第6話

(ここは…)


彩斗が暗闇から抜けた先にあったのは、何もない真っ黒の空間だった

しかし彩斗にとっては馴染み深いものでもある


(夢想空間…ということは、夢だね)


これは彩斗が無意識に使っている神機としての能力の一部だ

付近にいる人物の思考や記憶を夢の中に投影するものであり、この空間はいわば映画館のようなものになる


『返してよ!』


真横に現れたウィンドウに映像が映し出された

体ごとソレに目を向け、一瞬で理解する


(これは、零奈の記憶か)

『お前みたいな出来損ないにこれはもったいないだろ!』

『そーだそーだ!』


笑い転げているのは数人の小学生だ

1人が持っているのは、銀色の腕輪のようなもの


(白銀の腕輪…。なるほど、神の力を宿しているようだね。しかしそれを奪われるとは…)

『それは貴方たちみたいな凡人が持っていいものじゃないんだから!返して!』

『…凡人?今俺たちをバカにしたのか?』

『あ…。ちがっ…!』

『そんなわるぅい子のアクセサリーは、捨てないとなぁ?』

『やめて!!』


ニヤニヤと笑う男の子が大きく振りかぶって腕輪を川へと投げ込んだ

小さな水泡を残して沈んでいく腕輪に駆け寄るように川岸まで走り立ち尽くす零奈


『あ…あぁ…!』

(白銀の腕輪は、親から遺伝した神の力を具現化する触媒。あれがない状態での具現化はかなり難しい。とはいえあれをまた拾うのは、この歳では難しいだろうね)


そんなことを考えながら見ていると、不意に男の子の取り巻きが零奈を川へ蹴り落とした

落とされた零奈はバタバタと藻掻いて苦しんでいたが、数分のうちに浮かび上がらなくなってしまう


『や、やべぇって』

『お、お前がやったんだろ!?俺は知らない!』


リーダー格が逃げるのを追いかけて取り巻きも走り去っていく

そして、そこに通りかかったのは


(僕、なのか…?)


幼き日の自分なんて微塵も覚えていない

どころか、5年より前の記憶は残されていないのだ

容姿だけなら彩斗であると断言できるものの、仕草にあどけなさが残っている


『ふむぅ…』


若干トーンが高いものの、その声は間違いなく彩斗のものだ

違和感を覚えながらも映像を見続ける


『なにか、このへんで人が死ぬ気配がするなぁ。ま、僕には関係ないけど』

(…こうしてみると、昔から俗世に無関心だね)

『見過ごすと天誅食らいそうだし…』

(父上…この時代から僕に雷撃してたのか…)


体罰なんてものではない

もはや殺害ではないか


そんな感想を胸に見ていると、映像の中の彩斗が川面に目を向けた

そしてなんのためらいもなく川へと飛び込み、零奈を助け出して川岸へ横たえる


『ごっふ…そういえば僕泳げなかった…』

(本当によく生きてたね、僕。浮遊使えなかったら終わってたよ)


浮遊は死神の能力の1つだ

本来は飛行するために使われるのだが、応用すれば水中でも移動を可能とする


『さーて…。…呼吸なし脈なし、ほぼ死んでる…。じゃあ蘇生使おうかな』

(母上の能力か…。天使化してるし)


幼き彩斗の背後に白い機械翼が現れた

機械翼は12枚の刀身ブレードによって構築されており、彩斗から少し離れたところで均等に広がり浮遊している

それらが浮遊したまま滑らかに移動して、零奈の周りを放射状に取り囲んだ


『そいっ』


機械翼が霊力でできた糸で接続され、中央から真下に向けてレーザーが放たれた

そのレーザーが零奈の胸に入り、体中に浸透していく


『っ…!!』

『お、目が覚めたね。略してオメガ』

『あ、貴方は…。私、川に落とされたはずなのに…』

『ああ、そうだったんだ。季節外れの海水浴かと思ったよ。まぁここバッチリ川だけど』

(…そうか、だからか。そこらを歩く人含め全員長袖を着ているのは)


くだらない洒落を言ったことは水に流して目を細める

ガタガタ震える零奈に自分が着ていたガウンを被せているのが見えた


『服脱いだほうがいいよ、冷えるから。まぁ家近いなら帰ってからでもいいけど』

『…そこそこ遠い』

『じゃあ…とりあえず送っていくよ。防寒は得意だし』


そう言いながら立ち上がり、指を鳴らす

零奈の震えが止まり、動けるほどまで回復した


『これ…』

『あんま人に見せるなって言われてるんだけどね。まぁ大丈夫っしょ』

『貴方…名前は…?』

『僕?僕はね…。冬風彩斗だよ!』


差し出された彩斗の手を取った零奈が顔を赤らめて歩き出した

それに何も言わず笑顔でついていく幼い彩斗を見て、映像を見るのをやめた

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