第8話 子供

「――フンッ」


 ザシュッ――


 俺は手にした刀を横薙ぎに振るい、突進して来たイノシシ型の魔物の足を切断した。足を一本斬られた魔物は、バランスを崩し『ドスン!!』と、その巨体を横転させる。




 ヒュッ――


 木の上から俺に向かって、石が投げつけられる。


 ヒュ、ヒュ、ヒュッ!!


 敵は複数いる。

 そいつらがタイミングをずらして、石を放って来る。


 こちらが避け難いように、工夫してやがる!!





 俺は軽くステップを踏みながら、身体を小刻みに移動させて石を躱していく。

 

 体勢を崩さない様に、慎重に避けきった。



 木の上の魔物は、全部で五匹か――

 猿型の魔物だ。


 俺は攻撃を避けながら、敵の位置と数を把握している。



 猿の攻撃が止んだところで、俺は得意の風魔法を使い反撃に出る。



 ビュゴォォオオッ!!



 鋭い空気の刃を同時に五発、猿型の魔物に向かって放つ。


 ――ザシッ! ザシュッ! ザシッ! ザッ! ザシュッ!!



 五つの風の刃は全て魔物にヒットして、その体を切断している。

 

「こんなものか――」



 一匹まだ、生きているな。

 俺は追撃の風魔法を放ち、木の上にいた魔物を皆殺しにした。


 向こうには、もう敵はいない。

 それを確認してから、イノシシの方に向かう。





 ……。


 人間の身体は脆弱である。


 竜の身体であれば掠り傷ひとつ付かないような投石攻撃でも、当たりどころが悪ければ大怪我を負っていただろう。

 


 ……攻撃力も低い。


 足を切ったイノシシ型の魔物はまだ息がある。

 刀という武器を使ったにも拘らず、あの程度の敵を一撃で殺せない。




 だが竜から変化した俺は、普通の人間と比べれば高い身体能力を有している。



 前世では、こんな脆い肉体で生活していたんだなぁ……。


 どうにも心許ないが、暫くはこの身体で暮らしていくつもりだ。

 人間の身体で動き慣れておこうと思い、魔法はなるべく使わずに刀で魔物を倒していたが、手間がかかる。


 まあ、慣れるしかないか――




 俺は振り上げた刀で、イノシシ型の魔物に止めを刺す。

 首を切って息の根を止め、担ぎ上げた。



「――よっと」


 自分の体重の十倍はあるそれを担ぎ上げて、付近の人間の集落を目指す。



 服と刀は用意したが、金を持っていない。


 ……これが売れると、良いんだけどな。 

 猿型の魔物よりは、こっちの方が金になるだろう。



 そう思い、持って行くことにした。

 この世界の人間の社会には詳しくはないが、魔物も食べるはずだ。


 

 毛皮や牙も、金になるかもしれない――


「さて、行くか……」


 目指すのは、十五年前に一度訪れた場所。

 ――ゴブリンから助けてやった人間が、暮らしていた村だ。


 



 村は柵で囲われていて、入り口には門番らしき男が二人立っている。


 そいつらは俺が近づいて行くと、手にした槍をこちらに向けてきた。


 威嚇行動……?

 俺を、警戒しているのか――?



 俺の見た目は、十二くらいの子供なんだが……


 ……いや、だからか。

 こんな子供が、一人で街道を歩いて来た。


 警戒するのは当然か……。



 …………。

 う~ん、暫くはここに、滞在したかったんだが――



 俺はこの村に、受け入れて貰えるだろうか?


 心配になって来た……。







 俺は門番たちに近づきすぎない様に、五メートルくらい離れた位置で立ち止まり、そこから声をかける。


「俺は旅人だ。旅の途中で仕留めたこの魔物を、この村で売りたいと思っている。怪しい者じゃない――入れて貰えるか?」



 門番たちは訝しげな顔をするが、構えた槍は収めてくれた。



「それは、お前が仕留めたのか?」


「ああ、――これは、売れるか?」


 俺は獲物を上に軽くヒョイと、上げながら訪ねてみた。






「う~ん、それを買い取るだけの金が、この村にあるかは分からんぞ?」


 そんな心配をするとは……。


 ――結構高く売れるのか、これ?


