーが村を席巻し、二人に想いを寄せる人たちが熱心にアプローチを試みている。

 そんな最中に二人の交際が明るみに出ればスキャンダルだ。

 当分のあいだ二人は会うことを自粛することになるだろう。


 しかし、それでは俺の経験値が増えない。

 新しいターゲットを選ばないと……。




 建設の加護をもつ気仙修司パンダは多忙をきわめている。

 彼のおかげで田畑と果樹園の敷地が完成。

 水堀に流れる水をくみ上げ、それを農地に導く仕組みを彼が築いた。


 2区に田畑、3区に果樹園が造られた。


 田畑の管理人は農業の加護をもつ乃木坂羽衣義妹

 あの国を脱出する前に、町で種を買っておいたらしい。

 成長促進のスキルで作物を十倍の速度で成長させられる。

 野菜や穀物が食べれるのは彼女のおかけなのだ。




 果樹園の管理人は水泳部の片倉澄夏かたくらすみか

 加護は果樹らしい。

 出水涼音令嬢両津朱莉ママの友達だ。

 クラスの男子たちは、両津りょうつは母性を感じさせるのでママ、片倉かたくらは大人の色気を感じさせるので【OL】と影で呼んでいる。

 片倉澄夏OLはサバサバした性格で男子と結構良く喋る。

 なので二人とも男子人気は高い。


 彼女もあの国を脱出する前に、町で果物を買い込んだようだ。

 農地が完成すると適当に果物を埋め、成長促進させた。

 しかし、彼女は栽培には関心をもたず、果樹が実を結んでもそのままにしている。


「欲しい人が勝手に取ったらいいよ」と石亀永江委員長に言ったらしい。


 仕事の選択は自由だ、誰も彼女に文句を言わない。




 その片倉澄夏OLが堤防のうえで体育座りしていた。

 視線の先には雄大な川が見える。


片倉かたくらさんどうしたの、アンニュイなオーラが見えるよ」

「ん? ああ苦瓜にがうり君か。わかっちゃうよね、こんな、かまってちゃんオーラ出してたら」

「まあね」


 ほんの少しだけスローな口調は彼女の色気をさらに強調する。

 俺は彼女の隣であぐらをかき、同じように遠くを眺めた。



 数日前から同じ姿を見かけていた。

 彼女の友人は、病院の出水涼音令嬢と食堂の両津朱莉ママ

 二人とも店の経営で忙しい。

 寂しい思いをしているのかと思いようすを見ていたが、どうも違う。

 俺のカンが不穏な空気を感じ取り、警笛を鳴らしたので話しかけたのだ。



 悩んでいる人に『どうして』と聞いてはいけない。

 なぜなら追い込んでしまうからだ。

 もし『どうして悩んでいるの』と聞くと『どうしてそんなつまらない理由で悩んでいるの、ダメだね』と聞こえるらしい。

 あくまで一例で、すべての人が同じような受け取りかたをするわけじゃない。

 正解なんて素人の俺にわからなくて当然。

 なので彼女が話を始めてくれるのを待つことに決めた。




 どのくらい時間が経過したのかわからないほど、ゆっくりと過ごす。


「なにも喋らないんだね」


 先にクチを開いたのは彼女だ。視線は遠くを見つめたまま動いていない。

 俺も彼女にあわせてゆっくりと喋ってみる。


「邪魔なら別の場所を探すよ」

「いいよ、ここはわたしの場所じゃないもの」

「そうか」




「話、聞いてくれる?」

「俺で良ければどうぞ」

「なんでこんな世界にきたんだろう。わたし、悪いことしたかなあ」


 なるほど、なれない世界にきて落ち込んでいるのか。

 繊細な女の子には厳しいよね。


「悪いのは俺たちを強制的に呼び出した宰相だよ、片倉かたくらさんは悪くない」

「そうだよね。悪いヤツがわかっているのに、どうして誰も罰を与えないのかな」

「人は誰しも加害者になりたくないのさ」

「もしわたしが戦闘系の加護だったのなら、宰相を真っ先に殺していたわ」


 ――えっ、片倉澄夏OLって血の気の多い人だったの?


