新生

 十二月三十一日。年の瀬。さらに終わりの午後十一時ごろ。

 俺と翠すいは近所の公園にいた。

 この公園では水飲み場で水を口に含み、公園の中央で年越しジャンプすることで願いが叶うという都市伝説があるらしい。あるらしいが、実際にあるならば、人はもっと集まっていたはずだし、噂話ではなく体験談が語られてもおかしくないはずだ。

 それでも一縷の望みをかけた翠はここまできて、夜中に一人で歩かせるのが心配だった俺は付き添った。

 公園に来るまでに叶えたいことがなんなのかを数回尋ねたのだが教えてはくれなかったし、生まれてから十七年近く翠を見て来たはずなのにいったいなにを望んでいるのかとんと見当が付かなかった。

 思えば、俺は翠のことをあまり知らない。

 好きなもの、嫌いなもの。

 趣味。

 交友関係。

 成績。

 なにもわからない。

 見て来たという認識は確かにあるのに、見て来た記憶をまったく思い出せない。

 おかしい。

 おかしいはずなのだが、新年が近づくに連れてだんだんと違和感も薄れてきていた。

 翠にこのことを告げようとして、告げてどうにかなるとも思えずに口を噤んだ。

 ついに十一時五十九分になり、翠は水飲み場で水を口に含むと公園の中央に移動した。

 翠はスマホで時刻を確認し「ん-、ん-」と唸り声でカウントを初め、最後の一際大きい「んー」と同時にジャンプした。



 翠の方へ歩み寄ると、翠が水を飲みこんで喉が動くのが見えた。

「なにか、願いは叶ったのか?」

 尋ねると翠は透き通った綺麗な目で俺の目をまっすぐに見つめて来た。目なんて何度もみているのに、まるで生まれて初めて見るような気がしてくる。

 数回瞬きをした翠は頬を紅潮させて白い息を吐いた。

「おにい、ちゃん?」

「どうした、翠?」

「お兄ちゃん!」

「お、おお」

「えへ、お兄ちゃん」

 翠は笑みを浮かべて抱き着いてきた。

「おにーちゃーん」

 こんなに甘えて来て、いったいどうしたのだろうと思いつつ、頭を軽く撫でてやった。

「えへへ、願い叶っちゃった」

 よくわからないが翠の願いは叶ったらしい。なんだか頭が冴えないが、翠が喜んでいるならそれでいいだろう。

 そういう気がしてきた。

「としあえず、あけましておめでとう」

「うん! ことしもよろしくね、お兄ちゃん」

 翠は引き続き抱き着いてくるので、俺も抱きしめ返した。




〈新生・終〉

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