第23話
そのおかげで俺のレベルがまた上がった。
レベルアップ特典として【恋愛対象】の指名可能人数がひとり増えたのだ。
ちなみに、
二人とも容姿端麗なのでクラスで注目を集める存在だ。
ロマンティックフィーバーが村を席巻し、二人に想いを寄せる人たちが熱心にアプローチを試みている。
そんな最中に二人の交際が明るみに出ればスキャンダルだ。
当分のあいだ二人は会うことを自粛することになるだろう。
しかし、それでは俺の経験値が増えない。
新しいターゲットを選ばないと……。
建設の加護をもつ
彼のおかげで田畑と果樹園の敷地が完成。
水堀に流れる水をくみ上げ、それを農地に導く仕組みを彼が築いた。
2区に田畑、3区に果樹園が造られた。
田畑の管理人は農業の加護をもつ
あの国を脱出する前に、町で種を買っておいたらしい。
成長促進のスキルで作物を十倍の速度で成長させられる。
野菜や穀物が食べれるのは彼女のおかけなのだ。
果樹園の管理人は水泳部の
加護は果樹らしい。
クラスの男子たちは、
なので二人とも男子人気は高い。
彼女もあの国を脱出する前に、町で果物を買い込んだようだ。
農地が完成すると適当に果物を埋め、成長促進させた。
しかし、彼女は栽培には関心をもたず、果樹が実を結んでもそのままにしている。
「欲しい人が勝手に取ったらいいよ」と
仕事の選択は自由だ、誰も彼女に文句を言わない。
その
視線の先には雄大な川が見える。
「
「ん? ああ
「まあね」
ほんの少しだけスローな口調は彼女の色気をさらに強調する。
俺は彼女の隣であぐらをかき、同じように遠くを眺めた。
数日前から同じ姿を見かけていた。
彼女の友人は、病院の
二人とも店の経営で忙しい。
寂しい思いをしているのかと思いようすを見ていたが、どうも違う。
俺のカンが不穏な空気を感じ取り、警笛を鳴らしたので話しかけたのだ。
悩んでいる人に『どうして』と聞いてはいけない。
なぜなら追い込んでしまうからだ。
もし『どうして悩んでいるの』と聞くと『どうしてそんなつまらない理由で悩んでいるの、ダメだね』と聞こえるらしい。
あくまで一例で、すべての人が同じような受け取りかたをするわけじゃない。
正解なんて素人の俺にわからなくて当然。
なので彼女が話を始めてくれるのを待つことに決めた。
どのくらい時間が経過したのかわからないほど、ゆっくりと過ごす。
「なにも喋らないんだね」
先にクチを開いたのは彼女だ。視線は遠くを見つめたまま動いていない。
俺も彼女にあわせてゆっくりと喋ってみる。
「邪魔なら別の場所を探すよ」
「いいよ、ここはわたしの場所じゃないもの」
「そうか」
「話、聞いてくれる?」
「俺で良ければどうぞ」
「なんでこんな世界にきたんだろう。わたし、悪いことしたかなあ」
なるほど、なれない世界にきて落ち込んでいるのか。
繊細な女の子には厳しいよね。
「悪いのは俺たちを強制的に呼び出した宰相だよ、
「そうだよね。悪いヤツがわかっているのに、どうして誰も罰を与えないのかな」
「人は誰しも加害者になりたくないのさ」
「もしわたしが戦闘系の加護だったのなら、宰相を真っ先に殺していたわ」
――えっ、
雰囲気はおっとり系なのに意外だ。
俺は表情に出さないよう必死に堪えた。
「残念だね」
「そうなの、とても残念。けどね、宰相に復讐しても帰れないよね」
「アイツは帰しかたを知らないからね」
「なら復讐は無意味だわ」
「そうだね」
よかった……。
あの国に攻め込もうとか言い出すかと思った。
「なにを生きがいにすればいいかしら」
「やりたいことはある?」
「やりたいこと……。プールで泳ぎたい」
「川には危険な魚がいるらしいから入らないでね! プールは委員長にお願いしてみるから、ね! 他にやりたいことある?」
ふぅ、焦って早口になってしまった。
堤防の上から身投げするんじゃないかと不安になってしまう。
「ストレスを発散させたいな」
たしかに彼女はストレスが溜まっているみたいだ。
俺はネトラレの加護で
他のクラスメイトもストレスを抱えているのだろうか……。
「いいね、ストレス発散。ちょっと考えてみるよ」
「そお? ありがとう」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
俺と
「――てことで、ストレス発散になるようなことがしたいんだ」
もちろんプライベートな問題なので
あくまでクラス全体の問題として相談した。
「発散ねぇ~。やっぱライブっしょ。俺がエレキギターをかき鳴らせばオーディエンスも総立ちだぜ」
「電気がなきゃエレキギターは鳴らないぜ」
「まあな~」
「でもライブはいい案だな。電気を使わないアコースティックギターはどうだ?」
「ロックじゃなくクラシックかよ、もりあがらね~って」
「あらっ、ずいぶんなヘイトスピーチをおっしゃるのね」
彼女は吹奏楽部。クラシックをバカにされたら怒るのは当然。
笑っていない美女は
