第20話

 儀保裕之悪友の経営する鍛冶屋は、店舗、自室、倉庫の三部屋にわかれている。

 どの部屋にも、なにも置いておらず殺風景。

 家具屋の千坂隆久モヤシが忙しくて、家具を作ってもらえる順番が回ってこないのだ。


 夕食を終えた俺たちは、床に百人一首を並べて遊んでいた。


 テッテレー♪テーレー♪テッテレー♪


 レベルアップの音だ。

 たぶん出水涼音令嬢が経営する病院に才原優斗イケメンが出向いているのだろう。

 昨夜は俺ひとりでのぞきにいったので知っている。

 ちなみに才原優斗イケメンは白衣プレイが気に入ったようだ。



 あらためてスキルを確認する。

 レベルアップの特典として【恋愛対象】の指名可能人数が増えた。

 今は幼馴染詩織出水涼音令嬢を指名している。


 経験値を稼ぐには、性行為をおこなうクラスメイトを指名したほうが良い。

 ならば千坂隆久モヤシと性行為をする二見朱里歴女を指名するべきだな。


 【恋愛対象】に二見朱里ふたみじゅりを指名。


 おや? 出水涼音令嬢二見朱里歴女の名前が赤くなっている。

 どうやらネトラレ中は文字が赤くなる機能が追加されたらしい。

 これは便利だな。


裕之ひろゆき、行こうぜっ!」

「エロセンサーに反応があるのか?」


 儀保裕之悪友が目を輝かせる。


「ああ」

「たぎるぜっ!」


 俺たちは固い握手を交わし、鍛冶屋を出る。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 村にはまだ家が少なく、隠れられる場所が少ない。

 俺は姿を消すことができるが儀保裕之悪友には無理だ。

 もし見つかるようなことがあればコイツを置いてひとりで逃げる所存。


 人の気配に注意しながら暗闇を進む。

 足音を立てないように、俺たちは裸足で歩く。


 幸いにも鍛冶屋の隣が家具屋。

 店舗間の距離は十分に広く、隣の会話が聞こえるほどじゃない。






 千坂隆久モヤシが経営する家具屋に到着。

 店の間取りはどこも同じなので自室の位置はわかる。

 俺たちは少しだけ開いている窓に近づいた。


「ねぇ聞かせてよ。隆久たかひさがどんなエッチな想像したのか」


 二見朱里歴女の声だ。

 俺たちは息をひそめ、彼女の声に全神経を集中させる。


 事前に儀保裕之悪友と約束を交わした。

 見つかるとヤバイ。裁判なんて受けたくない。

 だから顔を出してのぞくのは禁止にしようと。


「しっ、してないよっ、あっ……」


 甘い声を出しているのは千坂隆久モヤシのほうだ。


「ふふっ、隆久たかひさは乳首が弱いね」


 彼女が責めているのか?!


