第21話

 ――城野詩織じょうのしおりがドラゴンに連れ去られた直後に時は遡る。




 わたしを捕まえたドラゴンが空高く上昇をつづけています。


 風を肌に感じることはなく、体が重力を感じることもありません。

 不思議な球のなかにわたしはいるのです。


 まるで映画のワンシーンを見ているよう……。

 現実的じゃありません。


 切り開いた広場が遠ざかっていきます。

 空から見るとわたしを召喚した国とそれほど離れていません。

 あんなに歩いたのに、徒歩では限界がありますね。


 わたしがいたのは、まだ森の入口だったのね……。

 南のほうには海が見えるわ。



 ドラゴンが水平飛行を始めます。

 山を二つ越えた先に、さらに巨大な山が見えますね。

 あれが森の中心だと思います。


 ふもとは森の木々に覆われているけれど、山の中腹から木は生えていません。

 たしか森林限界。

 そこからさらに上に大きな穴があいています。


 まるでジェットコースターがトンネルに突進するかのように、ドラゴンが穴に飛び込みました。

 蛇行しつつ洞窟を飛行しますが不思議と恐怖は感じませんね。



 行き止まりに到着しました。

 広々とした空間ですが、なにもありません。

 電灯や炎がないのに、とても明るい。


 わたしは透明な球体に入れられたまま、広場の中央におろされます。


 ドラゴンは子犬のように丸くなると目を閉じました。

 わたしを放置して寝る気でしょうか?


