第19話

 ぽかぽか陽気の午前中。

 村の整備はつづいている。

 二見朱里歴女が指揮し、気仙修司パンダが工事を行なう。


 村の中心から五角の頂点に向かい、道路が伸びている。

 今は、道路の地下に下水管を埋める工事中。

 地面を掘りおこさず、直接地中に土管を埋めている。

 なので外から見ていると、彼が何をしているかわからない。

 土管の材料は川底から砂利や石などを集めたようだ。



 区画整理がおこなわれ、北東から時計回りに1区、2区、3区、4区、5区と名前がつけられた。

 村の出入口は1区にある。


 オープンしているお店はこのような配置だ。


 1区:議事堂

 2区:病院、薬屋

 3区:銭湯、洗濯場

 4区:服屋、家具屋、鍛冶屋、靴屋、紙屋

 5区:食堂


 どのお店も木造の平屋で、これらも気仙修司パンダが建てたのだ。

 管理人はいないけれど、衣類を洗う洗濯場も作られた。





 俺は儀保裕之悪友が経営する鍛冶屋で寝泊まりしている。

 ヒモ生活ばんざい!


「暇だ……」

「暇だなぁ……」


 家具屋の千坂隆久モヤシは大忙しなので、優先度の低い店は後回しにされている。

 なので店内にはカウンターや棚すらなく、がらんとしていた。


 狩猟部隊の武器防具はすでに作成ずみで新たな需要がない。

 料理、農業、建設は加護の力で行なわれている。

 なので調理器具や農具や工具の需要もない。

 まさに開店休業中。


「他の店を冷やかしにいこうぜ」

「そうだな、このままじゃ脳が腐る」


 俺は悪友の提案に乗ることにした。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 俺たちは病院にやってきた。


