第4話 麻痺
住処まで戻るのに、三日も費やした。
魔力も使い果たしていたし、背中に深手も負っていた。
無理をせずに体力と魔力の回復を待ち、傷の治り具合を見ながら飛行と休憩をくり返して移動する。
休憩中に木に生えた葉っぱを食べたが、それでは腹は満たされない――
グギュるグギュウウウウウウウぅぅぅッっぅ……。
寝蔵に辿り着いた時に、盛大に腹が鳴った。
何か……。
いや、肉を食わなくては――
俺は寝床に異変がないかを入念にチェックしてから、例の洞窟へと向かう。
崖の上から飛び降りて、空を滑空し洞窟の前に降り立つ。
「――おっ!?」
洞窟の奥から、何やら不穏な気配を感じ取った。
魔物がいるのは想定内だが、何か嫌な予感がする。
この感じは――。
何かしら、罠でも仕掛けられているのか?
そんな雰囲気を感じたが……。
俺は気にせずに堂々と洞窟に入り、無造作にドシドシと暗闇の中を進む。
途中で何かが、俺の身体に絡まり付くのを感じた。
――粘着性の糸か。
よく見ると所々に糸が張り巡らせられている。
だとすると、今回の獲物は蜘蛛かな?
身体にまとわりつく糸は不快だが、俺は構わずに洞窟内を突き進む。
洞窟の最奥の開けた空間に、糸で簀巻きにされたバッタと蝶の魔物が転がっていた。その奥には何人かの人間の骨もある。
「人間は食べた後で、バッタと蝶は保存食か――」
……人間は外で捕らえてから、ここに連れて来て食ったのか?
バッタと蝶の魔物をよく見ると、身体におおきな穴が開いて中身が溶けて無くなっている。
食いかけ、か――
これじゃあ、食べる気がしない……。
だが、腹は減っている。
う~ん……。
食べようと思えば食べれそうだが、蜘蛛の食い止しを食べるのはなんとなく嫌だった。腹は減っているが、これを食す気にはならない。
せっかく食料を見つけたと思ったのに、食べかけだった。
俺は少しイラっとした。
その怒りに身を任せて、振り上げた前足でバッタと蝶の魔物を踏み潰した。
どごぉぉぉおおおおおんんんんん!!!!!
二匹の魔物の死体は、俺に踏み潰されて潰れてはじけ飛んだ。
「俺は、怒ったぞ」
――制裁である。
俺を失望させた報いだ。
しゅきゅぅぅぅうううウウウウ!!!!!
洞窟の天井から、威嚇音が響いてくる。
そこには、巨大なクモが潜んでいた。
天井に張り巡らせてある糸で作った巣に張り付いて、怒りと憎しみを向けている。
「馬鹿な奴め……」
俺と戦う気でいるのなら、気付かれない様に背後から近づいて、奇襲をかければいいものを……。
わざわざ自分から、場所を知らせるとは――
洞窟の中は真っ暗だが、俺は夜目が効く。
外と同じという訳にはいかないが、敵の姿ははっきりと視認できる。
確かに、クモの姿を捉えていた。
だが……。
「――ンンっ!?」
巨大なクモの姿は突然『ふっ』と消えた。
「擬態? いや、気配を消したのか……?」
どっ!!
「おっ……っ!」
いつのまにか、俺の背中に巨大蜘蛛が圧し掛かっていた。
そいつの大きさは、俺よりも一回りは大きかった。
背中の治りかけの傷に、蜘蛛の牙が突き刺さってる。
体が少し、痺れてきた――
……毒か。
「小癪な真似を……」
巨大蜘蛛は俺に突き刺した牙を抜くと、速やかにそこから離脱して距離を取る。
俺の全身に、毒が回るのを待つ気だろう。
クモの魔物は再び気配を消す。
いつの間にか後方に回り込んで、闇に潜みこちらの様子を伺っている。
あれで、隠れているつもりのようだ。
並の魔物なら気配を探れないのだろうが、相手が悪かったな。
俺は感覚を研ぎ澄ませ、奴の気配を捉えている――
ドッ!!
地面を蹴り、一瞬で敵との距離を詰める。
体を回転させて――
ドゴッッッ!!!!!!
巨大蜘蛛の顔面を、尻尾で強打した。
続けて俺の爪が巨大蜘蛛の腹を深々と抉り、その中身を辺りにぶちまける。
「逃げるなよ」
がしっ!!!
俺は逃げようとするそいつの足を、両前足で掴んで固定し――
がぶり!!!
口を開けて身体にかぶりき、肉を千切って食べる。
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ!!
――マズい。
こいつ自身の身体に毒でもあるのか、舌が少し痺れるし味も苦い。
くちゃくちゃ、くちゃくちゃ!!!!
だが、俺はそいつを食べ続ける。
腹も減っていたし、食べていると味わいが出てくる。
たまには、こういう珍味も悪くはない。
好んで食べたいとは思わないが、たまになら食べても良い。
――そんな味だ。
俺は喰い千切った肉を咀嚼して、じっくり味わって食べた。
……クモの魔物は、まだ生きている。
俺は瀕死の蜘蛛の頭を掴んで、そいつの魔力を解析する。
巨大蜘蛛の魔力を感じ取り、俺の魔力と比較した。
こいつの魔力は、俺とは性質が別物だった。
俺の魔力の性質は、風と重力と浮遊……。
その三種類がある。
魔力の性質を変化させて、それぞれの魔法を操っている。
この巨大蜘蛛の持つ魔力の性質を覚えておくことにした。
俺の魔力の性質をこの蜘蛛の魔力と同じに変化させることが出来れば、こいつが先ほど使った姿を消す魔法を、俺も使えるようになるかもしれない。
今すぐには無理そうだが、魔力の感触を覚えておいて、変化させることが出来るように練習しよう。
俺は巨大蜘蛛の魔力性質を記憶してから、そいつを食べて殺した。
今日の獲物は不味かったし、デカい割に意外と肉も少なかった。
だが腹は膨れたので、これで数日は何も食べなくても良い。
俺は洞窟の外に出て、魔法の練習に入る。
いつものように空を飛ぶ魔法ではなく、空気の壁を作り出す魔法と、重力を増大させて重さを増やす魔法だ。
三日前に戦った、同族の風竜が使っていた魔法である。
あいつは強かった。
死ぬかと思った。
同族同士なので、あのまま戦い続けても殺されるまでは無かっただろうが、戦っていて死を感じさせられた。
強い奴からは、学ばなければならない。
あいつの使っていた魔法――
同じ風竜の俺なら、使えるはずだ。
確信がある。
まずは、空気の盾を作り出す。
風属性の魔力では無理だった。
魔力を弄って、試行錯誤するうちにあることに気付く――
……風魔法とは、逆なんだ!
風魔法の魔力性質を、ちょうど『逆』にすると空気を停止させることが出来た。
風圧にしろ風の刃にしろ、それらは『大気を移動させる』魔法だ。
その逆の『大気を停止させる』魔法は、風魔法の魔力性質を反転させることで使うことが出来る。
俺よりも二回りは大きかったあの風竜は、恐らく千年以上は生きている。
その長い年月の中で、魔法を使い続けるうちに、自然と習得していったのだろう。
――竜は魔法の天才である。
他の生物よりもはるかに、魔法を使うのが上手い。
俺は巨大蜘蛛を喰ったその日の内に、反転の風魔法『不可視の盾』と、重力魔法『黒き戒め』を習得した。
魔法の名前は、俺が考えて付けた。
名前があることで、使い分けがしやすくなる気がしたからだ。
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