 雰囲気はおっとり系なのに意外だ。

 俺は表情に出さないよう必死に堪えた。


「残念だね」

「そうなの、とても残念。けどね、宰相に復讐しても帰れないよね」

「アイツは帰しかたを知らないからね」

「なら復讐は無意味だわ」

「そうだね」


 よかった……。

 あの国に攻め込もうとか言い出すかと思った。


「なにを生きがいにすればいいかしら」

「やりたいことはある?」

「やりたいこと……。プールで泳ぎたい」

「川には危険な魚がいるらしいから入らないでね! プールは委員長にお願いしてみるから、ね! 他にやりたいことある?」


 ふぅ、焦って早口になってしまった。

 堤防の上から身投げするんじゃないかと不安になってしまう。


「ストレスを発散させたいな」


 たしかに彼女はストレスが溜まっているみたいだ。

 俺はネトラレの加護でのぞきをしているから解消できている。

 他のクラスメイトもストレスを抱えているのだろうか……。


「いいね、ストレス発散。ちょっと考えてみるよ」

「そお? ありがとう」




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 俺と儀保裕之悪友は食堂で昼食を食べている。


「――てことで、ストレス発散になるようなことがしたいんだ」


 もちろんプライベートな問題なので片倉澄夏OLがストレスを抱えているとは話していない。

 あくまでクラス全体の問題として相談した。


「発散ねぇ~。やっぱライブっしょ。俺がエレキギターをかき鳴らせばオーディエンスも総立ちだぜ」

「電気がなきゃエレキギターは鳴らないぜ」

「まあな~」

「でもライブはいい案だな。電気を使わないアコースティックギターはどうだ?」

「ロックじゃなくクラシックかよ、もりあがらね~って」

「あらっ、ずいぶんなヘイトスピーチをおっしゃるのね」


 出水涼音令嬢が話を聞いていたようだ。

 彼女は吹奏楽部。クラシックをバカにされたら怒るのは当然。

 笑っていない美女は目力めぢからがあるぶん顔の圧が強い。


「事実だろ、ロックはエネルギーの爆発だ。反逆、自由、情熱を歌詞にのせオーディエンスにぶつける、そこに興奮が生まれるんだ。クラシックを悪くいう気はない。洗練された構造と深い感情表現、多様な楽器による豊かな音色、それは美や秩序を感じさせる。感動は生み出せるがロックほどのもりあがりはありえない」

「へぇ~っ、おバカさんが知りもせずさげすんでいるだけかと思いましたが、そこそこの見識はもち合わせているようね」

「俺はキュートなおバカだけど音楽に関しては妥協しないぜ」

「それで、どうしてロックとクラシックの話題になったのかしら?」


 俺は簡単に経緯を説明した。


「ストレスね……。病院の経営者としては見過ごせないお話ですわ。苦瓜にがうり君はライブを開催したいのかしら」

「いや、目的が達成できるのなら手段にこだわりはないよ」

「ならライブでなくコンサートでもいいわけですね」

出水いずみさんは吹奏楽部だったよね。演奏してくれるの?」

「ええ、クラスメイトが困っているのなら一肌脱ぎましょう」


 優しい笑顔だ。しかし彼女には何か裏がありそうで素直に喜べない。


「ありがとう」

「ソロコンサートでもお客様を魅了することはできますが、どうです、儀保ぎぼ君も参加しませんか?」

「ギターがあればな。出水いずみだって楽器はないだろ」

「そこが問題ですわね……」


「あの、ちょっといいかな」


 天文部の油科輝彦ゆしなてるひこが話しかけてきた。

 とても地味で目立つことはしない男子だ。

 クラスでは地学部の千坂隆久モヤシと話している姿を見かける。

 話をしたことがないのでくわしい性格は知らない。

 自分から話しかけるようなヤツだとは思わなかった。


「えっと、油科ゆしな君だったかしら?」


 出水涼音令嬢は容赦ないな、油科ゆしなが悲しい顔をしてるぞ。

 そおいう俺も名前を思い出すのに苦労したが。


「ハハッ、名前、憶えていてくれたんだね。ボクなんかの……」


 落ち込んだまま話を始めない。


「話があんだろ?」


 儀保裕之悪友が気をきかせた。

 放置したら溶けて消えそうな雰囲気だった。

 陰キャにも程があるだろ。

 よし、コイツは【ネガティブ】と呼ぼう。


「そ、そうだった。楽器の話をしてたからさ。ボクの加護は玩具、楽器を作れるよ」

「なんだとっ!」

「なんですって?」


 儀保裕之悪友出水涼音令嬢が同時に驚いた。


「他には何が作れる? ゲームは、ゲームはどうだ!」


 儀保裕之悪友が興奮して油科輝彦ネガティブにグイグイと迫る。

 その圧に押され、彼は二歩三歩と後退した。


「おちつけバカ」


 俺は儀保裕之悪友の服をひっぱり、椅子に座らせた。


「やっぱり期待しちゃうよね。これが嫌で加護を黙ってたんだ。材料さえあればゲーム機は作れるよ、けどソフトは無理なんだ」

「そっかぁ~残念だなぁ~~~っ。ゲームがあればストレス発散なんて簡単なのに」

「だよね……、ボクのせいでがっかりさせちゃうの悪いよね……」


 なんてネガティブなヤツだ。

 遊びに一番遠い存在じゃないか?

