第14話 唐突

 ゴブリン討伐で、討伐隊の戦死者は二名だった。

 洞窟から助け出せた人間も、二人だった。



 仲間を二人犠牲にして、旅の商人を二人助けた。


 …………。

 人命救助は、損得勘定でやるものでは無い。

 私心を排して、無私で行うべきものだ。



 そうはいっても、割り切れない思いはある。


 だが――

 過ぎたことを悩んでいても、何も変わらない。

 


 俺は最強の剣士を目指して、強さを探求することにした。







 俺の剣は、オーガを斬った。

 師匠の剣も鋼鉄のごとき、オーガ肉体を切り裂いている。


 俺と師匠以外の討伐隊の剣は、オーガに通用しなかった。



 この違いはどこにあるのか?

 師匠に質問してみた。




「違い、か――」


 師匠は少し考え込んで、話し始める。


「ルドル……お前の剣の腕は、すでに俺以上だ。だから、あの固いオーガの身体を斬ることが出来た――」



 ……?

 …………ふむ。


 ということは、師匠と他の八人にの間にも、剣の力量に差があったのか……?


 結果に違いが出るだけの……。

 俺には、分からなかったが。



「いや、俺とあいつらの剣の腕に、そこまでの差はねーよ――あるのは……」



 師匠はそう言うと、近くにあった岩を、刀で真っ二つに叩き切った。


「――これだ」


 そう言って、師匠は刀を俺に見せる。

 その刀は、硬い岩を斬ったというのに、刃こぼれ一つしていなかった。

 




 ……。


 …………。



 今から十八年前、この村がゴブリンの群れに襲われた時の話だ。


 村を守る為に必死に戦った師匠だったが、敵のオーガの硬い身体を斬ることが出来なかった。


 そうこうしているうちに、若き日の村長が目の前で攫われてしまった。


 何もできない自分の不甲斐なさや、大切な人が連れ攫われてしまうことへの恐怖、村を襲うゴブリンの群れへの、怒りが一気に込み上げる。


 

 その感情の爆発――

 自分の戦う意志が、実態のあるエネルギーの塊のように感じた。


 そのエネルギーを、刀へ込めオーガを攻撃する。

 すると、それまで掠り傷しか与えられなかったオーガの身体を、切断することが出来たのだそうだ。



 ……。


 オーガを斬った師匠は、そこで力尽きた。

 次に目覚めた時には、竜神様が村人を救い出していて、村で歓待されていた。



 それ以来――

 『物を固くする』不思議な力の扱い方を練習し、必要に応じて扱うことが出来るまでになった。

 




 言われてみれば師匠が岩を斬った時に、魔力とは違う不可視のエネルギーが、刀を覆っていたように思う。


 魔法とは別の、人の心のエネルギーか……。


 戦う意志――

 闘気。


 それを操り戦いに利用できれば、俺はさらに強くなれるだろう。


 




「お前は十分強いだろうが、この力が無くてもな――」


 確かにそうだ。

 師匠が闘気を使い倒した相手を、俺は闘気なしで仕留めることが出来る。


 俺は十分に強い――

 そう思っていたのだが、世の中には上には上がいるものだ。





 師匠から懐かしい昔話を聞いた、三日後に――


 俺はそれを思い知った。






 その日は朝からずっと、嫌な予感がしていた。

 予感は粘体のように身体にまとわりつき、離れようとしない。



 ――なにか、あるのか?


 不思議に思いつつも、その日も道場で剣の稽古に精を出していた。


 



 そいつらは、唐突に現れた。


 全身が真っ白な、異形が二つ――

 気が付けば、二体並んで道場の入り口に立っていた。



「どいつが、ターゲットだ?」


「自分で覚えとけよ。クズッ……ほら、あれだ――あの奥の、あの、男だ」



 

 そこに居たのは、魔物とも違う異質な存在だった。

 人型ではあるが、人間とは明らかに別物だ。


 人間ではないが、人の言葉を喋っている。




 そいつらの表面は真っ白で、のっぺりとしている。

 体積が人の三倍はある巨体と、子供くらいの身長のチビ。



 巨体の方の顔には、大きな口だけが付いている。

 それ以外に、顔のパーツが無い。


 チビの方は、大きな目だけが付いている。

 こちらも、付いているのは目だけだった。


 顔のパーツは飾りなのか、口がないほうも言葉を発していた。





 なんだ?

