第22話
その影響で村にピンク色の雰囲気が漂っている。
例えるならバレンタインデー当日のような、誰かにチョコをもらえるかもしれないという期待。
意中の人が誰かにチョコをあげるかもしれないという不安。
クラスメイトを複雑な感情がかき乱す。
俺と
この熱風はいつ止むのだろうか――。
俺と
入口の外には、メニューの書いてある木製の看板がかけてある。
Aランチ
イノシシ肉の肉団子定食
Bランチ
ウサギ肉とじゃがいものピリ辛炒め定食
この板は七種類ある。
要するに一週間の日替わりメニューなのだ。
食堂はとても賑わっていた。
入口には台があり、そのうえに食器が置いてある。
まずは木のトレーをもち、お椀、お皿、スープ皿、フォークとスプーンを載せる。
そして空いているテーブルに座るのだ。
ちなみに、トレイとお椀とカトラリーは木製、お皿とスープ皿は陶器でできている。
どれも家具屋の
「いらっしゃい」
笑顔の
「
「覚えてるわけないでしょ」
「だよね~。俺、Aランチ」
「こっちはBランチお願い」
彼女が空の食器のうえで手を広げる。
まるで手品のようにポンと料理が出現した。
お椀にお米、お皿にはサラダ付きの肉料理、スープ皿にはオニオンスープ。
湯気がのぼり、おいしそうな香りが鼻孔をくすぐる。
「そろそろ肉料理も飽きてきたな」と、
「同感だ。魚が食いたい」
「食材さえあれば作れるんだぞ」
料理人のプライドだろう。
「川が近くにあるのに、なんでさぁ?」
たしかに
「あそこは堤防の外なんだよ。危ないじゃないか」
「なら堤防を延長すればいい」
「それに、メニューに出せるほど釣れないでしょ」
「俺だけの特別メニューってことで」
「ひいきはしないから」
「ちぇっ」
「ねえ」
話しかけてきたのは合唱部の
とても美しいソプラノボイスの【歌姫】。
教科書の朗読をするときなどは、ついその美声に耳を傾けてしまう。
不思議なほど良く通る声が細い体のどこから出ているのか謎だ。
隣にいる水使いの
きっと俺とコイツも、いつも二人でいると思われているだろう。
ロマンティックフィーバーの影響で俺も思考がピンク色だ。
もしかすると俺たちに告白するんじゃないか。
そんな期待が一瞬だけ脳裏をよぎる。
「あれっ? 二人は食べ終わったよね、追加注文?」
「いいえ、話が聞こえて。――魚、食べたいのかしら」
クールビューティーといえばいいだろうか。
「もちろんさ。川があるのに指をくわえてみてるなんて嫌だね」
「そうよね……」
「そうだ、
「わからないわっ!」
「まって
その後を
「なんで機嫌を悪くしたんだ? 俺、なんかやった?」
「さあね~、ちゃんと謝りにいくんだぞ~」
俺の仮説が正しければ
なにか理由があるのだろう。
後から話を聞きにいくか。
食堂はクラス全員が座れるように四人がけのテーブルが八卓ある。
店の奥のすみで黙々と食事をする
前にも同じような光景を見かけた記憶がある。
あの国を脱出するまでは
しかし、村に到着してからは見る影もなくひとりぼっちだ。
もとの世界でも似たような状態だったので不思議ではないのだが――。
裁判官である彼は警察官も兼任。
嫌われる要素をすべて背負わされているのだ。
誰も彼に話しかけない。
軽いジョークですら
もちろん彼は言わないだろう。けれど気後れするのも事実だ。
俺はネトラレの加護を隠している。
うっかりバレるのが怖いので近寄らないように警戒していた。
「どこ見てる?」
「
「ああ」
「話しかければいいじゃん」
「アイツは悪くない、けど警察は苦手でさ」
「むずかしく考えんなよ。お~い、
「かまわん」
「さあ行こうぜ」
コミュ力お化けめ……。
俺たちは
彼は黙々と食事をつづける。
「最近、いっつもひとりだなぁ」
コイツの頭には、歯に衣を着せるという言葉は記憶されていないらしい。
「悪口を言いにきたのか?」
「寂しそうだから相手をしにきた」
「同情か」
「友情だ」
「オマエとは、それほど親しくはないだろ」
「小さな村だ、誰とでも親しくしといたほうが楽しいぜ」
「俺といても楽しくないだろ」
「オマエ、笑わないからな」
「そうじゃない、俺と会話するのに気を遣うという意味だ」
「まったく」
「そうだな、オマエは
「それ誉め言葉だろ。嬉しいぜ」
「単純バカだと言っている」
同意だが、コイツの長所でもある。
「
こっちにキタ!