 もしかするとネガティブが理由で店を出さなかったのか?


「ゲームなんていりません、それよりもフルートは作れますの?」

「えっ、はい、作れます」


 出水涼音令嬢がぱっと花が咲いたような明るい表情になる。


「エレキギターは!」

「はい、材料さえあれば」

「いやっほ~うっ!」と儀保裕之悪友が奇声を発し飛び上がる。


 彼の姿に食堂にいるクラスメイトが驚いた。


「すぐ作ってくれ」

「鉄ありますか?」

「まかせろ、俺は鍛冶屋だ、すぐ出してやる」

「あ、待って」


 油科輝彦ネガティブが右手を出した。

 不思議そうな顔をしながら儀保裕之悪友がその手を握り返す。


「こうやって加護収納のあいだで受け渡しできるんですよ」

「マジか!」

「はい、千坂ちさかとも、こうやってます」


 家具屋の千坂隆久モヤシか。なるほど友達だったな。

 二人は材料の受け渡しをしているらしい。俺には見えないけどね。


「エレキギターは材料が足りなくて無理ですね、アコースティックギターなら作れますが?」

「しゃーない、ソレで頼む」


 ポンっと木目の美しい濃いブラウンのアコースティックギターがテーブルのうえに出現した。


「おぉ~っ」


 つづけて銀色に輝くフルートが出現した。


「わぁ~っ」


 遠巻きに見ていたクラスメイトがわらわらと集まってくる。


「楽器じゃん、すげ~」

「フルートすてきぃ~」

「いいなあ~」

「ねえ弾いてよ」


 収拾がつかない。


 儀保裕之悪友はアコースティックギターをかまえると優しく音色を奏でる。

 それは俺でも知っている有名なPOPミュージックだ。


 切ない片思いのラブソング――。


 木のギターからあふれでる、温かみのある音が心を温め。

 騒いでいたクラスメイトが目を閉じて音に酔いしれた。


 主旋律に寄り添うようにフルートの透き通った音色が加わる。

 音に厚みが生まれ、よりいっそう音楽に没頭する。


 そこに合唱部の筒井卯月歌姫が加わる。

 優しく歌っているのに、マイクなど必要ないほどの声量。


 好きな気持ちが届かないもどかしさ。

 楽しかった思い出。

 遠く離れてしまった悲しみ。


 美しいソプラノボイスが、切なく、感情的に、片思いの心情を声にのせて届ける。


 おもわず涙を流す女子たち。

 もとの世界にいる家族や友人、恋人を思い出しているのだろうか。

 目をおさえて肩を震わせる。


 俺も、熱いなにかが胸にこみ上げてきた。

 まさかアイツの演奏で心を揺さぶられるなんて予想外。

 くそっ、かっこいいじゃないか。


 いつのまにかクラス全員が食堂に集まっていた。

 外にいた人を誰かが呼んできたらしい。

 ストレスを抱える片倉澄夏OLもいる。

 これで癒されるといいな……。


 立ったまま目を閉じている人。

 椅子に座ってじっくりと聴いている人。

 壁にもたれて足でリズムをとっている人。

 楽しみかたは人それぞれだ。




 曲が終わり、余韻が訪れる。

 まだ音に浸っていたい。そう思わせる演奏だった。

 小さな拍手が、やがて大きな喝采かっさいになる。


 アイツのドヤ顔にムカつくが、心の底からすばらしい演奏だったと断言できる。


「やるじゃない儀保ぎぼ君」

出水いずみさんも、フルートを侮っていたよ」

「クラシックに目覚めたのかしら?」

「いや、それはない」

「やっぱりおバカさんなのね」


 後日談だが、村に楽器ブームが到来した。

 けれど、一週間もしないうちにブームは去ってしまう。

 演奏ってむずかしいのだ。

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