第15話 絶望
正体不明の襲撃者、超魔人――
そいつらに敗北した俺は、村長の家で寝続けていた。
俺の怪我の手当てと看病は村長と、村長の娘がしてくれていたようだ。
村長には、娘もいる。
あの糞餓鬼、ドウイチの妹だ。
あいつに似ていなくて、聡明な少女だ。
握り飯を、いつも持ってきてくれる。
俺の給食係だ。
鍋の具材も一緒に用意してくれるので、それを調味料と煮込んで食べる。
俺は村長とその娘に、看病の礼を言った。
軽くストレッチをする。
身体を伸ばしてからから、村長宅を出た。
左腕は敵に斬られて、無くなった。
切断された腕の断面の傷は、もう塞がっている。
寝ながら無意識に、自然治癒を促進する魔法を掛かけていたようだ。
…………。
片腕だと、身体のバランスが悪いな。
失った腕は、復元魔法で再生できる。
転生魔法『輪廻流転』を使って竜に戻り、それから人間へと再び変化すれば、五体満足に戻れるはずだ。
だが俺は――
この腕を、元に戻す気は無かった。
少なくとも、あの超魔人とやらに、この姿で勝つまでは――
…………。
俺がそう決意して道場へ向かっていると、前方からクソガキがやって来た。
あー。
また何か、嫌味を言われるだろうな。
少しげんなりする。
なにしろ、俺は無様に負けて、奴の家で看病されていたのだ。
足手まといだったうえに、迷惑をかけた。
だが、俺の姿を見ても――
ドウイチが俺に、文句を付けることは無かった。
ドウイチは俺に気付くと、その場で立ち止まった。
その顔は、絶望で埋め尽くされていた。
「…………」
奴は何も言わずに、立ち尽くしている。
「…………?」
俺はドウイチを無視して、道場へと歩き出す。
新しい目標が出来たのだ。
こいつをかまってやる暇はない。
片腕のまま、あいつらに勝つ!!
俺はドウイチの横を、通り過ぎる。
その時に、奴は――
「……俺は、動けなかった」
独り言を言い始めた。
「怖くて、指一本動かせなかった。……親父が殺されたのを見ても、身体が動かなかった。奴らの標的になりたくなくて、息を止めていた。――あいつらが飛び去ったのを見て、安心した。――殺されなかった……生き延びることが出来たと思って、ホッとしたんだ…………俺は……」
…………。
「……そうか」
俺はそれだけ言うと、道場に向かった。
まあ――
敵が強力な威圧魔法を、発していたからな。
そうなるのも、無理は無い。
だが、それを言ったところで、何の慰めにもなりはしない。
ドウイチは絶望の中を、彷徨いながら歩いている。
それは自分でどうにかするしかない。
俺は道場へと急ぐ。
剣を振るう為に――
やることは、それだけだ。
俺は道場へと赴き、素振りを開始する。
俺には右腕しかない。
まあ、仕方がない。
片腕で刀を振るう。
俺の剣術は、刀の重さで対象物を斬る。
人間は添え物だ。
あくまで、主役は刀である。
刀の周りにいて、上手く操作できる者が達人になる。
操作する為には、力もバランス感覚も身のこなしも必要だが――
普通の人間よりも、力は強い。
剣を振るうだけであれば、何とかなる。
両腕で扱う場合と比べれば力も安定感もないが、実践で使えるレベルで太刀を振るえる。
――問題は、居合が使えないことだな。
抜刀術を放つときは、左手で鞘を固定している。
片腕では、それが出来ない。
あの超魔人とかいう奴の、腕を斬ったのは抜刀術だった。
上段からの振り下ろしでは、半分しか斬れなかった。
あいつを倒せるようになるためには……。
居合レベルの剣速を、片腕で繰り出せるようにならなければならない。
――まあ、そのうち出来るようになるだろ。
俺は片腕を無くしてからも、変わらずに剣を振り続けた。
超魔人による襲撃を受け――
俺が左腕を無くしてから、十年が経過した。
やっていることは相も変わらず、剣の素振りである。
たまに魔物を狩って、村に肉や毛皮などの魔物素材を提供する。
それ以外に、やることと言えば剣の素振りだ。
ただ、素振りをする場所は、その日の気分で変えるようになった。
最近のお気に入りは、村外れにある滝の側だ。
切り立った渓谷の上から落ちてくる水が、川になって流れている。
俺は川の中に入り――
滝から発生する水しぶきを、ことごとく刀で切り裂いていく。
この十年、俺の課題は剣速だった。
片腕になった都合上、抜刀術は使えない。
その課題をクリアする為に、俺は反転の風魔法を利用した。
空気を停滞させる『不可視の盾』を応用し、刀の周囲の空気を固定して鞘を作る。
空気の鞘から刀を走らせて、抜き放った斬撃は神速となる。
魔法を補助に使えば、居合が出来るようになった。
しかも、空気を固定した鞘は、どの位置にでも作れる。
鞘を左手で握った状態からしか放てない抜刀術よりも、自由度は格段に上がった。
俺の剣速は、十年前よりも速い。
調子に乗った俺は――
自分の抜刀術による一振りを『神速の太刀』と呼称することにした。
川に入り、飛び散る滝の水滴を、神速の太刀で切り刻む。
それをひたすら繰り返して、一日を終えることもあった。
片腕になる前よりも、確実に強くなっている。
師匠の話からヒントを得て、物体の強度を上げる『闘気』も扱えるようになった。
ただ、闘気には欠点もある。
闘気と魔法は、同時使用が出来ない。
闘気を纏えば、肉体の強度が増す。
生身の人の拳で、岩を殴って破壊することだって出来る。
師匠のように刀に纏わせて、物体の強度を上げることにも成功している。
ただ、闘気は魔法の構成を、破壊する性質があった。
闘気を刀に纏わせると、魔法で作った空気の鞘が霧散してしまう。
……。
鞘から抜き放った後で、闘気を込めれば理論上は使えるが、流石の俺でもそこまでのコントロールは無理だ。
何しろ『神速』だからな。
闘気といえば、ドウイチの奴も闘気を纏えるようになっている。
あいつはあれ以来、俺に悪態をつかなくなった。
十年前の、あの日から――
あいつもひたすら、剣を振るってきた。
あいつは自分に絶望し、誇りと自信を失ったが、剣を振るうことは辞めなかった。
自分に絶望した奴は――
そのどうしようもない後悔と悔恨を、刀に込めて振るった。
自分の心に生じた不満や怒りを、周囲に振り撒くのではなく――
刀に込めて、振るい続けた。
その結果――
それと意識しないままに闘気を操り、剣に纏わせていた。
あいつは、あいつで成長している。
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