「へ~い出水いずみちゃん、元気してる?」


 コミュ力お化けの儀保裕之悪友らしい挨拶だ。

 超絶お嬢様に、どうしてそんな気軽に声がかけられるのだろうか。


「あらっ、儀保ぎぼ君に苦瓜にがうり君、いつものコンビね。どうしたの?」


 白衣を着た出水涼音令嬢が椅子に座っている。

 まるで保健室の養護教諭みたいで、良からぬ想像が膨らんでしまう。


 あの国を脱出するときに、医務室から白衣を拝借したそうだ。

 薬や包帯などももち出したらしい。

 超絶お嬢様なのに手癖が悪い。


 入ってすぐが診療室。

 白い布が張ってあるパーティションを中央に置いてある。

 それは診察中の患者を見えなくする働きがある。


 ドアが二ヶ所あり、片方が入院用の病床、もう片方が自室。

 自室の隣は倉庫になっている。


「暇だから様子を見にきたのさ」

「鍛冶屋さんよね、お客さん来ないの?」

「メスとかいる?」

「加護の力で治療するから必要ないわ。――あ、そういうことね」


 頭の回転の速いお嬢様だ。説明しなくても理解してくれる。


「日用品で欲しい商品ある?」

「ん~……。お茶が飲みたいわね。食堂で飲めるけれど、お部屋でゆっくりと飲みたいわ」


 お嬢様のオクチにあう紅茶なんてないけどな。

 いや、お嬢様のオクチはけっこう情熱的だった。


「やかんとコンロか。火をどうするか考えないとな」

「無理はしないでね、できたらでいいから」

「了解!」


 俺たちは病院を後にした。


「仕事熱心だな、セールスマンみたいだぞ」

「話の流れでたまたまな~」




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 薬局は病院の隣に建っている。


「うぃ~っす」


 まるで常連客のように儀保裕之悪友が声をかける。

 奥の自室からテニス部の財前哲史サトリが出てきた。


「いらっしゃい」


 爽やかな笑顔で迎えてくれる。

 頼もしい感じが薬局の薬剤師のようだ。


 店内の棚には薬瓶に入った液体が並んでいる。

 木でできた案内板には薬の効能が書いてある。

 傷薬、胃薬、頭痛薬。なんだか本格的だ。


 ちなみに、シャンプーやリンス、ボディーソープなどのバスアイテム。

 化粧水、乳液、美容液などの化粧品。

 これらは彼が作り、店頭には並べず銭湯に置いてある。


「繁盛してる?」

「需要があるのは避妊薬だけだね。病気は出水いずみさんのところで治しているみたいだよ」

「そっか。――なぁ、薬ってなんでも作れるのか?」

「薬とつくものなら、だいたいね」

「毒薬も?」

「誰を殺すつもりだい? 悩みがあるのなら相談にのるよ?」


 心配そうな表情をする。

 優しいヤツだな。


「話のネタにふってみただけさ」と、儀保裕之悪友が冗談ぽく笑う。

「感心しないネタだね。でもおもしろそうだからつきあうよ。答えはイエス。材料さえあれば毒薬だって作れる」

「蘇生薬は?」

「作れるよ」

「ドラゴンを倒せる薬は?」

「作れるよ」

「マジか!」


 儀保裕之悪友がとても喜んでいる。


「材料はこの世界にないと思うけどね」

「どういうことだ?」と、俺は聞いた。


「鍛冶師の儀保ぎぼならわかるよね」

「ああ。俺ら生産系の加護は欲しい材料の位置がなんとなくわかるんだよ」

「へぇ~」

翔矢しょうやのエロセンサーと同じだ」

「ちょっ!! し~~~っ!!!」


 俺は慌てて儀保裕之悪友のクチを押さえた。


「エロセンサー?」

「聞かなかったことにしてくれ」

「わかったよ。ドラゴンを倒せる薬の材料は感じない。要するにこの世界にないってことさ」

「そうか……」


 財前哲史サトリ儀保裕之悪友の肩をポンとたたく。


「気を落とさないで。他になにか有効な薬があれば教えるよ」

「頼んだ」


 俺たちは薬局を後にした。


「薬かぁ、ロマンがあるな。もしかすると若返りの薬とかも作れるかも」

「そうかもな……」


 儀保裕之悪友はどことなく元気がなかった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 次は食堂に顔を出す。


両津りょうつちゃん、今日もかわいいね!」


 中年が喫茶店の看板娘に声をかけているようだ。

 料理研究部の両津朱莉ママがカウンターに座っている。

 白色のコックコートにブラウンのエプロン姿。

 あの国を出る前に町で買ったらしい。

 若いオーナーシェフみたいで、とても良く似合っている。


「はいはいありがとう」


 儀保裕之悪友のトークは下心を感じさせないので軽くスルーされる。


「まだお昼には早いけど、お腹すいたの?」


 まるで子供を心配する母親のようだ。


「いいや、暇だから冷やかしに」

「お皿、ぶつけてやろうかしら」


 もちろん冗談だ。俺たちは軽く笑いあう。


「忙しいの?」

「料理は加護の力があるからいいんだけど、食器を洗うのは手作業なのよね」

「アルバイトが必要だね」

儀保ぎぼ君は鍛冶屋よね、食洗器作れない?」

「それは無理だな~」

「だよね~、まあ冗談だけどさっ」

「そもそも電気がないと動かないぜ」

「それもそうね」

「電気か……、委員長に言ってみるか。じゃ、また昼に」

「他のお店の邪魔しちゃダメよ」


 ママに釘をさされてしまった。

 俺たちは食堂を後にする。


「ホント、オマエのコミュ力すげーよ」

「まあな。一流ミュージシャンには必要なスキルよ」


 次は家具屋に向かう。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 家具屋の前で俺たちは立ち止まった。

 店内で言い争う声が、店の外にまで漏れている。


朱里じゅりちゃん、最近いっつも気仙けせん君といっしょにいるよね」


 この声は店主の千坂隆久モヤシだ。


「しかたがなかろう。村造りには彼の力が必要なんだ」


 二見朱里歴女の声だ。

 いま朱里じゅりちゃんって呼んだな。

 二人は交際してたのか……。


「この前、手を握ってた」

「え? 覚えてない」

「凄い笑顔で握ってたじゃないか!」


 あ~アレね。俺は覚えている。

 恋愛感情じゃなくて気仙修司パンダが堤防を作ったから喜んでいただけだ。

 そういえば千坂隆久モヤシが睨んでいた。

 あれだけでケンカ? えらく嫉妬深いんだな。


「謝るけど、本気で覚えてない、悪かったね」

「忘れるくらい日常茶飯事なんだ……」


 この男めんどくさっ!

