第10話
彼女はまだ目を覚まさない。
心配だが俺にはどうすることもできない。
巣穴から出ると、暁の空が赤く染まり始めるころだった。
森の木々が朝露で光っている。
交代で見張りをしたので少し眠い。
俺たちは重い脚を引きずりながら洞窟から出発した。
みんな血を浴びているからだろう。
匂いに誘われた獣が、立てつづけに現われる。
けれど、索敵に優れた
サクサクと倒してくれたので被害はない。
シーツは血でべっとりと濡れているのに嫌な顔ひとつしない。
尊敬するよ優しいパンダさん。
方位磁石を頼りに森を抜けると、空はすっかり明るくなった。
俺たちを運んでくれた馬車はいない。
そもそも待つのは夜明けまでと約束したので当然だ。
それに、いまいるところが馬車を降りた場所なのかもわからない。
街道沿いにみんな腰を下ろす。
一度座るともう立ち上がれない。
まるでお尻に根が生えたようだ。
「さてと、どうやって町まで戻るか……」
「誰かが通るのを気長に待とうじゃないか」
マイナス思考とプラス思考の差だな。
彼の余裕ある態度がみんなを安心させる。
さすがムードメーカー。
しばらくして、遠くから馬の足音が近づいてくる。
「ここにいたのか」
昨夜、俺たちを運んでくれた兵士。
単騎で探してくれていたようだ。
「待つのは夜明けまでだったんじゃ?」
「記憶にないな。ここで待ってろ、馬車を連れてくる」
彼はUターンすると速足で駆けていく。
兵士にも良い人はいるらしい。
気が緩んだのか、俺たちは大声で笑ったのだった。
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昼を過ぎたころ、俺たちは迎賓館に戻ってきた。
クラスメイトは昼食も食べずに帰りを待っていたらしい。
「おかえり~臭っさ!!!」
走って近寄ってきた女子たちは、走って逃げ出す。
血みどろの俺たちは相当臭いらしい。
鼻はバカになっているのでわからないのだ。
回復してくれと祈りながら、気を失ったままの
とりあえず俺たちは、迎賓館にある大浴場へ移動する。
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高級な大理石で作られた広い浴室。
床や壁の光沢は、まるで鏡のように周囲を映し出している。
貴族様用の施設なので二十四時間使いたい放題だ。
裸になった俺は、お湯の出る蛇口の前に座る。
温度調節なんて高度なシステムはない。熱湯と水を交互に出して湯温を調節する。
血まみれの
桶に溜めたお湯を一気に体にかけた。
乳白色の大理石の床が、あっという間に赤く染まる。
幼いころ、泥汚れを洗い流して以来だ。浴室を汚すなんて。
隣には
無駄な脂肪のない筋肉の鎧。男の俺が見ても惚れ惚れする。
返り血で酷く汚れた体にお湯をかけている。
床は、まるでペンキをぶちまけたような惨状だ。
サッカー部の
俺以外、全員運動部。
とりわけ鍛え上げた体のもち主が集合している。
俺だけが文化部。貧弱とは言わないが、それでも彼らに比べると筋肉の量が乏しいと認めるしかない。
ムキムキマッチョな男たちは、体を洗い終えると浴槽に浸かる。
水面からは湯気がのぼり、男たちの暑苦しい顔を蒸していた。
あんな集団のなかに、裸で加わりたくない。
俺は浴槽に入らず先に風呂から出た。
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風呂から上がった俺は、急いで食堂へ向かう。
夜と朝を抜いたのだ。俺の胃は空っぽで、飢餓感が全身を支配している。
クラスメイトはもう食事を始めていた。
席が決まっているわけではないが、なんとなくいつも同じ場所に座る。
それは他の連中も同じだ。
「まだ血の匂いがするな」
「ああ、二度洗ったが落ちなかった」
「血まみれの人間なんて始めてみたぜ」
「俺もだよ」
「どうだった? ゴブリン、見たんだろ?」
俺とゲームで遊ぶことのある
ファンタジー世界なら定番の生き物だ。
話が聞きたくてウズウズしている。
メイドが俺の前に食事を運んでくれた。
「食事がマズくなるが、聞きたいか? ヤツらの巣穴の悪臭とかリアルに語ってやるぜ」
「うっ……、今度にする」
「それに、近いうちに自分の目で見れるぜ」
キョロキョロと周囲をチェックし、この国のヤツが近くにいないのを確認する。
「計画、進めるのか?」
「らしいな」
テーブルの中央にあるカゴにはパンが山盛り入っている。
俺はそこからひとつ取り、かじりつく。
「なあ、俺たちだけで生活できると思うか?」
「正直ワカラン。ただ、クソ宰相のいる国にはいたくない」
「だな。――なあ、俺と二人だけで国を出ないか?」
「えっ?」
「俺の加護は知ってるだろ、どこの店でも雇ってもらえる。オマエひとりくらい養ってやれるぜ」
割と真剣な表情。どうやら冗談ではなさそうだ。
悪い話じゃない。
村造りが成功する保証はない。
二人くらいなら国境も怪しまれず通過できるだろう。
だが、コイツのヒモになるのは抵抗がある。
俺にも自活できるだけの力があれば検討するのだが……。
「なるほど、ひとりは寂しい。怖い。心細い。だから誘ったのか」
「心を読むなよ」
「連れていくなら
バレー部の
なぜかキョトンとした表情で俺を見た。
「なんでアイツの名前が出るんだよ」
「違うのか?」
「ああ、見当違いだよ」
「そうか」
二人の相性はいいと思っている。
けれど、いつ聞いても違うと答えるんだよな……。
「二人じゃ嫌か? なら
「知ってるだろ、アレに興味はない」
「そうは言うがなあ――」
「とにかく、オマエといっしょにいく話は保留な。村造りがどうなるか確認してからでも遅くはないだろ」
「いい返事、待ってるぜ」
しかしコイツが独立を考えているとは。
もしかすると他にも同じような考えのヤツがいるかもしれないな。
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救出組は自室で仮眠を取ることにした。
昨夜は交代で見張りをしたし、悪臭が酷かったし、嫌な夢を見そうだったのでまともに寝ていないのだ。
満腹感がほどよい眠気を誘ってくる。
ベッドのうえに転がると、すぐにウトウトしだす。
ドアがノックされた。
――誰だ、気持ちよく眠れるところだったのにっ!!
