第5話 心配
俺がこの世界に生まれてから、約百年が経過した。
年数を正確に数えていた訳ではないが、大体そのくらい経った。
今日は快晴とは言えないが、雲はまばらで空は青く澄み渡っている。
太陽は真上にあり、自分の影が地上を高速で移動していく。
俺は空を飛び、自分の住処を目指していた。
「懐かしいな――」
この辺りに戻ってきたのは、五年ぶりくらいである。
俺は住処を離れて、このヤト皇国を旅して回っていた。
生息域の異なる魔物や動物や魚を獲って食べたり、果物や野菜の食べ比べをしたりするグルメ旅行を満喫してきた。
人の住む集落や、他の竜の縄張りを避けて各地を飛び回る。
面白そうな狩場を見つければそこに二、三か月滞在し、少し移動してまた新しい狩場を探すという、気まぐれな食道楽の旅――
島国をぐるっと一周するように巡っていたので、旅を進めていけばスタート地点の故郷に戻ることになった。
バサバサッ、バサバサッ――
「――ん?」
俺が懐かしの住処を目指して飛んでいると、人の群れが盗賊に襲われている様子が見えた。
「いや、あれは、人じゃないな……」
襲われているのは人の行商隊だが、襲っている方は魔物だった。
……ちょうど腹が減っている。
俺は降下して地上へ降り立つと、人を襲っていた人型の魔物――
ゴブリンの群れを襲撃した。
むしゃむしゃ、バクバク、がぶがぶ、ゴリゴリっ!!
狩ったばかりの、新鮮な獲物を食べる。
ゴブリンにしては大きな個体が揃っていた。
全部で五匹――
武装した人の群れを襲うには数が少ない。
たぶんこいつらはゴブリンの進化個体なのだろう。
ゴブリンが進化したホブゴブリンとかいう奴かな――?
だが、俺から見れば大した差は無い。
大きめの肉が獲れてラッキーだった、くらいにしか思わない。
まあ、どうでもいいや。
食事を済ませた俺が、飛び立とうとすると……。
「……おっ?」
助けてやった行商人たちが、俺に対して平伏しているのが見えた。
彼らの前には、食料が置かれている。
俺に対するお礼のつもり、なのだろう――
だったら、遠慮なく貰っておこう。
俺は差し出されていた、米やら野菜やら魚を食べる。
コメは米俵ごと、魚は生のままで頂きます。
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ――
食べながら――
俺は心配性なので『ひょっとして、毒が盛られているかもしれない……』と、そんな失礼な考えが頭をよぎった。
まあ、気にせずに食べ続けたけど……。
なにせ、どれほど強い毒を盛ったとしても、ドラゴンは殺せない。
多少体調が悪くなるくらいだ。
各地を放浪しているうちに、遭遇した毒持ちの魔物たちとの戦いで、毒耐性は証明済みだ。
大抵の毒はもう克服しているし、未知の毒でも耐えられる自信がある。
目の前の人間達が、毒を盛ってくるようなら――
報復として、皆殺しにしにすればいいだけだ。
……。
幸いそんなことには、ならなかった。
彼らが提供してくれたお礼は、ただの美味しいごはんだった。
疑ってすまない……。
俺は貢物を食べ終えると、再び空を飛んで懐かしの住処を目指す。
「あ~~……。なんか、居座ってやがる」
まあ、予想はしていた。
何せ五年も留守にしていたのだ。
俺の匂いが残っているうちは、入り込む馬鹿はいなかっただろうが、五年も経つとさすがに匂いも消えている――
バサッバサッ、バサッバサッ……。
上空でホバリングしながら、我が家の様子を伺う。
巨大な木の幹をくりぬいて作った家は、でっかいクマの魔物に乗っ取られている。
クマの魔物は俺の作った巣の中央で、丸まって寝てやがる。
不法侵入だ。
俺は奴を巣から誘き出すために、風魔法を撃ってそいつにぶつけた。
まずは様子見だ。
ジャブ代わりに、軽く三発――
どっ! どっ! どっ!
俺の放った空気の塊は、余裕たっぷりに眠りこけていた魔物に命中する。
……冬眠中だったのか?
攻撃を受けたクマの魔物は、のっそりと起き上がる。
自分が攻撃されたと認識すると、怒りでその身を震え上がらせて、憤怒の表情でこっちに向かって突進してくる。
「いや、お前――勢いよく突っ込んで来ても、空飛べないじゃん……」
どうするつもりなのか様子を見ていると、そいつは走りながら魔法を使った。
奴の周囲の大地が、勢いよく盛り上がる。
熊の魔物は立ち止まると、周囲に魔法で岩を複数作りだした。
そして、前足を大きく振り回す。
その動きに合わせて魔法で作られた複数の岩石が、俺に向かって飛んでくる。
ヒュゴッ!! ヒュゴッ!! ヒュゴッ!! ヒュゴッオオ!!
高速で飛来する大量の岩石――
俺は飛行技術を駆使して回避する。
どうやらあの熊は、土属性の魔法の使い手のようだ。
以前ここより北方で戦ったクマは、確か氷属性だった。
この辺りの奴は、土属性らしい――
土魔法を放つときに手を振っているのは、そのほうが魔法スピードを上げやすいからだ。魔法を飛ばすイメージがしやすいし、威力も上がる。
俺も魔法の威力や速度を上げたい時に、それに合わせて身体を動かす。
クマの魔物は、かなりの大きさだ。
相応の年月を生き抜いてきた魔物であると伺える。
魔法の熟練度も高い。
「面白いッ、相手にとって、不足はねーぜ!!」
俺は敵の魔法攻撃を全て躱し終えると、お返しに風の刃を放つ。
複数の刃を、ランダムで放つ。
そして、風魔法の後ろに隠れるように、俺自身も敵との距離を詰める。
ヒュッ! ヒュッ! ヒュッゥウウ!
ザッ! ザッ! ザシュッッ――
先行させた風の刃は、クマの作った土の壁に阻まれる。
俺は空中で弾け飛ぶように飛行の軌道を急激に変えて、敵の作った防壁を超えて迂回し――
クマの魔物の真上を取った。
そして――
「喰らえっ!!!」
俺は両前足を振り下ろしながら、クマの魔物に魔法をかける。
重さを約十倍にする、重力魔法『黒き戒め』――
敵の動きを止めてから、自分の重力も十倍にして敵に向かって落下する。
俺の蹴りがクマの魔物の背中に入った。
そして、そのまま――
どがぁっぁぁあああああ!!!!!!!!
地面が割れて、大地にヒビが入る。
クマはまだ死んでいないが、ダメージを受け朦朧としている。
俺は爪でクマの喉を掻き切り、止めを刺した。
俺は仕留めたクマを寝蔵に持ち帰り、綺麗に解体してから肉を食べる。残った毛皮を床に敷いて、毛布代わりに使うことにした。
腹も膨れたし、今日はもう寝よう。
――明日は、例の洞窟を見に行くことにする。
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