第2話

僕が血に濡れた彼女を背負ったまま部屋に入った瞬間、教室は静まり返った。

「何があったの…?」

「他の人達は連れてこれなかった。それで何となく分かって。」

そのままあの部屋の様子を表現したらどんな反応をするのか少し興味はあるが、まぁ厄介事になるだけなのは目に見えている。眠り続けている彼女を仲の良いであろう女子らに任せて、一旦休憩するつもりだった。

「お疲れ様でした。それでは4人新たに代表を決めてください。先程と被るのも構いません。決まれば先程と同じく会議室まで来てください。」

淡々と話を続ける少し低めの子の声に嫌気がさす。

結局代表には僕と二回目の代表の男子、そして新たに女子二人が入った。

「なぁ俺の名前分かる?」

「知らない。」

初めて二回目の男子が僕い話しかけてきた。あの状況を見ていたにも関わらず彼はやけに冷静であった。

「俺、來栖氷雨。何かよく分らないけど同じチームらしいし、よろしく。」

「よろしく。」

僕は素っ気なくそう返した。仲良くしたところで僕の周りにいる人はみんな消えていく。こいつだってそうだろう。

再び来た会議室。10分程度の時間しかないはずだが掃除でもされたんだろうか。不思議とあの臭いは跡形もなく消えていた。まるで夢であったかのように…

「…今度は俺行こうか。」

「気を付けて。」

「ありがと。」

少し微笑んだ來栖の表情にどこか懐かしさを覚えた。他人に期待はしない、そう頭では決めていても心ではもやもやとしていて霧のようであるのに重みを感じる、そんな変なものを感じていた。

「なぁ、なんか中部屋になってるんだけどさ。」

「会議室だろ。」

「いや、マジで天井どうしたんだって感じ。」

「は…?」

僕の目に飛び込んできたのは白で統一された壁に家具、そして4階くらいまであるだろう天井が広がっていた。

「どうなってるの…?」

後ろにいた女子達も困惑した様子で呟いた。

「入ればいいんじゃない?」

入口で天井を見上げていた來栖と僕に綺麗に巻かれたロングの髪の女子が告げた。

「あぁごめん…。」

來栖がロング髪の彼女に謝るのを聞き流して僕は部屋の中を散策し始めた。

「あ、勝手に弄んなよ!?どうなるか分かんないんだから…。」

「分かってる。」

恐らく4階層に分かれており、天井が吹き抜けになっているような構造らしい。入ってきた扉の真ん前に似たような扉があるのと真っ白な左右対称のこの部屋では方向感覚を失いそうだ。唯一救いなのはその真ん中に大きなモニターがある事だろう。

「そのモニターって何だろう…?」

「神崎さん…だっけ?」

「そう!覚えててくれてありがとう。」

どこか場を和ませるようなふわふわとした彼女は意外にも自分から立候補した挑戦者でもある。人は見かけによらないという事だろうか。

「なら私の方もした方が良さそうね。一条楓。すぐ終わるかと思ったのだけれど、この様子じゃ長い付き合いになりそうね。」

呆れ顔でロング髪の彼女はため息をついた。

「ミッションってのがあるらしい。」

一旦自己紹介に区切りがついたであろう彼らに僕はモニターを操作しながらそう言った。 モニターに書かれているのは人それぞれ、と言っても女性二人は同じだがミッションが与え得られているという事であった。

「神崎さんと一条さんは音楽系の同じミッション。來栖は多分、戦略ゲーム。多分陣地取りとかそういうやつ。」

「ミッションって何よ…でもそこまで簡潔に説明されると驚くじゃない。如月、あ貴方、慣れてるの?」

「慣れてない。というか苗字で呼ばれるの好きじゃないから名前でお願い。」

苗字で呼ばれると余計に朔夜がいないという事をはっきりと突きつけられたような気分になってしまう。 後に残るのは虚しさだけだ。

「ならお互い下の名前で呼ぶ事にしましょう?」

「良いと思う…!」

「俺、一応言っとくと氷雨ね。良いんじゃね?」

元から名前で呼んで欲しいと言っていた神崎は別として、少し笑いながらそう言った來栖の今の考えは確実に分かる。どうせこの状況を遊んでいるんだろう。

「分かったよ。えーっと…楓と綾乃と…來栖は來栖でいいや。」

ほんの少しの仕返しの意味も込めてあえてそう言った。

「そもそもあんたの下の名前、影薄すぎて覚えてないんだけど。」

「如月星夜。」

そう告げると楓は感心したような驚いたような様子で賭場を続けた。

「月も星も入ってるなんて綺麗な名前ね。」

「ありがとう。」

父親から貰った数少ないプレゼント。ただただ素直にその言葉が嬉しかった。

「教室ではあまり話してる所は見なかったけれど、綺麗な顔してるのね。」

「分かる…!」

何故その考えに行きつくのか一切理解は出来ない。

「…楽しげな所申し訳ないけど、時間みたいだ。そっちの扉からまっすぐ行けってさ。」

何となく話を遮る為に僕は少し大きな声でこう言った。

「はーい。行きましょ。」

「うん!」

その後ろ姿でふと会議室のあの惨状が脳裏によぎったが、恐らく音楽系なら大丈夫だろう。そう、自分に言い聞かせた。

「大丈夫か?」

声の方向を見ると、いつの間にか來栖が僕の顔を覗き込んでいる。

「急に何…・。」

懐かしいような不思議な感覚を覚えて、僕は思わず顔を逸らした。

「あの会議室に行ってから顔色急に悪くなった気がする。体調は?」

「気のせい。」

冷たく言い放った僕に來栖は少し微笑んだ後、どこか悲し気に言葉を続けた。

「無理すんなよ?」

「…うん。」

僕はそう小さく返事をした。

「來栖はここで待機って、僕行ってくるね。」

「あぁ、行ってらっしゃい。気を付けな。」

「ありがと。」

そう告げて僕は不気味なほどに真っ白な扉を開き、行先の見えない通路へ足を踏み出した。

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