「嫉妬深いキミのことだ。すっごいエッチな想像したんだろぉ~」


 彼女はとても愉快そうに声を弾ませている。


「……」

「声が小さくて聞こえないぞ~」

気仙けせんはボクより体が大きいからっ、うっ、朱里じゅりちゃんをもち上げて乱暴に突き上げてた、んっ!」

「へぇ~っ、隆久たかひさは体の大きさが劣等感なんだね。それとも、われを乱暴に扱うのが願望なのかなぁ?」

朱里じゅりちゃんを乱暴になんてできないよ、あっ……」


 彼はとても弱々しく切ない声で鳴く。


「キミはほんとうに優しいね。でも、それじゃ物足りないよ」


 キャラの濃いヤツと思っていたが、まさか夜のプレイまで濃いとは。

 ある意味、予想通りとも言える。


 しかし俺の知らない世界だ。

 女性に責められるのは、どんな気分なのだろう。

 体をゆだね、好きなようにもてあそばれる感覚。


 彼女に責められる姿を妄想する――。


 裸の彼女が俺のうえにまたがり、熱を帯びた瞳で俺を見下す。

 まるでスケートリンクのように俺の体を細い指が滑る。


「あっ……」


 俺が声をあげるとフフッと笑う。


「ふふっ、こっちまでカチカチじゃないか」


 宝箱を見つけたかのように、反応した場所を愛おしく指で刺激する。

 ……おや? 俺の妄想と偶然リンクしているみたいだな。


「さぁ入れるよ。思いっきり突き上げて。気仙けせんより乱暴に突き上げて。われが壊れるくらい乱暴にねっ」

「ああっ!」


 ベッドのきしむ音がする。

 家具屋の特権だな、自分のために最高のベッドを作ったのだろう。


「いい、いいよぉ隆久たかひさ、もっと、もっとだ!」


 彼の息遣いが荒い。

 まるで長距離を全力で走っているようだ。

 死んでしまわないか心配になるほどに。


気仙けせんは柔道部だ。もっとタフだぞ。休憩なんてしない。逞しい腰は動きつづけるんだっ!」

「ひっ! ひっ! ひっ!」


 おいおい、ソイツ死ぬぞ!


「きたきたきた! われ絶頂なり!」

「うっ!!」


 俺のネトラレ気配が薄くならない。

 いつもならここで終わるはずなのに。


隆久たかひさ。まだいけるよね?」


 彼女のほうがタフなのか……。


 俺は儀保裕之悪友の肩をたたき、撤退しようとうながす。

 足音を立てないよう注意しながら俺たちは帰ったのだった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「第四回 クラス会議を始める」


 議事堂にクラスメイトが集合した。

 いつものように石亀永江委員長は正面に立つ。


「議題は、労働にたいする報酬。まだこの村には通貨がなく、報酬を支払う仕組みが確立されてない。物々交換でも良いのだが物流に偏りがある現状ではうまくいくとは思えない」


 クラスメイトは彼女の発言にうなづいた。

 少なからず、みんなも気にしていたらしい。


「問題点その一。通貨を導入したとしても、その通貨を使う場所が限られている。問題点その二。通貨を稼ぐ手段のない人がいる。問題点その三。相場を決めるのが困難。わたしが懸念しているのは以上の三点だ」


 不満そうな顔の才原優斗イケメンが挙手した。


「そもそも報酬は必要なのだろうか」

「それをキミがいうのか。危険を冒して狩りをしているのだから危険手当がついてもおかしくない。まさかクラスのために犠牲ぎせいになっても良いなんて聖人のような考えではないだろうね」

「犠牲とは思っていないよ。けれど、報酬のために狩りをする気はない」

「するとキミは、村のなかでぬくぬくと仕事している人と、狩りに出る人の苦労は同じだというのか。その考えは狩猟部隊の総意なのか」

「いや、俺の意見だ」

「苦労の報われない社会は間違えている。かりに、狩猟部隊のなかで不平等を感じている人がいても、リーダーがその態度ではクチには出しづらいだろう。不満は溜まっていくものだ」


 さすが石亀永江委員長、クラス全体を俯瞰ふかんしている。

 薙刀なぎなた曽木八重乃巨乳は狩猟部隊に参加するのを嫌がっていたからな。

 やりたいこととやれることが一致している人が少ないんだ。


 才原優斗イケメンはリーダーシップは取れるけれど、できる人目線で物事を考えている気がする。

 『俺ができるのだからオマエもできるだろ』みたいな、説明しづらいけどそんな感じだ。

 ソフトな人格だし口調も優しいので責められている気分にはならないけれど、気づかないうちに精神的に追い詰められている感覚になる。


「この問題は根が深く、簡単に対処できるとは思っていない。わたしが見て労働に偏りが出ていると感じたのは狩猟部隊と食堂と服屋だ。食堂では食器を洗う作業を両津りょうつさんがひとりでやっている。服屋では女子が入り浸り新垣あらがきさんが疲弊していた」


 思い当たるふしのある女子たちがバツの悪そうな表情で下をむいている。


「念のため言っておくけど二人から苦情が出たわけではない。わたしが観察し、そう判断した」


 石亀永江委員長かっけ~!

