第17話

 昨夜、みんなの前で最後の晩餐ばんさんと言ったのを後悔した。

 それは、普通に朝食を食べたからだ。

 ちなみに、朝はなんていうんだろう。

 最後の朝餐ちょうさん

 聞いたことないぞ。


 あ~あ、恥ずかしくて死にそうだ。

 やっぱり俺は三枚目の役があっている。




 村造りは停止している。

 ドラゴンに全員殺されるかもしれないのだ。

 泣いている女子がいる。

 力なく寝ている男子がいる。


 国を出たことを後悔し、才原優斗イケメン瀧田賢インテリメガネに文句を言っている男子がいる。

 みっともない。それは後出しジャンケンだ。

 反対意見の確認はした。

 そこで声をあげなかったオマエが悪い。



 幼馴染詩織牧瀬遙ミーハーが別れを惜しむように抱き合っている。

 二人の邪魔をしないように、他のクラスメイトは遠くから見守っていた。






 ドン!!!


 なんの前触れもなくドラゴンが着地し、大地を揺るがした。

 その振動は凄まじく、立っていられた人はいない。

 俺や幼馴染詩織は初めから腰を下ろしていたので転びはしなかった。


「矮小な人間よ、逃げなかった勇気を褒めてやろう」

「あ、ありがとうございますドラゴン様」


 石亀永江委員長は、恐怖を押しのけ震える声を絞り出している。

 丁寧語を使っているのは珍しい。

 二度目だし、覚悟を決めていたので声が出るのだろう。

 背筋をピンと伸ばし、正座している。

 まさか腰が抜けているから正座なのか?


「ドラゴンだと?」

「はい。あなた様のような姿をドラゴンと呼ぶと聞きました」


 たぶん出淵旭アニオタが教えたのだろう。


「初めて聞いたぞ人間よ。そうか、オマエたちは名前で呼びあう風習があるのだったな」

「はい。よろしければあなた様のお名前を教えていただけますでしょうか」

「我に名などない。我はこの世界で唯一の存在。名を呼びあう習慣はないのだ」

「では、ドラゴン様とお呼びしてよろしいでしょうか」

「許してやろう」

「ありがとうございます」


 石亀永江委員長は深々と頭を下げた。


「ドラゴン様、発言してもよろしいでしょうか」

「構わぬ」


 ヤツは暇つぶしにきている。

 だから、楽しい話題を提供すれば事態が好転するかもしれない。そう俺が提案したのだ。


「じつは、わたしたちは別の世界から来たのです」

「それがどうした」

「えっ?」

「我も世界を超えてきた存在だ、珍しいことではあるまいよ」


 いきなり想定外だ。

 俺たちの世界の話で盛り上がるつもりだったのに。

 まさか同類だとは……。


「ドラゴン様はご自身の意思で世界を超えたのでしょうか」

「あたりまえであろう。……そうか、オマエたちはむりやり呼ばれたのだな」

「そのとおりです。わたしたちはもとの世界に戻りたいのです。もし戻る方法をご存じでしたら教えていただけないでしょうか」

「人間には理解できぬ」

「ヒントになるかもしれません、どうかお願いいたします」


 石亀永江委員長が土下座をすると、クラスメイトもいっせいに土下座をした。


「赤子に歩き方を教えるようなものだが、まあ良かろう。ヒントは魂の強さだ」

「魂?」

「魂が強いほど世界に影響を与えることが可能だ。無から有を生み出したり、法則を捻じ曲げたり。魂が強ければ世界を超えることも、世界を作ることも可能だ」

「それはもう神様では?」

「人間が崇拝する存在だな。ヤツとて魂が強いだけの孤独な生き物だ」


 話のスケールが神になってしまった。

 クラスメイトも話についていけずポカンとしている。

 だが話はそれた。

 もしかすると幼馴染詩織の件を忘れてくれるかもしれない。


「ドラゴン様は神様にお会い――」

「おい、もしや話を引き延ばしておるのではないな?」

「い、いいえ、滅相もございません」


 石亀永江委員長は深く頭を下げた。


「おいオマエ、別れは惜しんだのか?」


 ヤツが俺を見た。

 俺が苦しめば苦しむほど、ヤツは喜ぶ。

 だから演技をする。

 頭のスイッチを切り替え、最愛の恋人が連れ去られる彼氏を魂に宿す。

 目から涙をあふれさせ、鼻水を垂れ流し、悲痛な表情を作り出す。

 俺は地面に頭をこすりつけ、大声で叫んだ。


「ひと晩では語り尽せない! まだ決心できていない! どうか、あと二日、いや、もうひと晩。もうひと晩だけっ!! どうか、どうか別れのひと時を与えてくれ! 俺に、俺にっ! 猶予をくださいぃぃぃっ!!!」


