第7話 転生

 ――ざわ、ざわ。


 助けてやった人間の少女が、俺を里に招待した。

 少女の申し出に頷いた俺を見て、人間たちにざわめきが起こる。



 『おおっ!』とか『なんと!』――


 とか、言っている。



 言い伝えがどうのこうのと、言っている奴もいるな。


 



 言い伝え…………?

 竜が人間の招きに応じる昔話でもあるのか?




 この世界の竜は、人間を襲わない。

 理由は不味そうで、食べたくないからだ。



 竜は人を食べない、そして――

 人間の脅威である魔物を、捕食すために攻撃する。


 魔物を狩る理由は、美味しそうだからだ。




 美味いから狩って、不味そうだからから見向きもしない――

 竜にとっては、ただそれだけのことなのだ。


 だが人間から見れば、竜は自分たちを守ってくれる守護者的な存在に見える。




 竜は意図的に人間を守っている訳ではないが、人間からは神として祭られ、信仰の対象になっていることが多い。




 目の前の人間たちも、俺のことを竜神様とか言ってたな――


 神様が自分たちの村に、来てくれることになった。

 それで喜んでいるのかな……?



 俺は生まれてからここを狩場にしていたから、この付近に住む村人たちから知らぬ間に、崇められていたのかもしれない。




 俺は人間たちの後ろに付いて、山道を歩いて行く。


 何人かの村人は、かなりビビっている。

 ――恐れるのは、当然だ。

 

 ゴブリンの群れを、あっという間に蹴散らした奴が後ろに居るのだ。



 信仰の対象といっても、人間は竜の生態に詳しくないだろう。


 いきなり人間を捕食しないとも限らない。




 それでもこの人間たちのまとめ役の少女が、俺を村まで誘った。



 歩きながら、不意に昔のことを思い出した。

 そういえば、山賊に囚われていた人間を送ってやったことがあったな……。


 それが言い伝えになっていて…………。

 ある程度、信用があったんだな。

 


 そして、この少女の意図に気付く――


 俺を用心棒にしたかったんだな!



 

 ゴブリンの集団は全滅させたが、それ以外にも魔物はいる。

 村に帰るまでに、襲われる危険がある。

 

 彼らの怪我は、俺が魔法で治して傷は塞がっているが、体力はかなり消耗している。武器も持っていない。



 無防備な状態の上、敵から走って逃げる体力もない。


 そこで、俺を護衛にしたんだ。



 この少女の年齢は十五、六かな?

 ――頭の回る子供だ。



 度胸もある。


 ――気に入った。

 俺はその企みに、素直に乗ってやることにした。







 何日か歩いて、村に辿り着いた。


 最初は驚かれたが、俺は村人たちから歓迎された。



 歓迎したくなくても、こんな威圧感のある怪物が現れたのだ。

 持て成さない訳にはいかないだろうが……。



 いや、それは穿った見方をし過ぎか――

 ゴブリンに攫われて、もう助からないと思っていた仲間が生きて戻ったのだ。


 嬉しくない訳がない。

 しかも、怪我まで治療している。



 村人たちには恐怖心や警戒心もあるが、それよりも喜びや感謝の方が大きい。




 俺は気兼ねなく、歓待されることにした。

 村の広間に案内されて、そこで待たされる。


 暫くすると村人たちが平伏して、お供え物を差し出してきた。



 俺にご飯を提供した村人たちは、変わらずに平伏している。





 ……う~ん。


 食事を食べる間に余興で、舞でも舞って楽しませて欲しかったが、そういうサービスは無いようだ。


 ……何か、物足りない。


 何だろう?



 …………。

 ……まあ、いいや。

 

 俺は調理された温かいご飯を、久しぶりに食べた。



 …………。

 

 すると、不思議なことに、人間としての暮らしが懐かしく思えてきた。


 

 昨日、商人を助けた時にも米や魚を食べたが、その時はこんな気持ちにならなかった。けれど調理された温かな料理を食べると、胸が締め付けられるような寂しさを感じる……。



 ――毒でも盛られたのだろうか?


 いや、違う。


 きっと前世で、人間だった時の感覚を、少し思い出したからだろう。

 特別に美味しかったわけでもないし、量も少なかったが、ご飯が温かかった。




 竜に転生してから、一度も思ったことが無かったが――

 この時は人間であった頃を、懐かしく感じていた。


 目の前で平伏している人間たちを見て――

 こいつらも、俺と一緒に食べればいいのにと、思いながら飯を平らげた。




 

 俺は食事を食べ終えると、空を飛んで住処へと帰った。


 この姿では人の言葉を理解できても、喋ることは出来ない。

 村人たちも俺と一緒に、食べて飲んで騒いで良いと言いたかったが、それを伝える手段がなかった。


 その日から俺は、姿を変える魔法の練習に取り組む。

 





 あの日から、十五年後――

 

 俺はついに、人間へと姿を変えることが出来た。

 変化自体は比較的すぐに出来たが、変身にはかなりの魔力が必要で、尚且つ魔力の消耗も激しい。



 竜の魔力量と魔法技術を用いても、長時間変化を維持するのは容易ではない。

 そこで俺は一時的な変身ではなく、存在そのものを竜から人間へと置き換えるような、そんな変化を追求した。



 疑似転生魔法『輪廻流転』――。


 変身時に膨大な魔力を必要とすることに変わりは無いが、変身後は魔力消費無しで『人間』に近い生命体に変化したままでいられる。



 『変身』というよりも、別の生物へと『転生』するような魔法だ。



 人から竜の姿へと戻ることも出来るが、その際にも魔力を消費するので気楽には使えない。


 ――暫くは、竜に戻るつもりもない。





 前世の人間だった時の記憶があったおかげで、人間への変化は比較的容易だったが、それ以外の生物には変身できない。



 人へと変化した俺だが、竜の身体がベースであることに変わりは無い――

 この身体は、人間にしては力が強かった。


 ただ、竜の頑丈さは無く、肉体は普通の人間並みに脆い。





 輪廻流転で人間へと変化した俺は、竜とは比べ物にならないほど弱いが、人間としては破格の身体機能を有している。


 俺はその姿で、人里を目指す。





 人間となった俺の見た目は、十二歳くらいの子供だった。



 衣服はこの日の為に、用意してある。


 一年くらい前に、山道でたまたま見かけた山賊を、始末した時に回収しておいたものだ。



 この国の服は、前世の日本の着物のような作りだった。

 人の身体に合わせた一枚の布切れを身に纏い、一本の帯で合わせる。

 

 着心地は悪くない。


 山賊の中で、一番小柄な奴の着物を選んだ。

 サイズも丁度いい。。



 武器も確保してある。


 刀身の反れた、片刃の剣。

 ――刀だ。



 山賊が持っていた刀を五本ほど住処に確保していたので、その中から一番気に入った物を、持って行くことにする。

 


 頑丈さを重視した、肉厚で無骨な刀――


 俺の身長よりも、ちょっと長い。


 子供の身体には大きすぎるが、これが良い。




 旅支度は整った。



「さて、行くか――」


 俺は人里に向かい、歩き出した。

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