ウサギ当番
冬休みだというのに朝から起きて小学校に登校しなければならない。
でも、わかってはいるのに寒くて布団からでられない。
「あと、五分」
布団を頭まで被って身を丸めていると、いきなり布団を剥ぎ取られた。
「おにーちゃん! あーさーだよー」
「う、あ、あ。寒い」
身をよじっていると
「おかーさんがおきなさいーって! ウサギとーばんなんだから」
どうやら母さんに言われてお越しに来たらしい。
小三は冬でも元気だなぁ。
いや、おれが小三だった二年前の冬休みはこんなにも元気じゃなかった。きっと姫香が特別なのだろう。
「おにーちゃーん!」
「うう、わかった。おきる! 起きるから身体の上で暴れないでくれ」
今年で九歳の割にかなり小柄なので重たくはないが、姫香の膝が思いきりぶつかってきて、痛い。
上半身を起こすと姫香はコテンと転がりおしりが上を向いた。足をバタバタさせると赤いスカートが捲れて白い太ももとパンツが丸見えになる。
「タイツとかなくて寒くないの?」
「お外でるときははくよ?」
そのままグルンと後転して起き上がった姫香は女の子座りになって答えた。つまり家の中では平気らしい。
カーペット敷いてあってもまだ冷たい床に足を下ろしてクローゼットまで行き、着替えを取り出してベッドに置いた。パジャマを脱いでヒートテックを着た。冬場は何はなくともこれだ。この上下セットがあるとないとでは防寒が段違いだ。
急いで支度を済ませ、朝ご飯のトーストとココアを食して歯を磨いていると「ひめかもいっていい?」と袖を引っ張られた。
手でちょっと待てと制し、口の中の歯磨き粉を洗面所に吐き出してから、
「別に面白くないぞ?」
「いきたい」
「はあ。まあいいけど。じゃあ、温かい服に着替えて来い」
「わーい」
姫香は両手を挙げて喜ぶとおれたちの部屋に向かっていった。
歯を磨き終えてマフラーとコートを取りに部屋に戻ると、パンツ一丁で姿見の前に座り込んで髪を結んでいた。見ると、クローゼットの前には先ほどまで来ていた服が散らかっていて、ベッドの方にはクローゼットから出した服が置いてあった。
ただウサギ小屋に行くだけなのになにをそんな。
そう思いつつ、鏡越しにいまいちそうな顔を向けてくる姫香に近寄って、ハートの飾りのついた髪ゴムをひったくった。
「やってやるからじっとしてろ」
姫香は今よりもっと小さい頃から髪は長かったのだが、いつもおれが結んでやっていたせいかいつまで経っても不器用で、本人にやらせていたら日が暮れかねない。
「三つ編みで良いか?」
「サイドアップがいい」
「なら先に服着るぞ」
「うん」
姫香の服をベッドから持ってきて、上下のヒートテックとシャツ、紺色の短いスカート、靴下を着させてから髪を結んでやった。
「えへへ、かわいい?」
「ああ、かわいいよ」
姫香は満足そうに胸を張った。
そう答えないとキゲンがわるくなるというのもあるが、身内目をのぞいても姫香は可愛いほうだ。
姫香には白いダッフルコートにピンクのマフラーとミトン、おれは黒のロングコートと青のマフラーを着けて家を出た。
学校まで姫香と手を繋いで十五分歩き、運動場の端っこの緑フェンスに囲まれたウサギ小屋にきた。
ウサギ小屋は冬の間、防寒のために空気穴をあけたビニールをシートが張られていて、地面には古くなった運動マットや毛布が置いてある。ドアを開ける前に様子を見ると、白とブチと茶の三匹がマットの真ん中に集まっていた。
「かわいー」
「そうだな」
姫香を中に入れておれも急いで入り、後ろ手にドアを閉める。
冬場は基本じっとしているが、たまに逃げ出そうとするので出入りが一番気を使う。
「だっこしていい?」
「そっとな。いやがったら放してやれよ?」
「うん」
姫香がうさぎとじゃれている間にフェンスに掛けてあるホウキとチリトリでささっと兎の糞を取り、チリトリだけ持って外に出た。
入り口横の箱からゴミ袋を出してゴミを入れ、餌を持って小屋に戻ると、姫香の腕の中に居たブチが飛び下り、足元に居た残りの二匹と共に餌箱の前に集合した。
餌を入れてやり、三匹ともちゃんと食欲があることを確認して姫香を手招きした。
「もーちょっとさわりたい」
「ごはん食べてるからダメだ。姫香もご飯食べてるときにジャマされたくないだろ?」
「はーい」
「うん。いい子だ」
小屋を出て餌の残りをしまい、チェック表に名前と丸を書いてゴミ袋の口をくくった。
「ごみ捨て場にゴミ持って行くけど、姫香はうさぎ見てるか?」
「うーん」
姫香は首をひねって少し考え、
「さわれないからいいや」
と、おれに引っ付いてきた。
「そう」
手を差し出すと握ってきた。
「おにーちゃんの手、あったかい」
「そうか?」
「うん」
「手袋越しだぞ?」
「ごしでもー」
姫香の感覚はよくわからないが、まあ暖かいのならそれでいいだろう。
西門の近くにあるごみ捨て場にゴミ袋を置いてから学校を出た。家まで半分くらいのまで来たところで、
「おにーちゃん、うさぎくさい」
「うっ」
ウサギ臭いとしたらおれじゃなくてお前だろ。
そう言いかけたが妹相手に臭いとは言いにくく、言葉が詰まった。すると再び、
「くさーい」
「そんなにか?」
「うん」
「じゃあ帰ったら風呂に入るよ」
「ひめかもいっしょにはいるー」
「ああ、そうしてくれ」
臭いと言いつつも引っ付いてはなれない姫香の考えはわからないが、お風呂を楽しみに残り半分の道のり二人一緒に足を進めた。
〈ウサギ当番・終〉
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