 俺なら付き合わないぜ。


「そうか、ヤキモチだね」

「だって……」

「独占欲の強い人は嫌いじゃないよ。今晩来るからベッドで仲なおりしよう。避妊薬もらってきてね」

「わかった」


 俺は儀保裕之悪友の肩をたたき『行こうぜ』と合図する。

 急いで店の影に隠れ、様子を伺う。


 ご機嫌な感じで二見朱里歴女が家具屋から出てくる。


千坂ちさか、趣味悪いな」


 儀保裕之悪友が俺の耳元で呟く。


「オマエ酷いな」

「だってよう、二見ふたみってキャラが濃いじゃん?」


 コイツの言いたいことはわかる。

 しかし、他人の趣味にケチをつける気にはなれない。


「濃い味が好きなヤツだっているだろ」

「それもそうか。今晩か……。のぞきにいくか?」

「オマエも好きだな、乗った!」


 俺たちは浮かれた足取りで次の店にむかう。




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 次は服屋に寄ってみた。

 おそらくこの村でもっとも賑わっている店だろう。

 店内には女子が数人いた。


「よっはるか、盛況だな」

「あれっ、裕之ひろゆきじゃん、服を買いにきたの?」

「いや、冷やかし」

「なにそれ~」


 牧瀬遙ミーハー儀保裕之悪友の幼馴染だ。

 手にはワンピースの服をもっている。

 幼馴染詩織の友達だが悲しんでいる様子はない。

 俺も人のことは言えないが、友達じゃあなかったのか?


