第3話 遭遇

 ドラゴンに転生し、三か月が経過した。


 最強種に生まれた俺は、伸び伸びと自由気ままに生きている。

 寝たい時に寝て、食べたい時に獲物を狩って食べる。



 食料は例の洞窟に魔物が住み着くので、それを食べればいい。


 奴らは俺を見ると、怯えて固まるか逃げるかするので、簡単に捕獲できる。

 たまに攻撃してくる骨のある奴もいるが、俺の身体に傷をつけれた奴はまだいない。




 人間だった前世とは感覚が大分と違うが、竜としての生活は案外悪くは無かった。


 食料は探し回らずとも、勝手に現れるので飢えたことは無い。

 外敵のいない世界で、自由気ままに生きられる。


 ただ生命の危険がないからといって、惰眠を貪っている訳ではない。






 ひゅごぉぉおおおおおお!!!!!!!


 俺はこの三か月間、毎日飛行訓練に精を出している。

 今も強風が吹き荒れる、空の上へとやって来たところだ。




 空を飛ぶには翼の羽ばたきと、浮遊魔法と反重力魔法、それに風魔法を行使する。


 浮遊魔法だけだと、体重は変わらない。竜の巨体を移動させるには、膨大なエネルギーが必要になる。


 上空に浮かんだ状態で浮遊魔法を切れば、落下エネルギーが得られる。翼を広げれば、空を滑るように進める。


 反重力魔法を使えば、自身の体重を減少させることが出来る。

 その状態で風に煽られれば、不規則に空を舞うことになってしまうが、姿勢を制御し上手く風に乗れば、少ないエネルギーで移動できる。


 浮遊魔法だけで空中に浮かんでいれば竜の体重が物を言い、暴風の中でも微動だにしない。



 状況や目的に応じて魔法や翼の最適な使い方を、検証し把握しながら、訓練をくり返して学習していく。






 この世界に誕生して、四か月目――



 浮遊魔法で、上昇できる所まで浮かび上がる。

 雲の上は晴れ渡り、空気が澄んでいる。


 俺はそこで、魔法を切った。



 頭を地上に向けて、真下へと落下する。

 空を覆う分厚い雲の上まで上昇していた俺は、空気抵抗を最小に抑えた姿勢で、雲の中へと突入した。



 ぼふっ!!


 そのまま、雲の中を突っ切る。

 分厚い雲を抜けると、視界が開けて広大な世界を俯瞰できる。


 空を覆った雲が太陽の光を遮っていて薄暗かった。



 翼で風を捉え上体を起こし、真下への落下エネルギーを一気に水平への推進力に変えて、進行方向を下から横へと変更する。




 俺は曇天の世界を、捉えた風に乗って翼で駆ける。

 そこから更に、反重力魔法で体重を軽くしてスピードを上げた。



 ひゅおおぉおおぉぉおおおおお!!!!!!!!



 反重力魔法は、燃費が悪いが……。


「このまま、行ける所まで行くか――」



 反重力魔法は三十分ほどで切った。


 消費魔力が大きすぎる。

 翼を広げっぱなしなのも、地味に疲れた。


 代わりに風魔法を行使して、フライトを続行した。




 俺の住処のある所からここまで、三時間近く飛行して来ただろうか……。


「そろそろ、休憩しよう」


 ゆっくりと飛行速度と高度を下げて、俺は手ごろな大木の枝の上に降り立った。


 疲れた。

 ゆっくりと、深呼吸をする。



 んっ!!


 俺の鼻が微かな甘い香りを嗅ぎ取った。


 香りの方へと顔を向けると、そこには赤色の果実を実らせた木があった。



 この世界にも、林檎のような果物がある。

 山賊達の会話から、そういった知識は知っていた。




 ぐぎゅるるうぅぅぅぅ~~


 見た瞬間、腹が鳴った。


 美味そうだ――






 俺は木の上から飛び立つと、まっすぐにリンゴの木を目指す。


 ガッ、がぶっ……ばく、ばくん!!!