 基本的には独裁者なんだけど、しっかり見てるなぁ。


「委員長ありがとう」


 服屋の新垣沙弥香ギャルが立ち上がった。


「ウチ、お店がもてて、嬉しくって、舞い上がっちゃった。みんなが来てくれたの凄く嬉しかったの。委員長のいうとおり疲れてるけど、嫌な疲れじゃないよ。だからね、ウチ、もう少し頑張りたいんだ」


 とても晴れやかな笑顔だ。

 俺は感じたことはないが、人から求められる喜びってアレなんだろうか。

 本人にしかわからないのかもしれない。

 正直に言えばうらやましい。

 彼女こそ、やりたいこととやれることが一致した人なのだ。


「そうか。余計な発言だったな」

「ちがうって! 嬉しいんだってば! 人から気を使ってもらうなんて初めてだし……」


 新垣沙弥香ギャルが顔を真っ赤にした。

 派手な見た目なのに、あんがいかわいい所があるんだな。


「ならばお節介させてもらおう。財前ざいぜん君、栄養ドリンクのような疲労を回復する薬は作れるだろうか」

「作れるよ。けど、材料が森の中だね」

「なら俺たちが取ってこよう」


 才原優斗イケメンがはりきって挙手した。

 そ~いう所だぞ。

 即決し、困っている人を見捨てない。主人公ムーブとしては正解だ。

 けどな、オマエはいいかもしれないが、他の狩猟部隊のメンバーがどう考えているか確認しろよ。


「いや、口頭で説明するのはむずかしいからボクを狩りに同行させて欲しい」

「もちろんだとも」

「二人ともあざ。ウチ、うれぴ」


 二人と言いながら視線は財前哲史サトリを見ている。

 もしかすると新垣沙弥香ギャルは彼が好きなのか?




両津りょうつさんはどうだろう」

「さすが委員長、よく見てるね、正直言うとちょっと辛いんだ。儀保ぎぼ君に食洗機作れないか聞くくらいね」

「作れるのかね!?」


 石亀永江委員長は今日イチ大きな声を出した。


「俺には作れないよ、ごめんね~」


 儀保裕之悪友は、テヘッと舌を出しゴメンねのポーズをした。

 あいかわらす軽いヤツ。


「そうか、残念だ」


 彼女は見てわかるほどに落胆する。


「クックック! そろそろ己等おいらの出番でござる!」


 暑苦しい出淵旭アニオタが椅子から立ち上がり派手なポーズをした。


「えっ……」


 石亀永江委員長はあからさまに嫌そうだ。

 真面目な彼女はアイツが苦手らしい。


己等おいらは電気で動くモノが作れるでござる。とくに家電、食洗機など朝飯前!」

「あ、そう。なら作ってくれるか」

「ザンネン! ステンレスが必要でござる」


 言うだけ言って座りやがった。


「なんだぬか喜びか。この世界の技術力ではステンレスは無理だな」

「作れるけど」

「え?」


 スンとした顔の連城敏昭野球バカがつぶやいた。


「俺の加護は錬金術。卑金属を作ることができるらしいぞ」

「らしいぞって、オマエの加護だろ?」


 儀保裕之悪友が呆れている。


「俺は化学の点数が低いんだよ。ステンレスは鉄とクロムで作れるらしいが、クロムってなんだ?」

「さぁ?」


 儀保裕之悪友もアホだった。


 たしかに、歴史上の錬金術師は卑金属から貴金属を作ろうとしてた。

 現代科学の祖と言っても過言じゃない。

 脳筋の連城敏昭野球バカが錬金術師なんてミスキャストだろ。


「クロムも金属だ。わたしも実物はみたことないけれど。どこにあるのかわかるか?」

「わからん」


 財前哲史サトリは生産系の加護もちは材料の場所がわかると言っていた。

 なら、この世界にクロムは存在しないのか?