「ここは凄いな」

「そりゃあね。女子はかわいい服に目がないもの」


 たぶん千坂隆久モヤシを脅して棚を作らせたのだろう。

 この店だけとくに家具がそろっている。


 もとの世界とそう変わらないほどの品ぞろえ。

 棚には色とりどりの服が並んでいる。

 しかし、すべて女性物。


 店の奥で新垣沙弥香ギャルが対応に追われている。


新垣あらがきが過労死しないといいけどな」

「それね。委員長が対策を考えるって言ってたわ」

「オマエも程々にしとけよ」

「はぁ~い」


 俺たちは支給された騎士服をまだ着ている。

 この店が落ち着いたら服を作ってもらおう。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 次は靴屋だ。


「ヘイブラザー!」

「ヨウブラザー!」


 ゴルフ部の嘉門剛平ソムリエと俺たちはハイタッチした。

 べつにラップが好きというワケじゃない。軽いノリだ。


「どした~?」

「冷やかしだぜ」

「俺もちょ~~~~ヒマ。靴なんてそんなに消耗しないからな」

「鍛冶屋も同じだぜ、誰も来ねぇ~」


 嘉門剛平ソムリエが手招きする。

 俺たちが顔を近づけると。


「オニイサン、いい品があるぜ」


 まるで闇商人のような口調で話しかけてくる。

 もちろんお遊びだ。


「見せてもらおう」


 俺もノリノリだ。



 嘉門剛平ソムリエがドアを開き、自室に通される。

 鍛冶屋と同じでなにも置かれていない。

 千坂隆久モヤシがヒマになるまで家具は増えないだろう。



 さらに奥のドアを開き、倉庫に案内される。

 そこはアダルトショップだった。


 革のムチ、革の手枷、革の足枷、革の首輪、革のマスク。

 いわゆるSMグッズが壁にぶら下がっている。


「こっ、これはっ!!」

「くっくっく、ご禁制の品ですからねぇ、委員長には黙っていてくださいよぅ」

「くっくっく、お主もワルよのう。安心するがいい、男の友情に誓おうぞ」

「俺たちに使う相手はいないけどな~」


 儀保裕之悪友がさらっと真実を突きつけてくる。


「いいじゃないか、夢を見るくらい」

「だよな! これは男のロマンだよな!」


 俺と嘉門剛平ソムリエは意気投合し、固い握手を交わす。


「これインテリアなのか?」

「いいや、ちゃんと使えるぜ、試しに着けてみたけどちょうどいい肌触りだった」

「ちょうどいい? まるで他と比べたみたいないいかただな」

「あっ……」


 儀保裕之悪友の鋭い指摘に嘉門剛平ソムリエが酷く動揺している。


「マジかよ」

裕之ひろゆきそんな目で見るな! 誰だって秘密にしたい性癖ぐらいあるだろっ!!」


 ついネトラレが知られた状況を想像してムキになってしまった。


「そうだな、嘉門かもんわりぃ、べつにキモイとか思ってないから」

「二人ともありがとう」

「で、どっちなんだ、Sか? Mか?」


 これは聞かずにはいられない。


「Mだ……」

「以外だな、エロソムリエだし、Sだと思ってたぞ」

「ビデオを見始めたころはSの気持ちだったんだ。けど、何本も見ているうちにMのほうが気持ちよさそうだなと」

「へぇ~、変わるもんなんだな。で、Sの相手はいるのか?」

「いや、こんな趣味を理解してくれる彼女なんていないだろ」

「ワカラン、そもそも彼女がいないからな」

「たしかに俺たちはもてない同盟だな」


 二人で笑っていると儀保裕之悪友は複雑な表情になる。


「どれかもっていくか?」

「使う相手が見つかったらいただくぜ」

「オーダーメイドも受け付けているからな」


 俺と嘉門剛平ソムリエは、ふたたび固い握手を交わした。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 残るは紙屋だな。


亀ケ谷かめがやちゃん、ちわ~っす!」


 店内には誰もいなかった。


亀ケ谷かめがやちゃん! いないの~?」


 儀保裕之悪友の声に返事をする人はいない。


「留守みたいだな。トイレットペーパーの配達かも」

「あ~、そんなの石亀永江委員長にお願いされてたな」


 棚には商品が大量に積まれていた。

 トイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンペーパー、ノート、スケッチブック、封筒、手紙用紙、紙袋など。

 見てきたお店のなかでいちばんお店らしい品揃えだ。


「ティッシュもらっとくか」


 紙の箱に入った、よく見かけるティッシュボックス。

 儀保裕之悪友が二箱つかみ取る。


「ゴミ袋も必要だな」


 大、中、小の紙袋が用意されている。

 とりあえず中サイズの紙袋を俺がいただく。


「お金を払わずに店を出るのは抵抗あるな」

「万引き犯の心境が味わえるな」


 俺たちはわざと犯人っぽく商品を胸にかかえて店を出ようとする。

 そこへ店のドアが開き、亀ケ谷暁子エセ京都が帰ってきた。


「いや、あの、これは……」


 儀保裕之悪友が顔をひきつらせている。


「おやおや、まあまあ、わてのお店に盗人ぬすっとがおるわ。警察に突き出さなあかん」

「違うって! 盗む気なんてないぞ」


 亀ケ谷暁子エセ京都がクスクスと笑いだす。


「あーおかし。お金のない村で盗みなんて考えられへんわ」

「あ!」


 からかわれた。


「好きなだけもっていったらええのやで。とくに男子はティッシュが必要やろ。安心してな。消費量を調べたりしいひんさかい」

「俺たちがなにに使うっていうんだよ」

「わてのクチからいわす気どすか?」


 またクスクスと笑いだした。


財前ざいぜんはんもいうとったやろ、娯楽の少ない村じゃやることは限られるやんな」

「そうだな」

「そこでコレや」


 亀ケ谷暁子エセ京都は棚から百人一首をもってくる。


「いつでもどこでも楽しめる百人一首。さあ、もっていっとぉくれやす」


 ずいっ、ずいっと百人一首を押し付けてくる。


「興味ないから」


 儀保裕之悪友は必死に押し返す。


「いけずやなあ。そんなんいうねやったら、儀保ぎぼ君と苦瓜にがうり君が手ぇつないで、わての店にきてティッシュもってったっていいふらすで」

「怖っ! 脅すなよ!!」

「わても対戦相手おらんなっておもんないの。二人なら練習できるやん。なぁ」


 たしかに遊び相手がいないのは退屈だろう。


「いいよもらってく」


 俺は亀ケ谷暁子エセ京都から百人一首を受け取った。


「おおきに! わて、楽しみにしてますさかいな」


 店を出る俺たちを笑顔で見送ってくれた。


「なあ、マジで百人一首やるのかよ」


 儀保裕之悪友はとても渋い表情だ。


「ヒマつぶしには最高だろ」

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