第13話 残酷

 俺は息を潜め、木の後ろに隠れている。


 ざっざっ、ざっ……。


 ゴブリン二匹が無造作に、こちらに向かってくるのが、音で分かる。



 ここはゴブリンが巣くった洞窟の入り口から、三百メートルほど離れた山の中――



 俺は片膝をつき、身を屈めている。

 木と茂みの陰に隠れて、相手からは俺の姿は見えない。



 ザッザッ、ザッ……。


 敵が近付く。


 身体が少し、緊張で強張るのを自覚する。


 心を落ち着かせ、平常心に近づける。

 相手が雑魚とはいえ、これから殺し合うことには違いがない。

 

 どうしても、心は乱れる。


 俺は薄く静かに息を吐き、吸い込む。


 気配を消す。

 ゴブリンに存在を感知されない様に努める。

 



 山に響く微かな足音で、敵の位置を把握する。


 あと三秒で、横を通り抜ける。

 その後で、後ろから斬る。




 俺は刀の柄に手を駆ける。

 ゴブリンの一匹がこちらを、ちらっと見る。


 気配を消しきれていなかった様だ。

 視界の外れに、俺の姿が見えたのだろう――


 …………。

 奴は声を上げようとして、口を開ける。




 だが、遅い……。


 ヒュッ!!


 刀を鞘から抜いて、ゴブリンの首を狙って振り抜く。

 ゴブリンの首が、スポンと宙を飛ぶ。

 

 もう一匹のゴブリンが、突然現れた襲撃者に驚き――



 ザシュッ……。


 叫び声を上げようとしたその口の中に、俺の刀が突き刺さる。




 そいつは叫び声を上げそこない、その場に倒れ伏した。


 居合でゴブリンの首を刎ねた後で、すかさず、もう一匹へと片手突きを喰らわせたのだ。


 俺はその場所から少しだけ洞窟に近づき、再び木と茂みの陰に隠れる。


 仕留めたゴブリンの血の匂いを嗅ぎつけて、次の獲物が来るだろう。

 それを同じように仕留めていく。






 今日一日でゴブリンを十二匹、ホブゴブリンを五匹狩った。


 身を隠した俺の所に、九人ほどの気配が近付いてくる。



 ――討伐隊か。


 俺は瞑っていた目を開き、彼らを見て訪ねる。



「そっちは、どれだけ狩った――?」


「ゴブリンを、十一だ」




 俺がここで、洞窟から出てくるゴブリンを始末する。

 外から洞窟へと戻ってくるゴブリンを、他の討伐隊が狩っていく。

 

 洞窟からの、出入りをせき止めて――

 まずは、敵の数を削り、群れとしての行動を制限する。



 これを続ければ、ゴブリンは食料の補給が出来ない。


 いずれは、敵を殲滅できるだろう。

 


 ……しかし、エサが足りなくなれば、洞窟の中に囚われている人間が、食料として消費される危険が増す事にもなる。


 魔法で中を探ったが気配が小さすぎて、生きているのか死んでいるのか、はっきりと判別できなかった。


 たぶん、まだ何人かは、息があると思うが……。






「このまま安全に、削っていくか――それとも敵を挑発して、一気に勝負をかけるか……どうする?」


 俺は師匠を見て、判断を仰ぐ。



「どうするもなにも、捕まっている人を助ける為に、勝負をかけるに決まってるだろ! こんなまどろっこしいことしてないで、最初から突撃してればよかったんだよ。この臆病者が!!」



 ドウイチは小声で怒鳴る、という器用なことをする。


 ――お前には聞いてないんだけどな。クソガキ。

 俺はドウイチを無視して話を続ける。



「洞窟の中に囚われている人間がいるのか、いたとしてもまだ生きているのか……それは解らない。それを踏まえて方針を決めてくれ。……師匠」



 この討伐隊のリーダー。

 道場主の師匠に、決断を委ねる。


 無理せずに敵を削っていく長期戦か、味方の犠牲を覚悟した短期決戦か……?