しゃ~ない、話に加わるか。
「
「さすが
「嫌いなら近寄るな」
メガネの奥の瞳が俺を睨む。
「違うぞ、嫌いとは言ってない、苦手だと言ったんだ。成績優秀、運動神経もいい、そんな文武両道なヤツに嫉妬しない人間なんていないだろ」
「なんだよ
「オマエは俺よりバカだろが」
「嫉妬か……初めて言われたよ。オマエらおもしろいな」
「そう、それ。笑っとけ」
コイツに指摘されたのが恥ずかしいのか一瞬でスンとした。
恥ずかしがり屋を隠すためにポーカーフェイスを保っているのだ。
「盛り上がってるね。いっしょしていい?」
気がつくと食堂には俺たちしかいない。
「いいよん」
「前から
部活なんてたんなる趣味じゃないか。
「恥ずかしいから言わない」
「えっ? 恥ずかしい理由なの?
女子が男子をからかうこの雰囲気。
俺は苦手だ……。
「誤解するな。ある人物に憧れているだけだ」
「そこまで言ったのなら教えろよ」
デリカシーのない
「シャーロックホームズだ」と照れながら吐く。
「誰だ?」
本気で言っているのかコイツ。
アホだと思っていたがここまでか。
「知らないの? 犬の名探偵よ」
もし彼がシャーロキアンなら激怒しただろう。
「コナン・ドイルの小説に出てくる人間の名探偵だよ。でもホームズが剣道しているなんて聞いたことないけど」
映画好きの俺はホームズ主役の作品を何本も見たことがある。
「ああ。フェンシングが得意なんだけどフェンシング部はないから」
「なるほど」
「俺はシャーロックホームズのような名探偵になりたいんだ。だから勉強も剣術もマスターしている」
「名探偵か……。なら俺の疑問を解決してくれ」
「いいだろう」
「――とまあ、なぜ怒ったのか理由が知りたいんだ」
「情報が出揃っていない段階で推理するのは間違えているが、お遊びならいいだろう」
「
「コイツはいつも無神経だ、いまさら怒る理由になるか?」
「
「いいから聞け。
「知らね~」
「ふむ。おそらく魚が嫌いなのだろう。幼稚園や小学校のころに魚臭いとからかわれたのかもしれない。これは憶測だ」
「あ! 小学校でアイツと同じクラスでさ、からかった経験あるわ……」
コイツ過去の悪事をさらっと暴露しやがった。
「イジメとか、オマエ最低だな、友達やめるわ」
「ちげ~って! 興味をもってもらいたかったんだ。よくあるだろ、好きな子の気をひくのにイジメちゃうやつ~っ」
「好きだったのか?」
「まったく」
「話をつづけていいか?」と、
「どうぞどうぞ」
「これも憶測だが、彼女の加護は魚関係だろう。クラス会議で委員長が報酬の件を議題にあげた。彼女は加護の力を使うのを迷っていたのだろう。そこに
「うわっ、俺ってサイテー、ちょっといって謝ってくる!」
無駄に行動力があるので、すでに走り出した後だ。
「おい、食器、片づけていけ!」
俺の叫び声など聞いちゃいない。
「いいよ、わたしがやっておくわ」
「悪いな
「食器洗うのきついらしいな。手伝おうか?」
彼女はバカの残したトレイを落としそうになる。
「嬉しい! じゃあこれからもずっと手伝って!!」
彼女はいつも笑顔だが、今は見たこともないほど輝いている。
「俺は暇だからな。いいだろう」
「ついでにここでいっしょに暮らす?」
彼女の言葉は、午後のまったりとした空気を一変させるだけの力を秘めていた。
「は? なんの冗談だ」
「
彼の加護を使った告白。
真実を見抜ける彼だからそこ、彼女の言葉に嘘偽りがないと判定できる。
彼女の顔は真っ赤になり、目は期待と不安で輝き、唇は微かに震える。
ロマンティックフィーバーが俺の目の前で吹き荒れている。
大きなハートマークの幻影が浮かんでいた。
俺の存在など気にもしていない二人だけの空間。
「あの国から逃げるとき、
いつもの優しく明るい声じゃない。小さじ一杯の甘味が含まれている。
その甘さは男子高校生には刺激が強すぎる。
「あ、うん、ありがとう」
感情をなくしたロボットのように平坦な声でこたえた。
ガチガチで見ている俺が恥ずかしい。
「返事はいつでもいいから」
彼女は少しだけ残念そうな表情になる。
すぐ返事をもらえるのを期待していたのかもしれない。
感謝しろよ
「確かシャーロックホームズは女嫌いだったよな。
「いや、嫌いじゃない」
「
「嫌いじゃない」
「そうか、避妊薬、もらってきてやるよ」
「おいっ!
「お互い様だな」
二人は近いうちに交際を開始するだろう。
なので【恋愛対象】に
経験値を増やしてくれるペアの誕生だ。
俺は二人の邪魔をしないよう、早々に食堂を後にするのだった。
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