 

 大きく口を開けて、林檎を木の枝や葉っぱごとまとめて食べる。



「……う、旨い!!!」


 俺は夢中になって、一本の木に生えているリンゴを食い尽くした。




 

 俺の住処の近くでも、リンゴは実るのだろうか?


 俺はまっすぐに、北へと飛んできた。

 竜の身体ではあまり気にならないが、この辺りの気温は低い。



 この冷たい空気は季節の変化に伴い、これから南へと降りていくだろう。


 あの辺りにも、これと同じ木はあるのか?

 あったとして、味は同じなのか??



 卵から孵って四か月しかたっていないので、この国の季節の移り変わりは把握していない。

 

 もしこの辺りにしか、リンゴが実らないのなら――

 ここに、移住しようかな?



 今の住処も、獲物が定期的にやって来る洞窟がある。


 離れがたいが、リンゴが確実に手に入るこの土地の魅力は相当なものだ。

 新しく巣を作るのは面倒くさいが……。 




「あの辺りにもリンゴが実るなら、迷わずに済むのに――」


 肉を取るか、林檎を取るか……。

 俺は転生してから初めて、真剣に悩んだ。



「食べながら、考えるか――」 


 別の木に実った林檎を食そうと、翼を広げて――



「……ん?」



 ひゅぉおぉおおおおお……


 ずがっ!!!!!



「ぐっ……」


 完全に、油断していた。


 奇襲をもろに喰らった。




 俺の背中は、かなり深くまで切り裂かれている。


 襲撃者を確認する。

 俺の鱗を破壊して肉を切り裂いたのは、俺と同じタイプの翼竜だった。



「グゴガァアァあああ!!!!」



 俺よりも二回りは大きなそのドラゴンは、大声を出して威嚇してくる。


 ――背中が痛い。

 


 くそっ!!


 俺は空中で姿勢を立て直し、そいつの背後へと空を飛んで移動する。


 そして、牙でそいつの背中を喰い千切ろうと、口を広げ――



「……ぐぅッ!?」


 なんだ――?


 攻撃が防がれた……。



 俺の牙はそいつの背中に届く前に、空気の壁のような物に阻まれる。

 動きの止まった俺の顔を、敵が尻尾で殴打する。


 ガッ!!


 そいつはさらに体を回転させ、尻尾での攻撃をくり返す。

 一撃目よりも重い。


 どがッッ!!!



 俺は二連撃を受け、地面へと激突した。


 

 ……くそっ!!


 態勢を立て直して――

 空を飛ぼうと、足と翼に力を入れる。


 しかし、俺が空を飛ぶことは出来なかった。



 ずごぉっぉおおおおおお!!!!!!!

 ……身体全体が、急激に重くなる。


 俺の立っている地面が沈む。

 足場が割れて、俺の身体が大地へとめり込んでいく。

 


 「ぐっ、ぐがぁっぁぁあああ!!!!!」


 重力攻撃か――

 このままでは、やられる。



 最後の力を振り絞って、魔法を使う。

 俺の放った風魔法は、大気を切り裂き巨大な刃となって敵に迫る。


 たて続けに三発……。


 刃の一つは避けられて、次の一撃が敵の翼を切り裂き、最後の一撃がそいつの腹に命中した。




 重力魔法が途切れ、体が軽くなる。


 ――俺はめり込んだ地面から脱出し、全速力でこの区域から離脱した。




 バサバサ、バサバサ――


 翼を羽ばたかせて、空を飛ぶ。



「あっぶねぇ、いきなり死ぬとこだった!!」


 油断大敵である。

 どうやら俺は、別の竜の縄張りに入り込んでしまっていたようだ。



 ここまでの移動で、魔力を消耗しすぎていた。

 MPが枯渇した状態で、ボスキャラとエンカウントしたようなものだ。


 逃げられたのは運が良かった。



 …………。

 手傷は負ったが、相手の縄張りに侵入したのは俺だ。


 竜は同族で殺し合うことは好まない。

 その感覚は、俺にもある。


「ここは大人しく、引き下がってやるか……」



 寝蔵に帰って、傷を癒すことにした俺は――

 住処を目指して、空を飛ぶ。

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