成長の証

「アンタ手伝ってやんな」

 我が家の王様であるあられるところの母親にそう命じられたのは、俺の妹、恵美えみが幼稚園の友達に年賀状を書くことを手伝えとというものだった。

「あっ、はい」

 返事をする前に年賀状の束と恵美の友達の住所が書かれた紙を押し付けられ、恵美の部屋に向かった。

「と、言うわけで、お兄ちゃんが恵美ちゃんのお手伝いをすることになりましたー。はい拍手」

「おーパチパチパチ」

 恵美からの歓迎を受けてミニテーブルにお絵かき帳を広げ、年賀状を当てて線を引いた。

「じゃあまず、この枠で練習してみ?」

「うん!」

 鉛筆を貸すと恵美は一生懸命に俺の書いてやったお手本のあけましておめでとうの文字を書き写したり、ドラゴンの絵を描いたりした。

 この調子なら手伝うことはないかな、と恵美の小さな頭のてっぺんを眺めていると、

「できたー」

 と、顔を上げた。

「おー、上手に描けたな」

「うーん、でもー」

「どうした?」

「なんかありきたりなきがするー」

「そうか?」

 字は綺麗ではないが恵美らしさが出ているし、いいと思うのだが。

「なにかもうちょっと、なにか」

 どうやら恵美自身は満足いっていないらしい。

「そうだな。あー、似顔絵とかどうだ?」

「えー、かけなーい」

 小さな両手を前に突き出してテーブルに突っ伏した。

「んーと、だったら」

 なにかアイデアを出そうとしたがうまく思い浮ばず、顔を上げた恵美は頬を膨らませて突っ伏してしまった。

「あー、待って待って。なにか考えるから」

 えーっと、恵美らしさ。恵美にしかないもの……。

 改めて恵美を見下ろすと、小さいは小さいのだが日に日に成長している。思えば幼稚園で友達ができたのだって成長だ。

 とても誇らしく、嬉しいことだ。

「そうか、成長」

「おにーちゃん?」

「恵美、こういうのはどうかな?」

 思いついたことを提案すると恵美は目を丸くし、そして満面の笑みで頷いた。



「ハガキが乾いたらお兄ちゃんが住所書いてやるから、手を洗っておいで」

「うん!」

 洗面所に駆けていった恵美に「走ると危ないぞ」と声を掛け、足音が聞こえなくなってから改めてハガキを見る。

 我ながら良いアイデアだ。

 手のひらに絵の具を塗ってハガキに押し付けただけだが、ハガキの大きさで考えて今の恵美にしかできない唯一の年賀状だ。

 乾いてから宛名を書いてやると、

「ね、もういちまい! ちょうだい」

 ねだられてしまった。

 母さんから教えられた住所は一つだが、他の友達にも出したいのだろうか?

「誰に出すの?」

「えー、ないしょ!」

「そっかー、ないしょかぁ」

 え、ほんとうに誰に出す気だ?

「みちゃやー、なの」

「そう? えっと、じゃあ、ひとりで書くの?」

「うん!」

 元気よく頷かれてしまった。

 うーむ。

 まあ、これも成長だろう。

 そう思うことにした俺は、もう一枚ハガキをあげて自分の部屋に戻った。



 一月一日。

 朝母さんから渡された俺宛ての年賀状には消印のないものが一枚あり、見覚えのある拙い字で「あけましておめでとう。だいすき」と書かれていた。



〈成長の証・終〉










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