宰相の手先かもしれないので注意が必要だ。
ドアを開く前に確認するよう通達が来ている。
「誰だ?」
「
鍵をあけ、ドアを開く。
「寝ているところ悪い。ちょっと話いいかな?」
「ああ」
部屋にある小さなテーブルと二脚の椅子。
そこに俺たちは座った。
というか、彼から話しかけられたのは初めてだ。
用件は予想つく――。
「聞きたいことがあるんだ」
「答えらえる範囲なら話す」
「洞窟で委員長が――」
「残念だ、答えられない」
「即答だな」
「予想してたからな」
俺の加護がネトラレなんて死んでも教えられない。
知られたら社会的な死だ!
「やはり
「ノーコメント」
「勝手に質問する。答えられる質問にだけ答えてくれ」
彼はとても真剣な表情を俺にむけた。
もし俺が女なら、恋に落ちていただろう。
目を閉じたらキスされる。そんな嫌な予感が俺の脳裏をよぎる。
「眠いから不機嫌だぞ」
「悪いな、手早くすます」
牽制しても引いてくれない。
興味本位で聞いているわけではないらしい。
しかたない、少しだけ相手をしてやるか。
「質問に答えて俺になんの得があるんだよ。加護は隠そうって話に決まってただろ」
「そうだ。けれど公開するのも任意だったはず。だから
クラスカーストのトップに貸しがつくれる。
なかなか魅力的な提案だ。
「いいだろう」
「委員長が生き返ったのは
「イエス」
「クラス全員を守って欲しいとお願いしたら叶う力か?」
「ノー」
悲しそうな表情になる。
なるほど森に移動する前に保険が欲しいのか。
「それは誰にたいしても発揮する力なのか?」
「ノーコメント」
「人数制限があるんだな」
「イエス」
どうやら納得したようだ。
険しい表情が穏やかになっている。
「なるほど、俺の加護と同じタイプか。守りたい人のためなら力を発揮するんだね」
違うけどね!
そんな高貴なスキルじゃないけどね!!
下心に染まったゲスなスキルだけどね!!!
純粋な視線で汚れた俺を見ないでくれ……。
「まさか
「ノーーー!!!」
「え?」
「勘違いにも程がある。委員長なんてなんとも思っていないぞ!」
勘違いイケメン王子はたちが悪いな。
こうやって
罪作りなヤツだ。
「この世界にきたときに委員長が
「偶然だったわけだ」
「ああ」
「守るなら好きな人を優先するのがあたりまえ。そう俺みたいに勘違いするヤツがいるかもしれない。だから秘密にしたいんだね」
コイツの推理は間違えているが本当のことは言えないので乗っておこう。
「イエスだ」
「
「覚えてないな」
彼がクスリと笑う。
イケメンの笑顔だ。女子が見たら卒倒するだろう。
「クチは固いみたいだな。彼女の加護は癒しだ。――なあ、クラスの生存率を上げるには重要な加護だと思わないか?」
「最悪だ」
「えっ?」
「加護に
眠気がマックスで感情のコントロールができない。
頭がぼ~っとしている。
「何を怒っている?」
俺を不機嫌にしたことに焦っているようだ。
「彼女に治療してもらうには、どれだけの対価を払わせる気だ? 役に立たない加護をもつクラスメイトは村から追い出すのか?」
「そんな、考えたこともない」
「オマエのことをクラスの代表だとみんなが思っている。そんなオマエが特定の人物をひいきすればどうなるかわかるだろ」
「あっ……」
「クラスのために考えてくれているのは理解できる、だが納得はできない」
「そうだな」
「村造りに貢献できない人は負い目を感じて孤立するぞ。最悪はニートの完成だ」
「それは阻止したいな」
ちょっと言い過ぎたかもしれない。
けど眠くて不機嫌なのは本当だ、とっとと帰ってくれ。
「前にも言ったが、オマエや
「たしかにそうかもしれない。心配をかけたな」
「いいさ」
「長居をした。眠いのに悪かった」
彼が椅子から立ち上がる。
「この部屋での会話はすべて忘れる。誰にも言わない。ただ、
「
「なんのことだ?」
彼は軽く笑った。
イケメンオーラを俺にむけなくていいから、早く帰れ!
俺はベッドに横になると気絶するように深い眠りについた――。
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