いつかファーストノウウェア

「僕たちが」

「わたしたちが」

「「最速を証明してみせる」」

 白竜の一族の縄張りの山の中腹にある巣で、明日のレースに向けて双子の妹、イトと気合を入れていると、母さんののそのそという足音が聞こえて来た。

「アンタたちはやく寝なさい! 何時だと思っているの!」

 怒鳴られて僕たちは大慌てでベッドに飛び込み、毛布にもぐりこんだ。

「明日、がんばろうね」

 イトは額をこつんと当ててきて、目を細めて囁いた。

「うん。おやすみ」

「おやすみ、お兄ちゃん(シロン)」

 目を閉じて少しすると、イトの小さな寝息が聞こえてくる。

 僕はこの音が大好きだ。

 純白の翼を持つ白竜の一族は身体こそ小さいが、ほかのどのドラゴンよりも空を飛ぶ脳力に長けている。だがそれは昔の話であり、十二年に一度、空を飛ぶ速さで次の王を決めるという「決まり」が出来てからはどの種族も工夫を凝らし、みな白竜の一族に並ぶ速さを手にしていた。

 だけど僕は、僕たちは信じている。

 白竜の一族こそが世界最速の生き物ドラゴンの中でも、最も速い一族だと。



 日は変わり、いよいよレース開始の二十分前となった。

 予選を突破して今日の本戦に出れるのは僕とイトを含めた翼竜が七、水竜が三の計十頭。

 翼竜の中には身体が大きくて力の強い赤竜が三頭もいる。第三エリアの風の谷では彼らが有利だ。第二エリアの湖畔エリアでは水竜が有利。

「体の小さい白竜の僕たちは、洞窟エリアでどれだけ差をつけられるかがポイントだ」

 イトと最終確認をしていると、

「ふん」

 と力強い鼻息が聞こえた。見ると、二匹いる雑種の翼竜の内の一匹だった。

 予選で見た限りでは、パワーは白竜以上、早さは赤竜以上といったところだろうか。

「おい見ろよ。あの小さな白竜共、勝つ気満々みたいだぞ」

「ギャハハ、おもしれー」

 雑種の二匹目が高笑いをした。

「なにが面白い⁉ 僕だけならまだしもイトを嗤うなら許さないぞ」

「お兄ちゃん!」

 思わず掴みかかろうとしかけたが、イトに翼を引っ張られた。

「許さなかったら、どうするんだ? 小さな、小さな、トカゲくん」

「なんだと⁉」

 我慢ならない発言にイトの手を振り払い爪を構えたとき、ドシンと地面が揺れた。赤竜の一匹で僕らの幼馴染であるレッドキャップが足踏みをしたらしい。

「戦いはレースで、だろ?」

「あ、ああ。そう、だね」

 レッドキャップのおかげで落ち着き、

「ごめん」

 イトに謝った。

「ううん」

 イトが額を押し付けて許してくれたとき、煽ってきていた雑種が再び笑ったが、

「お前もお前だ。仮にも王を決めるレースだぞ。少しは慎め」

 巨体のレッドキャップに睨まれて翼を畳み大人しくなった、

「出場者の皆さんは一列に並んでください」

 王以外の全ドラゴンの投票で選ばれる最高司祭がそう言い、僕たちはスタート地点に並んだ。

「毎回大けがをして棄権するドラゴンが現れますが、皆さんが無事に完走できることを祈っています。では」

 司祭が天を向き、僕たちは構える。

 そして炎を吐く合図でいっせいに飛び立った。



 第一エリアの洞窟を僕とイトは後続に一二〇〇メートルの差をつけて突破した。

 第二エリアでは水竜の一匹に追い越され、一匹の水竜を後方数百メートルに感じる。さらにそこから遠く離れていない場所に後続の気配を感じる。

 そのままの順位をキープしたまま、第三エリアの風の谷に入れ、水竜のすぐ後ろにまで差を詰められた。だが翼竜の気配は後方数十メートルにまで迫っている。

 そして迫っているドラゴンは、

「イト、わかるか?」

 隣で跳ぶイトに尋ねるとイトはコクンと頷いた。

 この距離になっがからはっきりと分かるが、後ろに居るのはレッドキャップである。

 レッドキャップとは幼い頃よりなんども飛びっこ(傍点)をしており、やつの実力はなによりも僕たちが知っている。

「イト、もっと飛ばしても大丈夫か?」

「う、うん」

 風の谷は名前の通りいつも強風が吹いているし、その向きもバラバラだ。

 僕たちみたいな白竜がこのエリアを飛ぶには基本は一瞬の風の変化を読んで翼の角度を調節して滑空するしかない。上下左右には揺れるが確実に前に進める。

 一方レッドキャップのように身体が大きくて翼の強靭な赤竜ならばこの程度の風はものともせずにまっすぐに飛んで見せるだろう。僕たちなんて簡単に追い抜いて見えなくなってしまう。

 だから僕たちは考えた。

 僕たちみたいな白竜でもまっすぐに進める方法を。

 前を行く水竜に追いついたとき、水竜は天へ上った。

 風の影響を受けない程高い位置を飛ぶのはルール上認められているが、各エリアの終わりには高さ制限のあるチェックポイントが設けられている。つまり、上に行けばその分下に戻ってこなくてはならずロスが発生するのだ。