「ふむ……」


 石亀永江委員長が首をひねりながらうなっている。


「あっのぉ~っ」と、そぉ~っと手をあげた人がいる。


 茶道部の才賀小夜さいがさよ

 二見朱里歴女の【腐女子】友達だ。

 二人は教室で薄い本を見ていた。

 こちらは隠れオタクなので、濃い性格はしていない。

 男子を見ながら、たまに――うひっ――と奇声を発するくらいだ。


「わたしの加護は採掘だよぉ。クロムのある場所もだいたいわかるよぉ」


 才賀小夜腐女子は怯えながら愛想笑いをした。

 いつも不安そうにビクビクしているのはナゼだろう。


「なにっ?!」


 石亀永江委員長が興奮気味に驚いた。


「でもぉかな~り遠い感じぃ。ひと月くらい歩くかもぉ」

「それは、厳しいな」


 石亀永江委員長が考え事をしているあいだに、建設の加護をもつ気仙修司パンダが質問する。


才賀さいがさん、石灰石の場所はわかるかな?」

「わかるよぉ~」

「石灰石があればコンクリートが使えるから建築の幅が広がるよ」

「それはぜひ手に入れたい」


 石亀永江委員長の目が輝いている。


「報酬の件はみんなも考えておいてくれ。早急に結論を出す話ではないが、とても重要だ。疲労回復薬は早急に作成してもらおう。狩猟部隊と両津りょうつさん、新垣あらがきさんは当分その薬で凌いでくれないか」


 みんな了承したようでうなづいた。


「そのあとで石灰石の入手だな。工程は狩猟部隊と相談して決めてくれ」

「えっ、わたしも行かないとダメかなぁ?」


 才賀小夜腐女子が困った顔をしている。


「キミにしか場所はわからないのだろう?」

「そうだけどぉ」

「俺が必ず守るよ」と、才原優斗イケメンが甘くささやく。

「ふひっ」

「俺も手伝おう」と、連城敏昭野球バカ精悍せいかんな顔をする。

「うひっ。わ、わかったよぅ」


 あの二人の薄い本を作ったのが、たぶん才賀小夜腐女子だ。

 被写体を間近で観察できるんだ本望だろ。


「よろしく頼む。今回の議題は以上だ」


「ちょっといいかな」


 二見朱里歴女が立ち上がった。


「意義でもあるのか」

「いや、私的な連絡だね。われ千坂ちさかの家で暮らすことにした」

「は?」

「委員長はニブイね。われ千坂ちさかの交際を宣言したのだよ」

「なんだとっ?!」


 女子たちが黄色い声をあげ。

 千坂隆久モヤシは男子たちに睨まれる。


「言い訳を作って彼の家に通うのが面倒になってね。もう公表しちゃおうって事になった」


 たぶん千坂隆久モヤシの嫉妬にたいする彼女なりの誠意だな。


「高校生なのに同棲するだと?」

「ダメだと?」


 食い気味に反論した。

 石亀永江委員長の反応を予想していたのだろう。


「いや、わたしの一存では決められない問題だ」

「失礼だな、問題じゃない。愛する者どうしの自然な帰結だね」


 石亀永江委員長は困った表情。

 二見朱里歴女は勝ち誇った表情。

 対照的な二人は無言で視線を交わす。


「これは村の問題だ。決をとります。二人の同棲に反対の人、挙手を」


 手をあげる人はいなかった。


「みんな祝福してくれるのね、ありがとお~」


 二見朱里歴女千坂隆久モヤシはみんなの拍手を浴びて嬉しそうだ。




 彼らの発表を期に、クラスの雰囲気が微妙に変化する。

 異性にたいするアプローチが加速したのだ。

 しかし彼らほどオープンではない。

 水面下でクラスメイトの情事が活発になっていく――。

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