ルマンドンの茶会にて

「それでね、彼はほかの女性に気が合ったらしいの。」

「えぇー!最低じゃないですかぁ!」

のどかな昼下がり。

ティーカップ片手にする女子会――

「お前ら、サボってる場合じゃないぞ。」

今日は、城で開かれる茶会に警備として呼ばれている。

「兄さん、せっかく女の子らしいことしてたのに!少しくらいいいじゃない!」

ルルはエイダンに駄々をこねている。

エイダンは兄らしく優しくなだめる。

「シエルは花がよく似合うな。」

ルーカスがまたすかした調子で言った。

「お前は、そうやってシエルの気を引くことしかできないのか。」

「シエル以外の女の子はみんな、自然に寄ってきちゃうんだ。」

アルローがこぶしを握った。

まあまあ、とノルアノスがアルローをなだめた。

「ルークってさ、シエルにはそうやってアピールするけど、私にはしないよね。」

ルルは純粋な疑問としてその言葉を口にする。

「だって、お前女じゃねぇもん。」

ルルは顔を真っ赤にして怒る。

「なによ!このクズ!」

「口が悪いぞ。」

「ルークを的確に表現しただけよ!」

「ルルにしては珍しく頭が良いな。」

「どういう意味よ!根暗!」

「なんだと!?」

「まぁまぁ。」

シエルは少し離れたところで見ながらクスリ、と笑う。

「シエル、舞踏会出れないんだって?」

そんなシエルに声をかけたのはシェファだ。

「えぇ……」

シエルは多くを語らない。

言い訳するのも、もう面倒くさい。

「残念。せっかく、エドと二人で並んでるところ、見れると思ったんだけど。」

シェファの笑顔は誰よりも大人っぽい。

「それに、シエルのドレス姿、見たかった。」

シェファも、気づいているのだろうか。

なにも、追及しては来ない。

「いいもん!私には別のいい人がいるから!」

ひときわだつルルの声が二人の耳に入る。

シェファはこそっとシエルに耳打ちした。

「ここだけの話、ルル、思い人ができたそうだよ。」

シエルは驚いて遠くのルルとシェファの顔を交互に見た。

「……エドは、知ってるんですか?」

「さぁ、どうだろうね。」

でも、と笑うシェファは面白くて仕方がないようだ。

「あの人、なんだかんだ言ってルルが大切でしょうがないみたいだから、知ったら目も当てられないくらい慌てるかもな。」

恋――誰かをいとおしく思う気持ちは、シエルにはまだわからない。

仲間たちを思う気持ちは、恋とはきっと、まったく違う。

エイダンを思う気持ちも。


「ルルとシエル、アル、そしてルークは休憩にしていいぞ。お疲れ様。」

「やーっと終わったぁ!」

ルーカスが大きく伸びをした。

「まだ終わってない。休憩だ。」

「はいはい。」

アルローとルーカスのやり取りを横目に見ながら、シエルはそっとルルに言う。

「私、フィンレーを探してきます。」

ルルは満面の笑みで答える。

「了解。私も、ちょっと席外すね。」

ばらばらに動く面々の中で、エイデンが目をやったのはシエルだった。


「ルル!」

できる限り抑えた声で名前を呼ぶのはルルの恋人であるレイだ。

彼は騎士団で師団長をしている。

若いのに優秀だ。

それに、ルルより年上なのに、優しくて面白い、親近感のある所が好きになった。

「お疲れ様!」

「そっちこそ。どうだった?」

んー、とルルは考える。

「可もなく不可もなく、かなぁ。」

レイの前だと、少しかわい子ぶってしまう。

可愛いと思ってほしい。かわいいと言ってほしい。

「かわいいな、ルルは。」

レイはいつも、ちゃんとかわいいと言ってくれる。

「それで、シエル・ラムドネアは……」

表情が暗くなって、レイの声が低くなる。

「普通だよ。あぁ、でも……」

ルルの目に、シエルはにしか映らない。

でも、レイはずっとシエルを疑っている。

最低限の用事以外は外出しない。ラムドネア家に養子に入るまでの経歴も謎が多い。

レイは謎だらけのシエルを疑っているのだ。

「確かに、あんまり自分のことを話さないし、人付き合いもしたがらないっていうか……」

シエルのことは嫌いではない。

でも、シエルをかばって、レイに嫌われたら――その方が嫌だ。

「実は……」


フィンレーはこの会場にいるはずだ。

一人でシエルを待ち続けているだろう。

少しでも顔を見せた方がフィンレーも安心するだろう、とシエルはフィンレーを捜し歩いているのだった。

シエルは初めてこの茶会に来たが、とても美しい庭園だ。

よく手入れされた植木と、甘い香りを漂わせている色とりどりの花々。

いたるところから鳥のさえずりが聞こえてくる。

敵の襲撃なんて想像もつかないくらいのどかな空間だ。

風が吹いて木々がざわめく。

初夏の風がシエルの柔らかい髪を揺らして、頬を撫でる。

ふと、シエルが振り返った先にいたのは、凛とした端正な顔立ちの青年だった。

静かで威厳のある雰囲気を持つ彼は、けれどその瞳に強い情熱を秘めているようにも見える。

感情の読めない表情で、じっとシエルを見つめていた。

「……誰ですか?」