 強風の中で真っすぐ進めない以上、ロスを覚悟で昇るのは悪手ではないが最善手ではない。

 赤竜以外ドラゴンにとっての最善手は、

「お兄ちゃん!」

「ああ!」

 イトと僕は地面すれすれまで急降下した。

 この高さでも左右からの風は避けられないが、下側からは風が吹かないので翼で加速をしてもふらつかない。

 地面はデコボコであまり低く飛び過ぎると激突して危険だが、白竜の小さな身体で強風の中まっすぐ進むにはこうするしかない。

 レッドキャップには風の谷の八割ほどの地点で追いこされたが、差は作戦通りの六〇〇メートルに抑えられた。

 ここから順当に行けばラスト一キロの直線平野に入ったあたりで追いつける。

 強風のない部屋での勝負で、レッドキャップには負けたことがない。レッドキャップもなにか作戦があるかもしれないが、まっすぐな空路では純粋な速さこそ輝く。

 と、そのとき、視界の端にから純白の翼が消えた。

 首を後ろに向けるとイトが転がっている。

 急旋回して飛び寄り、息を切らしながらイトを仰向けに寝かせる。

「はっはっは、イト、どうした?大丈夫か?」

「はーっ、はーっ、ごめん。シロン、右の翼が」

 右翼を付け根から先端に触っていくと、第二翼筋のあたりで痛みを訴えた。そのあたりを注視すると筋肉が一部断裂していた。

「うぅ。なんでこんなときに」

 イトは悲痛に呟いた。

 いくら再生の早い生き物として有名なドラゴンでも、切れた筋肉の再生には数時間はかかる。それだけの時間があればレッドキャップはおろか、まだ棄権していない後続たちもゴールしてしまう。

「ごめんイト。僕が無茶なコースを取り過ぎた」

「そんなことない。ごめんねはわたしだよシロン。一緒にワンツー決めようって約束したのに」

 それは十二年前のことだ。その年は十頭中七頭も白竜が本戦に上がったのだが、一位から三位を取ったのは白竜以外だった。

 そのときは白竜の一族のみんなが悔しがった。

 当然僕たち兄妹もだった。

 そして約束した。

 次のレースでは自分たちがワンツーを取って「白竜こそが最も速い一族」なのだと証明すると。

「でも、お兄ちゃんは行って。白竜の速さを、証明して。今ならまだシロンならレッドキャップに追いつける」

「ぼ、くは」

「ほら、早くしないと後続がすぐそこまで来てるわ」

「でも」

 決断ができない僕に、イトは額を押し付けてきた。

「白竜は、唯一抜きんでて並ぶ者のいない速さをもつ一族、なんだから」

 そうだ。

 白竜は誇りだかい一族だ。

 イトの誇りを託されて、その大切さを思い出した。

「ごめんイト」

 こちらからも額を押し付けて、翼を広げた。



 結果はレッドキャップに大きく差を付けられて二着だった。

 最低限のアイシングをしてから、医務室で翼を休めているイトのところへ向かうと、

「バカ」

 怒られてしまったけど、僕はこの着順に誇らしく思う。

「なんでなの⁉」

「ほら、おとなしくしないと翼に響くよ」

「なんであのとき、わたしを置いて行かなかったの⁉」

 そう。

 あのとき僕は一着を目指すことよりも二人で一緒にゴールすることを選んだ。もちろん飛ばせるだけ飛ばしはしたが、イトを抱えていてはレッドキャップの尻尾を拝むこともできなかった。

「シロン一人なら、十分一着争いできたのに」

「どうかな? レッドキャップも最後、ものすごいスピードだったらしいし」

「ふざけないで! っう」

 興奮しすぎて翼に力が入ったようだ。

「ほら、落ち着いて」

 笑顔を向けると、イトは「ふんっ」とそっぽ向いてしまった。

「ごめんな。でも、僕はあのとき、イトを置いて行ったら白竜としての誇りに、一着を取れないよりも傷が付くって、そう思ったんだ。たぶん一人で優勝しても、僕はそれを誇れなかったと思う。だけど、二人で一緒にゴールできたから、二着でも僕は誇らしいんだ」

「でも、それでも! 白竜のみんなはがっかりするし、それに……」

「大丈夫だよイト。今回負けたからってボクたちの約束は消えたりなんてしないさ」

「ほんと?」

「ああ。次こそは白竜の速さを全ドラゴンに見せつけて、二人でワンツー、決めよう」

「うん!」

 額を押し付け合って約束を交わしていると、

「シロン、やっぱりここに来ていたか。具合はどうだイト?」

 ドシドシという足音とともに後ろから声が聞こえ、振り返るとレッドキャップがいた。

「最高よ、レッドキャップ」

「レッドキャップ。王様おめでとう」

「うん? ああ、その前に言いたいことがある」

 レッドキャップはドシンと座り、

「俺は本気のお前たちと戦えることを期待していた」

「ごめんなさい。わたしが悪いの」

「いや、俺が無茶なコース取りを」

「良いや悪いの話をしにきたわけじゃない。聞け。王様命令だ。イトの怪我が治ったら、俺とお前たちでもう一度勝負をしよう」

「え?」

「言ったろ? 本気のお前たちと戦いたいって。あれじゃあ俺の消化不良だ。もちろん、一度決まった王様は十二年は絶対に変わらない。だからむしろ、あー、あれだ。あれができる」

 レッドキャップには大事なところで言葉が出て来ない癖がある。

「もしかして、気兼ねなく勝負?」

「そう、それだ。俺と気兼ねのない勝負。嫌か?」

「とんでもない。願ったり叶ったりだ! な、イト」

「うん! 最高の王様ね、シロン」

 僕らの願いは王様になることではない。

 白竜の速さを皆に見せつけること。

 そして僕とイト。二人でワンツー。

「「レッドキャップ」」

 僕とイトは同時に拳をレッドキャップに向けた。

「「次は負けない」」

 レッドキャップはその巨体に見合う大声で笑い、

「受けて立つ」

 僕たちの挑戦を拳で受けてくれた。

 そのとき僕の背中の鱗が一枚、落ちるのを感じた。



〈いつかファースト・ノウウェア・終〉






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