雪や、こんこ

「ゆーきー! スキぃー!」

 高校から帰ってくると、リビングの方から響嬉ひびきの楽しげな声が聞こえてきた。

「ただいま響嬉」

「おかえり、お兄ちゃん!」

 顔を出すと嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきて、上に腕を伸ばし抱っこをせがんでくる。鞄を床において響嬉を抱き上げた。

 六年生になってお風呂は一緒に入らなくなったが、まだまだ甘えん坊のかわいい妹だ。

「何をはしゃいでいたんだい?」

「えへへー! なんとね、就学旅行がスキーなんだよ!」

「おおー! 響嬉、雪が好きだもんな。良かったね」

「うん! 楽しみー!」



 と話していたのだが、響嬉は初日で足を捻挫してしまい、クラスのみんながスキーを楽しんでいる中、自宅で療養中である。

「やあ、響嬉。調子はどうだい?」

「うん。もう体重掛けなければ痛くないよ」 

 ベッドに座る響嬉に普段の元気はない。今日は高校が休みなので一日響嬉の相手をして退屈を凌がせてやれると思っていたのだが、響嬉にその元気がないとは。

 響嬉を愛する兄として元気づけてやりたいが、どうしてやるのが良いのか分からない。

 とりあえず横に腰を下ろして頭を撫でてやるが、気休めだ。

 何かないか?

 響嬉の好きなものは。

 部屋を見回すと窓越しに雪が降っているのが見えた。

 響嬉は雪が好きだが、スキーをして怪我をしたのだ。雪を見ても今は元気にならないだろう。そう思ってカーテンを閉めに行こうとしたとき、

「雪だ。わーい。お兄ちゃん、雪だよ」

「ああ、雪だな」

 はしゃぐ、というほどではないが、気持ちは上向いたようでよかった。

「あーあ。足怪我してなかったらお散歩行けたのになぁ」

「そうだな。足が治ったら……いや、今から散歩に行こう」

「え?」

「兄ちゃんがおんぶして散歩に連れて行ってやる」

「え、いいの?」

「ああ」

「でもお母さんがおとなしくしてなさいって」

「その母さんは買い物に行ってるから、少しだけなら大丈夫だよ」

「ほんと?」

 響嬉は目を輝かせた。

「うん。二人だけの秘密」

「わーい! 大好き!」

 響嬉を温かい格好に着替えさせ、自分の部屋でコートを着てからベッドの横に両膝を付くと、響嬉が肩に手を起き軽く体重をかけてくる。

 両手を後ろにやり、両腿の付け根のあたりに触れ、

「しっかり掴まってろよ」

 ベッドから響嬉の軽い身体を持ち上げながら立ち上がった。

 重心が後ろになるため前傾姿勢になってようやくバランスが取れる。だが響嬉が軽い方とはいえ、ずっとやっていたら肩や背中が凝りそうだ。

 だが、俺の肩ぐらいで響嬉を元気づけられるなら安いものである。

 両手が塞がっているのでドアの開閉を響嬉にやってもらい、家の外にでた。

 空気は家の中より少し冷たく、響嬉の吐く白い息が視界の端に見えた。

「大丈夫か?」

「うん。お兄ちゃんにくっついてると、あったかいもん」

「そう。よかった」

 可愛いことを言われて思わず口元が緩むのを感じながら行き先を尋ねた。

「さあ右と左、どっち行きたい?」

「みぎー!」



 舞い落ちる雪を眺めながら町内を歩き、コンビニに寄って肉まんを買ってやった。やはり両手の塞がっていたので俺の分は、響嬉に食べさせてもらった。そのときの肉まんは普段の何杯も美味しかった。

 幸せの味である。

 響嬉の足が治ったら再びこうしたいな。

 そのときは、また、雪やこんこ。


〈雪や、こんこ・終〉




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