 恐怖を感じる神経がバカになったかもしれません。

 もう、ドラゴンを見ても何も感じないのです。



 透明な球体がシャボン玉のようにパンと割れました。

 わたしは解放されたのでしょうか。


 おや、ドラゴンの顔の前にふわりと光が灯りましたよ。

 とても眩しく目を開けていられません。

 薄目で見ていると、その光から人が出てきました。


 とても見慣れた顔。

 しょう君でした。


 しかし体つきは違います。

 太く逞しい上腕二頭筋。

 張りのある大胸筋。

 お腹は六つに割れています。


 あの筋肉は芸術の域です。

 いわゆる細マッチョというやつですね。

 鼻血がでそうです。


「キャーッ!!」


 彼がなにも身につけていないことに気づきました。

 おちんちんが出ています。

 モロ出しですよ。


 おちんちんを最後に見たのは、小さいころにお父さんとお風呂に入ったとき以来です。

 お父さんのはもっと小さかった記憶が……。


 あれがしょう君のおちんちんだと思うと、さらに鼻血が出そうです。

 ヤバイですね。


「いきなり叫んで、どうしたのだ?」


 しょう君の声でした。


「ふ、服着てよ」

「人間の着るものだろう。我には必要ない」

「目のやり場に困るんです」

「ふん。この場合、強者にあわせるのが筋というものだろう」


 あの人がわたしを指さします。

 すると、わたしの着ていた服が粉々に千切れてしまいました。


「キャッ!!」


 胸を隠し、その場にしゃがみます。


 ペットに服を着せるように、所有物を好きにしていい権利は強者にあります。

 わたしには反論する権利はないのでした。


 それに、あの人はわたしの裸を見ていません。

 目を見て話しています。

 あたりまえですね。

 ペットのおちんちんを見て興奮する飼い主なんていないのです。


「この顔をした人間はなんという名前なのだ」

しょう君です。どうして同じ顔をしているの? あなたは誰?」

「もう忘れたのか人間よ。我はこの世界で唯一の存在。ドラゴンと呼ぶと決めたのだろう」

「だって、ドラゴンは後ろに」

「我も、あそこにいる我も、同じ存在。人間には理解できぬよ」


 はい、理解できません。

 そもそも説明する気あるのでしょうか。


「ところで、しょう君は苦しんでいると思うかね」


 とても意外な質問でした。

 ドラゴンが人間を気にするなんて……。


「はい。愛しているわたしが連れ去られたのです。それはもう立ちなおれないくらい落胆しているはずです」

「そうか」


 ドラゴンは喜んでいます。

 しょう君の顔が喜んでいます。

 なんだか本物のしょう君を喜ばせたみたいで嬉しく感じてしまいました。


「なぜ笑っている」

しょう君の君は敬称です。ドラゴンさんが呼ぶときは翔でいいと思いますよ」

「そうか。ならば、翔をさらに苦しめるにはどうすればいい」


 しょう君の言っていたとおりですね。

 ドラゴンは彼を苦しめるのが好きなようです。


「そうですね……。身も心も奪う、という言葉があります。身とは体ですからもう奪われています。なので心を奪えばさらに苦しめると思いますよ」

「魂を抜き取れば良いのだな」


 ドラゴンはわたしを指さそうとしました。


「ちがいます! ちがいます! 魂じゃありません!! 心とは気持ちです」


 あっぶな! 気を抜くと危険ですね。


「気持ち、だと?」

「はい。わたしはしょう君が世界一好きです。彼もわたしが宇宙一好きです。そんな二人のあいだにドラゴンが割り込んだら、きっと彼はもがき苦しむでしょう」

「ほうほう」


 ドラゴンは興味津々ですね。

 しょう君の喜ぶ顔を見ると心が和みます。


「もちろん、特殊な力を使って強引に気持ちを奪っても、しょう君はなにも感じないでしょう。むしろ、所詮は力技ですか、と逆に冷めてしまうかもしれません」

「それはダメだな」


 けっこうチョロイですね。


「人間の意思はとても硬いのです。たとえドラゴンさんでも無理だと思いますよ」

「なるほど、おもしろい遊びではないか。オマエの気持ち、奪ってみせよう」

「どうぞ頑張ってください」


 よしっ、これなら殺されずにすむかもしれませんね。


「で、どうすればいい?」

「えっ? 矮小わいしょうな人間にヒントをもらうのですか? ドラゴンさんが?」

「人間の手を借りるなど我がするわけがない」

「ですよね~」


 ドラゴンは負けず嫌いのようです。


 わたしはある物語を思い出しました。

 そうです『長靴をはいた猫』です。

 ライオンになれますよね。ネズミになれますよね。そう誘って猫が食べちゃうお話です。


 しょう君を助けるためわたしは猫になりますよ。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 この洞窟に連れてこられて何日過ぎたかわかりません。


 ずっと洞窟の中が光っているのです。


 さらに、わたし、眠くなりません。

 お腹もすきません。

 疲れません。

 意味がわかりません。


 裸でいるのにも慣れました。

 もう体を隠していません。


 ドラゴンさんのおちんちんを見るのも慣れました。

 よく見るとかわいい姿形をしていますね。


 ずっと立っていても疲れませんが、なんとなく地面に座っています。

 長座。足を延ばして座るポーズです。

 体に良い座りかただって聞いて、床に座るときは長座を意識してるのです。



 人型のドラゴンさんがわたしのまわりをゆっくりと歩き、観察しています。

 いやらしい視線じゃないので気になりません。

 どうやら気持ちを奪う方法を考えているようです。


 真剣な表情のしょう君はとってもステキ。

 いつまでも見ていられます。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 連れてこられてから何日過ぎたのでしょう。

 考えるのをやめました。


 ドラゴンさん、まだわたしのまわりを歩いています。

 少しかわいそうですね。


「あ~あっ、椅子に座りたいな~っ、地面の上は嫌だなぁ~っ」


 ドラゴンの目が光りました。

 人型ではありません。でっかいトカゲのほうです。



 ドラゴンは翼を広げると、あっと言う間に飛び去っていきました。

 不思議です。あれだけの巨体が動けば風が吹くと思うのです。

 けれどわたしの髪は一本も動きませんでした。


 人型のドラゴンさんは、わたしのまわりをまだ歩いていますよ。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 でっかいドラゴンが帰ってきました。

 出ていってから三分もたっていません。

 手にもっている透明な球体のなかに椅子が入っています。


 地面のうえに球体を落としました。

 でっかいドラゴンは、また子犬のように丸くなって寝てしまいます。


 透明な球体がシャボン玉のようにパンと割れました。


 木製の椅子です。

 とてもシンプルなデザインですね。

 まるで芸術に興味のない男性が作ったようです。

 かわいくありません。


 けれどドラゴンさんからのプレゼントです。

 わたしは椅子に座りました。


 感謝の気持ちをこめて人型のドラゴンさんに笑顔をプレゼントしました。


 するとしょう君がとってもステキな笑顔になったのです。


 わたしの心は満たされ暖かくなりました。

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