二人の間に強い風が吹き抜ける。

ギュッと心をつかまれたような苦しい感覚。どうして、こんな気持ちになるんだろう。

「やっと会えた。」

呼吸がだんだんと苦しくなる。

重石をした蓋で押さえつけられたものが、無理やり抜け出そうとするような気持ちの悪い感覚。

彼はシエルに近づいてくる。一歩一歩、歩みを進めながら。

シエルもあとずさりするが、彼の一歩には追い付かない。

彼の手が伸びて、シエルの腕をつかもうとする。

ほとんど反射的に、シエルは自分の身を守った。

静電気のような、小さいが激しい衝撃が二人の間に走った。

相手を退けるはずが、弾き飛ばされたのはシエルのほうだった。

「シエル!」

間一髪でシエルを受け止めたのは不穏な空気を感じてやってきたエイダンだった。

後ろには、シェファたちもいる。

「お前……ロムスの頭領だな!」

かすかな痛みを感じて腕を見ると、シエルの腕から出血している。

「シエル、少し我慢しろ。」

アルローが男をにらみつけながらシエルに言う。

その手には、毒を伴う神の力が生成されている。

「すぐ片付けるさ!」

ルーカスが矢を構える。

こういうときの二人は、ぴったり息があっている。

「そう来たか……」

男は不適の笑みを浮かべた。

シェファとエイダンも剣を構えた。

だが男は臨戦態勢を見せない。

「覚えておけ。」

その瞳に妖しい光が宿る。

「俺の名はギデオンだ。」

ルーカスが弓をいっぱいに引いて離す。矢が放たれるのと同時に、アルローの神の力も、男を襲う。

だが、それらが届く直前、男は姿を消した。

「……消えた。」

エイダンたちは肩を落として、呆然としていた。

ギデオンと名乗った男がいた形跡は微塵もない。

「シエル様!」

騒ぎを聞きつけたフィンレーがやってくるまで、シエルのことはすっかり忘れ去っていた。

「シエル、傷を治そう。」

神の力で傷を治癒することは可能だ。

しかし、自分で自分の傷を治療するには、かなり体力を消耗する。

「いえ、エイダン様。シエル様のお傍を離れた私の責任ですから、ここは私が……」

「いや、戦士団の仕事内での出来事だから俺が責任をもって……」

「いいえ、戦士様の力を消耗するわけにはいかないので……」

無駄な争いを繰り広げる二人を周囲は冷めた目で見ていた。

「そんな言い争いしてる場合じゃない。シエル、私が治す。」

呆れかえったシェファが言うまで、二人はその静かな戦いを続けていた。

「ありがとう、シェファ。」

「あぁ、そんなに深い傷じゃなかったな。」

横で治療の様子を見ていたエイダンが聞く。

「あいつの攻撃を防いだのか。」

シエルは何も言えなかった。

あれは、攻撃だったのだろうか。彼は、シエルを傷つけるつもりだったのだろうか。

というよりは、シエルの防御反応と、彼の身にまとう薄い力が拮抗した結果のようにも感じられる。

神託者は常に神の力を身にまとっているわけではない。だが、シエルは彼の力をはっきりと感じた。

つまり、シエルを攻撃するつもりだったか、直前に力を使ったのか……

攻撃するつもりだったにしては、神の力は微量だった。

「あいつはかなりの実力者だ。シエルの存在があっても、あいつに勝てるかどうか。」

戦士たちは、神の力をはっきりと感じることはなくても、相手がどのくらいの強さを持ち合わせていることは、わかるらしい。

勘の鋭いエイダンの言葉を否定することは誰にもできず、沈黙が流れた。

シエルは攻撃のほうは微弱だが、攻撃に対する防御では負けを知らない。

それがシエルの持つ唯一無二の才能だったのだ。

「もしかしたら、私の結界が破られたのかもしれません。」

シエルは苦虫をかみつぶすように言う。

「だが、気づかなかったんだろう。」

「彼はそれだけの実力者だということか。」

いや、とルーカスが強く否定する。

「あいつ、俺らを見て逃げただろ。」

「もしかしたら、からかわれただけかもしれない。」

こんな時でも優しさを感じさせる声で、ノアは言う。

シエルはその瞳を曇らせる。

結界を破られたこと、傷を負ったことだけじゃない。

彼が放ったあの言葉――

「ねぇ、シエル。」

今まで姿が見えなかったルルが物陰から姿を現した。

「やっと、会えたって、どういうこと。」

ルルの声はいつにもまして静かだ。

「もしかして、知り合いなの?」

ルルの突然の言葉に皆があっけにとられた。

「ルル、それは無理な発想じゃないか。」

エイダンに宥められると、ルルはぐっと唇を噛んで俯く。

「だって……!」

絞り出すように言った後、ルルは身を翻して駆け出してしまった。

「すまない、シエル。あいつはまだ子供なんだ。」

エイダンは怒っているわけではないようだった。

「いえ、大丈夫ですよ。」

とはいえ、シエルもあの言葉が気になっていたのだ。

ルルの憶測はかなり突飛だが、あの男、ギデオンはシエルを知っているようだ。

それも、『やっと会えた』なんて……

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