第6話 少女
今日は例の洞窟の、様子を見に行く。
五年も旅に出ていて昨日帰還したばかりなので、あそこに行くのも久々になる。
あそこは人気の物件だから、奪い合いが頻発する。
俺が食べに行って間引かないと、よく縄張り争いが起こっていた。
それを踏まえて考えると――
三年以上あそこを占拠していた人間の山賊団は、結構すごい奴らだったかもしれない。魔法を使える奴が数名いたので、戦力としては大きかったのだろう。
その魔法を使う前に、俺が瞬殺してやったが――
「いまはどんな魔物が、占拠してるかな?」
事前に、確認してみよう。
俺は風魔法の応用で、遠くの音を拾う。
魔力を薄く広く広範囲に伸ばすと、わずかな大気の振動でもキャッチできる。
「おっ、何かいるな――沢山だ」
洞窟の中には、恐らくだが人型の魔物が集団で暮らしている。
……これは、ゴブリンかな?
ゴブリンが進化した、少し大きい奴――
昨日ここに帰って来る道すがらに、食べた奴らの仲間だろう。
早速行って食べよう。
いやでも、昨日でかい熊を食べたし……。
あんまり、腹は減っていない――
また今度にするか。
楽しみは後に取って置く。
少し日にちを開けてから、食べに行こう。
俺はそう決めて、寝蔵に戻ろうとした。
しかし――
洞窟ではなく森の奥の方から、集団が移動してくる気配を察知した。
「なんだ?」
その場に留まり、様子を伺う……。
「ゴブリンの群れ……」
その中には、人の微かな呻き声もあった。
この音の感じから推測すると――
ゴブリンの集団が人を複数捕らえて、住処である洞窟に戻って来た。
そんなところかな。
ゴブリンは人を沢山捕らえると、一度に食さずにある程度は保存食として生かして閉じ込めておくことがある。
「早めに助けに行ってやるか――」
俺は崖から飛び降りる。
そして、翼を広げて風に乗り、洞窟の入り口を目指した。
――ズシャ。
俺は地面に降り立つと同時に、洞窟の前で見張りをしていたゴブリン二匹を踏み潰した。
生まれてから、約百年経った。
俺の身体も大きくなり、体重は五トンを越えただろう。
その重量で上に乗れば、大抵の魔物は一溜りもなく潰れる。
ゴブリン如きが耐えられるはずも無い。
肉が潰れて食べられなくなったのは、ちょっと勿体ないが――
まあ、いい。
肉はまだ沢山ある。
俺は獲物を求めて。洞窟の中に入った。
洞窟の一番奥の広間には、五十以上のゴブリンの集団がいた。
ここまで来るまでに通路に居た奴らは、すでにひき殺している。
広間に居るのはゴブリンが三十と、ホブゴブリンが二十――
さらに、その進化個体のオーガが三匹だった。
俺から見れば、どれも大差ない。
適当に敵集団の中に突っ込んで暴れ回ったら四十匹くらいが勝手に死んだ。俺は自分で轢き殺したゴブリンを食べる。
俺が食事を摂っていると、生き残りの数匹のホブゴブリンが逃げようとして、洞窟の入り口を目指して走り出した。
――逃がすかよ!!
俺は素早く移動して、そいつらよりも先にこの大広間からの出口に立ち塞がる。
逃げようとしていたホブゴブリンを、爪で切り刻む。
残りは三匹 ――
オーガと呼ばれる進化個体。
ホブゴブリンよりも、二回りはデカい。
いっちょ前に、カッコイイ武器を装備してやがる。
そいつらは連携して、俺に戦いを挑んできた。
一匹が剣で俺の頭に斬りかかり、もう一匹が腹を狙ってきた。もう一匹は後方から風の魔法を使い、俺の前足を攻撃してくる。
俺は敵の攻撃を、微動だにせず受ける。
避けるまでもない、攻撃だった。
敵の攻撃が終われば、こちらの番だ。
俺は口を開けて閉じる。
オーガをパクリと食べた。
腹を攻撃してきたオーガの上半身を、一瞬で消した俺は身を捩り、頭を攻撃して空中にいた奴を、尻尾で叩き落とす。
風魔法で攻撃してきた奴には、お返しに風の刃をお見舞いした。
オーガの身体が真っ二つになる。
俺はゴブリンの群れを討伐した。
クチャ、クチャ、クチャ!