 どうよ。アカデミー賞で助演男優賞を狙える名演技だろ。


「我を愚弄した罰だ、許すはずがないだろう。約束通りその人間はもらっていく」


 幼馴染詩織がふわりと宙に浮いた。

 咄嗟に彼女の手を握る。すると彼女も力強く俺の手を掴んだ。

 ヤツのほうへゆっくりと引きよせられる。

 ズリズリと俺は引きずられた。


 彼女が浮きあがると俺の体もいっしょに宙に浮いた。

 そのとき、彼女の手から力が抜ける。

 たぶん、高い所から俺が落ちるのを阻止したいのだろう。

 手は離れ、俺だけ取り残された。


 彼女は、ヤツの近くまで移動すると、半透明の青い球体に包み込まれる。

 ヤツは割れないように球体を掴んだ。


詩織しおり、待っていてくれ、必ず迎えにいく」


 彼女を諦めはしないという覚悟を込めて腕を伸ばす。

 指を震わせながら、ゆっくりと拳を握りしめる。

 いつかこの手に彼女を掴む。

 覚悟と決意を瞳に宿し、ヤツを睨む。


 もちろんすべて演技だ。


「うん!」

「まるで姫を助ける騎士だな。やはりオマエの蛮勇は子気味よい。いいだろうオマエが来るまでこの人間は生かすとしよう」

「約束だぞ! 絶対に後悔させてやる! その首、洗って待っていろ!!!」

「楽しみに待つとしよう」


 ヤツは体から鱗を一枚剥がし投げてきた。


 ズンと地面に突き刺さる。

 大盾にしたらちょうど良いサイズ感だ。


「それはこの地に住むことを許可した証だ。異界の人間よ、せいぜい足掻あがくがいい」


 ヤツはふわりと宙に浮くと、音もなく飛び去った。




 緊張の糸が途切れたのだろう。全員がその場で横になった。


「よう親友。生き残れたな」


 儀保裕之悪友が拳を突き出している。


「綱渡りだったがな」


 その拳に、俺の拳を当てた。


「助けにいくって本気か?」

「もちろんだとも、詩織しおりの犠牲のうえで生きるなんて嫌だね」

「でもよ、城野じょうののこと――」


「助けにいくのなら俺もつきあうよ」


 爽やかな笑顔で才原優斗イケメンが拳を当ててきた。

 ヤメテ! 恥ずかしい! まるで青春ドラマじゃん!

 拳を増やすとか、マジでかんべんして!


「アイツは俺が殴り倒す」


 狛勝人空手バカも拳を当ててきた。

 コイツは助けたいんじゃない、ただ戦いたいだけだろう。

 それでも頼もしい。

 けど、拳はヤメテ!