 いや、こんな辺鄙なところにある村だ。

 手持ちの現金が少ないのか……?



「現金が少ないなら物々交換でも構わない、コイツと交換で寝泊りできる部屋を貸して貰う、とかでもいい」


 

 俺の提案を聞いて、門番は村へと通してくれた。


 一人が俺について一緒に村に入り、村長の所まで案内してくれた。

 案内と監視を兼ねているのだろう。 


 交渉は直接、村長とやってくれと言われた。



 案内されたのはこの村で、一番敷地の広い屋敷だった。

 その家から三十代くらいの女が出てくる。



 ん?

 ――おお!


 こいつは、ひょっとして……。






「ふーん、これを一人で、ね。……いいわ。報酬はあまり出せないけど、住む場所は提供できる。それで良いかしら――? それと……」



 間違いない。

 十五年前に俺が助けた。十五くらいだった、あの小女――


 村長になってたんだ。


「剣術を習いたいなら、話は通してあげるわ。……その為に、こんな辺鄙な田舎まで来たんでしょ?」


 ――いや、俺は単に旨い飯を食いたくて、来ただけなんだが……。


 剣術……?


 この村では、剣術を習えるのか……。


 それなら……。

 習ってみるか――




 この村には剣術道場がある。


 村長のセリフから推測するに、この村には――

 武者修行をしている様な腕自慢が、わざわざ遠方から訪ねてくるくらい、評判が良い道場があるのだろう。


 せっかく人間になって、ここまで来たんだ。

 

 この世界の剣術を習得してみるか――






 俺は前世の記憶をほとんど忘れてしまったが、学生時代に剣道部に所属していたことは、うっすらと覚えている。


 そうだ! 俺は部活動で剣道をしていた。

 かなり真剣に、練習に取り組んでいたのを思い出す。


 それを思い出すと、俄然やる気が出てきた。



 俺が嗜んでいたのは、防具を付けて竹刀で打ち合う事を前提とした、スポーツに近い武術だ。


 真剣で魔物や盗賊と戦うことを前提としたこの世界の剣術は、どんなものなのかという興味が湧いてきた。




 俺はこの村の道場に案内さる。


 そこは――

 道場というか、柵で囲われた空き地だった。



 その空地の、二つ隣の建物が空き家になっているらしい。

 そこで、寝泊まりしても良いと紹介される。





 イノシシの魔物をこの村に提供したことで、一か月の間は家賃と飯がタダになった。それと、金も少しだが支給される。



 イノシシの魔物は解体されて、牙と毛皮と魔石が売り物になるそうだ。


 二か月に一度くらいの割合でこの村にやって来る、行商人に販売することになる。



 肉も売り物にはなるが、日持ちしないので自分たちで食べるらしい。






「一か月後にまた何か、獲物を狩ってくるか――」


 俺はそう言いながら、早速道場へと足を運ぶことにする。


 道場での稽古は、特に何か指導がある訳ではないらしい。

 他人の練習を見て、勝手に盗めと言われた。




 よし、行くか!!



 柵に囲まれた広い敷地では、十数名が木刀や刀を振るっている。

 


「やっぱ、素振りは基本だよな」


 俺がそう言って、敷地に入ろうとすると――



「オイッ、お前……。勝手に入るな!!」


 と言って、怒鳴られた。




 俺を怒鳴ったのは、門の側で木刀を振っていた子供だった。

 見た目は、俺と同じくらいだろう。


「ここはお前のような、ガキの遊び場ではない! 怪我をする前に帰れ!!」


 ……はぁ!?

 ――なんだ、このオスガキは?

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