「事実だろ、ロックはエネルギーの爆発だ。反逆、自由、情熱を歌詞にのせオーディエンスにぶつける、そこに興奮が生まれるんだ。クラシックを悪くいう気はない。洗練された構造と深い感情表現、多様な楽器による豊かな音色、それは美や秩序を感じさせる。感動は生み出せるがロックほどのもりあがりはありえない」
「へぇ~っ、おバカさんが知りもせず
「俺はキュートなおバカだけど音楽に関しては妥協しないぜ」
「それで、どうしてロックとクラシックの話題になったのかしら?」
俺は簡単に経緯を説明した。
「ストレスね……。病院の経営者としては見過ごせないお話ですわ。
「いや、目的が達成できるのなら手段にこだわりはないよ」
「ならライブでなくコンサートでもいいわけですね」
「
「ええ、クラスメイトが困っているのなら一肌脱ぎましょう」
優しい笑顔だ。しかし彼女には何か裏がありそうで素直に喜べない。
「ありがとう」
「ソロコンサートでもお客様を魅了することはできますが、どうです、
「ギターがあればな。
「そこが問題ですわね……」
「あの、ちょっといいかな」
天文部の
とても地味で目立つことはしない男子だ。
クラスでは地学部の
話をしたことがないのでくわしい性格は知らない。
自分から話しかけるようなヤツだとは思わなかった。
「えっと、
そおいう俺も名前を思い出すのに苦労したが。
「ハハッ、名前、憶えていてくれたんだね。ボクなんかの……」
落ち込んだまま話を始めない。
「話があんだろ?」
放置したら溶けて消えそうな雰囲気だった。
陰キャにも程があるだろ。
よし、コイツは【ネガティブ】と呼ぼう。
「そ、そうだった。楽器の話をしてたからさ。ボクの加護は玩具、楽器を作れるよ」
「なんだとっ!」
「なんですって?」
「他には何が作れる? ゲームは、ゲームはどうだ!」
その圧に押され、彼は二歩三歩と後退した。
「おちつけバカ」
俺は
「やっぱり期待しちゃうよね。これが嫌で加護を黙ってたんだ。材料さえあればゲーム機は作れるよ、けどソフトは無理なんだ」
「そっかぁ~残念だなぁ~~~っ。ゲームがあればストレス発散なんて簡単なのに」
「だよね……、ボクのせいでがっかりさせちゃうの悪いよね……」
なんてネガティブなヤツだ。
遊びに一番遠い存在じゃないか?
もしかするとネガティブが理由で店を出さなかったのか?
「ゲームなんていりません、それよりもフルートは作れますの?」
「えっ、はい、作れます」
「エレキギターは!」
「はい、材料さえあれば」
「いやっほ~うっ!」と
彼の姿に食堂にいるクラスメイトが驚いた。
「すぐ作ってくれ」
「鉄ありますか?」
「まかせろ、俺は鍛冶屋だ、すぐ出してやる」
「あ、待って」
不思議そうな顔をしながら
「こうやって加護収納のあいだで受け渡しできるんですよ」
「マジか!」
「はい、
家具屋の
二人は材料の受け渡しをしているらしい。俺には見えないけどね。
「エレキギターは材料が足りなくて無理ですね、アコースティックギターなら作れますが?」
「しゃーない、ソレで頼む」
ポンっと木目の美しい濃いブラウンのアコースティックギターがテーブルのうえに出現した。
「おぉ~っ」
つづけて銀色に輝くフルートが出現した。
「わぁ~っ」
遠巻きに見ていたクラスメイトがわらわらと集まってくる。
「楽器じゃん、すげ~」
「フルートすてきぃ~」
「いいなあ~」
「ねえ弾いてよ」
収拾がつかない。
それは俺でも知っている有名なPOPミュージックだ。
切ない片思いのラブソング――。
木のギターからあふれでる、温かみのある音が心を温め。
騒いでいたクラスメイトが目を閉じて音に酔いしれた。
主旋律に寄り添うようにフルートの透き通った音色が加わる。
音に厚みが生まれ、よりいっそう音楽に没頭する。
そこに合唱部の
優しく歌っているのに、マイクなど必要ないほどの声量。
好きな気持ちが届かないもどかしさ。
楽しかった思い出。
遠く離れてしまった悲しみ。
美しいソプラノボイスが、切なく、感情的に、片思いの心情を声にのせて届ける。
おもわず涙を流す女子たち。
もとの世界にいる家族や友人、恋人を思い出しているのだろうか。
目をおさえて肩を震わせる。
俺も、熱いなにかが胸にこみ上げてきた。
まさかアイツの演奏で心を揺さぶられるなんて予想外。
くそっ、かっこいいじゃないか。
いつのまにかクラス全員が食堂に集まっていた。
外にいた人を誰かが呼んできたらしい。
ストレスを抱える
これで癒されるといいな……。
立ったまま目を閉じている人。
椅子に座ってじっくりと聴いている人。
壁にもたれて足でリズムをとっている人。
楽しみかたは人それぞれだ。
曲が終わり、余韻が訪れる。
まだ音に浸っていたい。そう思わせる演奏だった。
小さな拍手が、やがて大きな
アイツのドヤ顔にムカつくが、心の底からすばらしい演奏だったと断言できる。
「やるじゃない
「
「クラシックに目覚めたのかしら?」
「いや、それはない」
「やっぱりおバカさんなのね」
後日談だが、村に楽器ブームが到来した。
けれど、一週間もしないうちにブームは去ってしまう。
演奏ってむずかしいのだ。
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