「しかたありませんね。わたくしもつきあって差し上げますわ」


 出水涼音令嬢が人差し指でちょんと拳をつついた。

 コイツは俺の不死スキルが心配なだけだろう。


 俺が生きていればコイツは死なない。

 生きている間は俺を治癒できる。

 ある意味、運命共同体なのだ。




 石亀永江委員長は体に付いた土ホコリをはらいながら立ちあがる。


「さぁ! この地に住む許可がおりた。村造りを再開する」


 クラスメイトは立ちあがり、緊張した体のコリをほぐしている。

 そこへ、出水涼音令嬢がそっと耳うちしてきた。


城野じょうのさんを不死にしましたの?」

「ああ、誰にも言うなよ」

「不死の定員は何名なのかしら」


 コイツが要注意人物なのはかわりない。




 二見朱里歴女が音頭をとる。


「まずは堀と森のあいだをさらに広げるよ。近いと魔物の襲来が察知しにくいからな。千坂ちさか君、儀保ぎぼ君、頼めるかね?」

「いいよ」と、地学部の千坂隆久モヤシ

「まかせな~」と、儀保裕之悪友


「護衛は索敵のできる由良ゆらさんとこま君お願い」

「おっけ~」と、弓道部の由良麻美ファン

「おう」と、狛勝人空手バカ


「同時に川から水を引いてくる。水路造りは気仙けせん君の仕事だ。護衛は才原さいばら君と曽木そぎさん、これにはわれも同行する」

「わかった」と、才原優斗イケメン

「がんばるよ」と、薙刀なぎなた曽木八重乃巨乳


「村の守りはのぞき魔君だ」

「たのむから名前で呼んでくれ」


 潘英樹覗き魔は、いじられキャラが定着しつつある。




 川は北から西に向かい流れている。

 村は北を頂点とした正五角形だ。


 水堀の幅は三十メートル、深さは約五メートル。


 川上から水路が作られ、北の頂点から水堀に流れ込み、南西の頂点から水路を経由して川へ戻っていく。

 この水は汲み上げて下水として利用するらしい。



 村の出入口は北東に一ヶ所だけ。

 利便性は悪いが、防衛を優先するため出入口の数を制限したのだ。

 水堀には丸太の橋がかけてある。


 夜は加護収納に丸太を収納する。



 水掘の周囲二百メートルほどの木を伐採し、視界を確保する。

 切り株はあえて残しているらしい。


 魔物の突進を防ぐだとか、攻城兵器の邪魔になるだとか、松明になるだとか。

 二見朱里歴女がよくわかららない説明を力説した。

 聞き流したが――。




 クラスメイトが忙しく働いている。

 そんな彼らを俺は、ぼ~~~っと眺めていた。

 さぼっているわけじゃない。理由があるのだ。


 俺が手伝おうとすると、

「あっ苦瓜にがうり君は休んでていいよ」とか、

「オマエ城野じょうのがいなくなって辛いだろ、休んでろよ」って言われるのだ。


 たぶんオマエラと同じくらいのショックだぞ。

 そう言ってやりたいが、冷たいヤツだと思われるのも嫌なので黙っている。


苦瓜にがうり君だいじょうぶか?」


 うかない表情で石亀永江委員長がやってきた。


「問題ないよ。みんな気を使いすぎだ」

「そうは言っても……、城野じょうのさんは彼女なんだろ?」

「違うよ」

「えっ?」

「幼馴染だけど恋愛感情はない」


 彼女は困惑した表情で首をかしげている。


「だって、昨日の夜、キスしてたよね」

のぞいたのか?」

「クラス全員で、ね。わたしは止めたんだが」

「おぅ、それは酷い。まあ心配してくれたんだろ。アレは詩織しおりを安心させるためだよ」

「そうなんだ……。苦瓜にがうり君には助けてもらったからね、借りは返すよ、寂しくなったら呼んでね」


 石亀永江委員長がふいに微笑んだ。

 いつも不機嫌だからこそ、笑顔とのギャップに驚かされた。


「え? あ、ああ」


 石亀永江委員長が仕事に戻っていく。

 まさかと思うが、メンタルケアの効果で好感度が上がってるんじゃないだろうな。

 極力近づかないように注意するか。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 二見朱里歴女が大きな羊皮紙を地面に広げた。

 そこには都市計画図が描いてある。

 前々から村の構想を温めていたそうだ。


 家の間取り図が好きな人は、そこに住んでいる自分を想像して楽しむらしい。

 彼女も都市計画図を描きながら、村で生活するクラスメイトを想像したのだろう。


 描かれている村の外形は五稜郭とほぼ同じ。

 村の中心には噴水を作る予定らしく、噴水広場と名前がつけられている。

 そこから五画の頂点に向かい、放射状に道路が描かれていた。

 さらに、同心円状に引かれた道はまるで蜘蛛の巣みたいだ。



 ロープを使い、地面に線を引く。

 これから作る道路の下書きだ。

 作業には運動部たちがこき使われる。



 建物だが、初めにトイレが建てられた。

 各ブロックにひとつずつ、堤防の壁際に建設される。

 汚物は水堀を経由して川へ流されるらしい。



 次に、女子からの強い要望で銭湯が建てられた。

 もちろん男子と女子にわけてある。



 次に議事堂が建てられた。

 個人の家が完成するまで、クラスメイトは議事堂で寝泊まりする。

 がらんとした室内。後から机を置く予定。

 正面左の壁にはドラゴンが落としていった鱗が飾られた。



 重要施設ほど村の中心に建てられた。

 銭湯と議事堂は中央広場を挟んで向かい側にある。



「第三回、クラス会議を始める」


 まるで教室にいるかのようにクラスメイトは椅子に座っている。

 前には石亀永江委員長が立っていた。


「働かざる者、食うべからず!」


 俺のことか?

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