 師匠の決断は、ゴブリンの群れとの短期決戦だった。


 敵の群れをおびき寄せる方法は、考えがある。

 その役割は、俺が引き受けた。


 別行動中の討伐隊十人と合流してから、ゴブリンの掃討作戦を実行する。




 

 日が沈み出している。

 夕焼けが空を、赤く染めていく。


 三匹のゴブリンが、近づいてくる。

 剣の間合いに入ったゴブリンに、俺が斬りかかる。

 

 三匹のゴブリンの腕か足を、素早く一本ずつ斬り飛ばす。

 その後で、そいつらの身体に刀を刺していく。


「ぎゃごぉっぅォッォッぉお!!!!!」

 

 三匹のゴブリンは、血をまき散らし、叫びを上げる。



 どうやらこいつらは、雌だったらしい。

 ――洞窟の中の、ゴブリンの群れが慌ただしく蠢く。


 そして我先にと、無秩序に飛び出してきた。





 …………。

 ……。


「オイッ! お前……魔物とはいえ、そんな卑劣な手を使うなよ……これじゃあ、どっちが魔物か、わからねーだろ!!」


 俺の作戦を聞いた時に、ドウイチのバカが、こんなケチをつけてきていた。

 こいつは事ある毎に、俺にケチを付ける。


 そうしなければ、気が済まないらしい。



 ……確かに俺のやり方は、褒められたものでは無い。


 一撃で殺せるのに、敢えて殺さず深手を負わせて、苦痛を長引かせ――

 敵をおびき出す為に利用する。


 利用するのは『仲間を助けたい』という、敵の心だ。


 

 魔物にそんな『心』があるのかは分からない。

 騒ぎがあったから、飛び出してくるだけかもしれない。


 だが、人間視点では『傷つき助けを求める仲間の為』に見える。



 仲間の為に飛び出してくる奴らを斬り殺す。

 確かに悪者だ。




 だが、洞窟の中に攻め込むのは無謀だろう。

 敵のテリトリーだ。


 ゴブリンはあれで、頭がいい。

 籠城されると、攻略は困難を極める。


 討伐隊の犠牲も増える。



 それに――


 もうすぐ日も沈み、夜になる。

 時間が経てば経つほど、捕まっている人間が殺される危険が増す。


 ゴブリンに籠城させずに、統率を乱し誘き寄せる。

 手早く勝負をかける方法は、これしか思いつかなかった。




 竜の姿に戻って洞窟に入り、ゴブリンを全部食い殺せばそれで解決だが、それじゃあ駄目だ。


 俺はあくまで、人としてあの村に滞在している。

 だから、人間として戦う。


 人間らしく、残酷な方法で――

 

 

 洞窟から出たゴブリンの群れが殺気を放ちながら、高速でこちらに近づいてくる。


 俺と村の討伐隊が、それを迎え撃った。






 ザシュッ!!!!!


「はぁー、はぁ……ふぅ…………」



 俺はホブゴブリンの上位種、オーガの首を斬った。

 上位種の魔物だけあって、オーガの身体は硬かった。

 

 背も高い――

 俺の二倍以上はある。


 太い足を斬ると、粘り付く様な重さがあった。


 力も強い――

 倒れ込みながら繰り出された拳は、まともに喰らえば即死だった。



 頭も良い――

 雑魚に俺達を襲わせ、こちらが疲弊してから襲ってきた。




 周囲にはゴブリンの死体が散乱している。


 日は沈む寸前で、もう五分もすればこの辺りは、完全に暗闇に包まれる。



 

 討伐隊で立っているのは、十人。


 オーガは、残り二匹――


 

 師匠が一匹を仕留めた。


 俺と同じように、居合でオーガの足を切る。

 さらに、振り下ろされた腕も斬って、止めに胸に刀を突き刺して倒した。



 残りの八人で一匹を囲んでいるが、手こずっている。

 刀を振るっても、オーガの身体を斬れないのだ。



 傷を付けることは出来ている。

 だが、切断できない。


 あいつらの剣の速さは、師匠と比べても、遜色ないはずなのに切れない。


 ――違いは、何だ?



 ドッ!!!!


 オーガの拳が、討伐隊の一人を捉えて、弾き飛ばす。



 考えている場合じゃない。

 俺は風魔法を纏わせて、刀を振るい斬撃を飛ばす。

 

 ――空牙。


 俺の魔法はオーガの背中を屠り、心臓を抉り死に至らしめる。

 剣よりも魔法の方が威力がある。



 最強の剣士への道は、まだ遠い。

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