オーガの肉を、咀嚼し味見する。
ゴブリンよりも硬くて歯ごたえがある。
食べてみると、ゴブリンよりも美味かった。
流石は、進化個体だ。
洞窟の広間を見渡すと、ゴブリンの死体が散乱している。
昨日大きな熊を食べたばかりで、腹はまだ満たされている。
しかし、狩った者の責任だ。
俺は洞窟内のゴブリンを食べ尽くした。
それから俺は捕まっていた人間を、助けてやることにした。
……のだが、殆どの人間が怪我を負っていて、身動きの取れる者は少なかった。
ゴブリンは保存食として、人間を捕らえる。
自分たちが食べるまで、生きていればいい。
その為、傷つけないように捕らえるという配慮など、一切しなかったのだろう。
ゴブリンに襲われ捕らわれた時に、多くが怪我を負っていた。
この人間たちをこのまま解放しても、すぐに別の魔物に食べられるか、人里に着く前に体力が尽きて死んでしまいそうだ。
仕方ない。
怪我も治してやるか――
俺は回復魔法を、人間たちにかけることにした。
回復魔法は、二種類ある。
自然治癒力を強化する治癒魔法と、怪我した個所を修復する復元魔法。
この百年で、回復魔法も研究して使いこなせるようになっている。
俺は傷の治りを早める治癒魔法を、これまで無意識に使っていた。
自分の魔力の流れを意識するようになってからは、治癒魔法を自覚して使えるようになった。
もう一つの回復魔法。
復元魔法は肉体を、新しく作り出すイメージで傷口を修復する。
この魔法は遊びで、自分の腕を部分的に巨大化させる、ということを魔法でやってみようと、試行錯誤していた時に思いついた。
魔力の消費が大きいが、一時的に肉体を変形させることは出来た。
その応用で、傷を復元させることにも成功している。
魔法で作り出す物質は、不安定ですぐに崩れてしまう。
自分の傷ついた体を修復した場合も、安定するまでは魔力と体力を消費し続けなければならない。
『治癒魔法』は患者の負担が少ない代わりに、即効性がないし限界もある。
欠損部位を作り出す『復元魔法』は即効性があるが、魔力と体力を修復した部位が現実に固定されるまで消耗し続ける。
俺自身には医学知識は無い。
けれど、生物の遺伝子には、自身の情報が保存されている。
魔法はその生物の設計図を参照して、怪我を修復してくれる。
その場にいた全員に、治癒魔法と復元魔法を怪我の程度に応じて使ってやった。
俺の目の前には、複数の人間がひれ伏している。
その先頭に居た少女が代表して、俺にお礼を述べている。
彼女がトップなのか――
この中で一番、身分が高いのだろう。
「竜神様。この度は邪悪な魔物を懲らしめ、囚われの我らを助けて下さり、ありがとうございました。その上、こうして怪我まで治して頂けるとは……なんとお礼を申し上げればいいか判りません」
――少女のお礼の言葉を受けて、俺は鷹揚に頷いた。
丁寧お礼を言われれば、満更でもない気分になる。
俺が人間の言葉に反応して頷いたのを見て、少しざわめきが起こる。
「……つきましては、改めてお礼をさせて頂きたく思います。ぜひ、我らと共に里までお越しくださいませ」
……ふむ。
まあ、良いだろう。
俺は首を縦に振り頷いて、肯定の意思を示した。
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