 こいつらは……。


 俺の本能が、全力で警告を発している。



 …………。

 そいつらはいつの間にか、抜き身の剣を握っていた。


 

 奴らが『ターゲット』と言って、指を差した先には師匠がいた。


 俺は刀を鞘に仕舞い、居合の構えを取る。

 迎え撃つ為に……。




 だが――

 俺が構えを取った時には、背の低い方が師匠に迫っていた。


 ――抜かれた!!



 あの二体の身体からは、強力な威圧魔法が発せられていた。


 ――強制的に、人の身体を竦ませている。

 



 そいつらの体からは、生物の気配が感じられない。


 気配があるのは、胸の中心だけ――

 そこから、高出力の魔力エネルギーを感じる。

 



 生き物では無い。


 気配を掴みにくい。

 不覚を取った……。


 ――だが、もう把握した。



 身体の大きな方が、俺に接近する。


 ――速いッ!!

 居合の構えを取った俺を見て、抵抗する敵と見做したのだろう。





 そいつのデカい腕が、目の前に迫る……。



 ザシュ!!!!!


 俺はその腕を、刀で斬り飛ばす。

 鞘を走らせ、最速で振るった抜刀術――


 敵の身体を斬った刀を、両手で握り……。


 上段から、敵の首を狙い斬りつける。




 ――ガッ!!


 俺の振り下ろした刀は、敵の身体を胸元まで切り――

 そこで、止まる。


 居合でなければ、斬り切れない――


 

 刀の動きが止まったことで、俺の動きも制限される。

 俺は刀を引き抜こうとして――


 腕を斬り落とされた。



 ぶしゃぁあっぁあぁあああ!!!!!!!!

 

 盛大に、血が噴き出している。





 左腕を、後ろから斬られた。

 師匠に向かって行った、チビの方に攻撃された。


 敵の身体に刺さった剣を、力ずくで抜き取る。


 その時には――


 最初に斬ったデカい奴の腕が、元に戻っていて――



 どごっ!!!!


 そいつの拳が、俺の顔面を捕らえる。


 殴られて意識が吹き飛んだ俺は、地面に倒れた。



 


 数日後――

 俺は村長の家の布団の中で、意識を取り戻した。



 どうやら、殺されてはいないらしい。

 

 俺は看病してくれていた村長に、詳しく話を聞いた。






 村長は道場に居た村人たちから、事情を聴いている。

 俺が把握していない、戦闘の様子も話してくれた。



 道場を襲撃した二体の異形は、自分たちを『超魔人』と呼称していたそうだ。

 

 師匠を狙った小型の超魔人は、師匠の居合で迎撃される。

 師匠は胸の辺りまで、刀で斬ったらしい。


 しかし、刀はそこで止まる。


 超魔人は身体を斬られても、すぐに復元して――

 逆に動きの止まった師匠を、剣で斬り殺したそうだ。




 師匠に斬られたはずの超魔人の身体には、傷一つなかった。


 そして巨体型の超魔人と戦っていた俺を、後ろから襲い腕を切断する。


 その後、二体は――



「こいつは、どうする? 殺しておくか――?」


「ターゲット以外の、殺害許可は出ていない。……ターゲットは始末した。もう、ここに用は無い」



 そんな会話を交わしてから、その背中に翼を生やし――


 空を飛んで、東へと去っていったそうだ。



 東か……。

 竜の姿でこの国を旅して周ったが、あんな奴らはいなかった。

 

 この島国を出て、海を渡った東の先に――

 奴らの住処があるのだろうか?

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