第2話 食事
俺は生まれつき、魔法が使える。
異世界に転生して、すぐに魔法を行使している。
使える魔法は風魔法と、空中に浮かび上がる魔法だ。
風魔法は飛行の補助に使うだけではなく、攻撃手段としても利用できる。
空中に浮かび上がる魔法の原理は、よく解らない。
しかし、特に問題なく使えている。
生物が息を吸って吐くように、俺は魔力で宙に浮かび上がることが出来る。
呼吸は意識して、工夫することも出来る。
肺や腹や、口や鼻。
呼吸に様々な種類があるように、空を飛ぶ魔法も意識すれば詳しく分類できた。
魔力の流れや魔法の発動手順を意識して、空を飛んでみる。
地面から飛び立つ際には、二種類の飛空魔法を併用している。
一つは『浮遊』。
もう一つは『反重力』。
浮遊は物体を、地面から浮かび上がらせる魔法だ。込める魔力の量で、どれだけ地面から離れられるかが決まる。
反重力の魔法は、物体の重さを軽減すことが出来る。自分の身体に使えば、魔力を込めるほど体重が小さくなる。
俺が空を飛ぶ時は浮遊で浮かび上がり、反重力で体重を軽くして翼の羽ばたきや風魔法で移動する。
浮遊魔法は基本的に使い続けるが、反重力は初動時や風に乗って移動したい時など、必要な時にしか使用しない。
反重力の魔法は浮遊に比べて、魔力を大量に消費する。
節約しながらピンポイントで使わないと、すぐにガス欠になる。
俺の連続飛行可能時間は、五時間くらい――
飛行は魔力と体力を同時に消費するので、ペース配分が重要になる。
複雑な魔力操作が要求される戦闘時であれば、一時間と持たない。
人間で言えば、長距離走と短距離走のようなものだ。
全力で戦えば、短時間で魔力が尽きる。
俺が生まれたのは、『ヤト皇国』という名の島国――
切り立った渓谷が国土の大半を占め、水と緑の豊かな国だった。
俺はここ数日、渓谷の上部を寝蔵にして、飛行の練習を繰り返している。
日常的に空を飛ぶことを前提に考えると、地上に住むよりも切り立った崖の上で暮らす方がコスパが良い。
崖の上から飛べば、それだけでかなりの魔力を節約できる。
地上から上昇するより、渓谷の上から飛び降りた方がエネルギー消費は少なくて済む。空を飛ぶ鳥は、地上に巣を作らない。
俺も地上の洞窟を住処とすることは、止めておくことにした。
渓谷の上部にあった、巨大な木の幹をくりぬいて巣にした。
――朝日が昇る。
俺は寝蔵から出て、崖の縁に移動する。
翼を大きく広げて、へりから飛び降りる。
落下しながら、風に乗って空を進む――
ひゅ、ごぉぉおぉおおおお!!!
「……今日は、何がいるかな?」
俺の翼は、空気を勢い良く切り裂く。
風切り音を響かせて、例の洞窟を目指した。
卵から出て、二日目……。
山賊に捕まっていた人間達を街道まで見送ってやって、戻ってくると洞窟の中に魔物がいた。
あの洞窟の中には、俺が殺した山賊達の死体が転がっている。
その為、ご馳走に引き寄せられるように、魔物がやって来たのだろう。
最初に入り込んだのは、巨大なトカゲの魔物だった。
全長三メートルほどの魔物だったが、力攻めで倒して食った。
生まれたてとはいえ、俺は竜だ。
そいつよりも小さいが、負ける気がしなかった。
風竜は基本は四足歩行だが、二足歩行も可能だ。
立ち上がると背丈はトカゲを大幅に上回り、容易にマウントを取れる。
そして、硬さとパワーはこちらがはるかに勝っていた。
地べたを這う敵が、立ち上がった俺の腹を目がけて突っ込んできたが、そいつの頭を両手で掴んで押さえた。
そのまま覆いかぶさるように押さえつけて、爪で獲物の背中を切り裂いて、その傷に牙を突き刺し、肉を引き千切って喰らってやった。
そうやって相手の肉を食べているうちに、トカゲの魔物は死んだ。
自分の体積よりも大きな獲物だったが、そいつの肉は残さずに食べた。
――誕生してから、四日後。
俺はこの近くの渓谷の上に、住処を作り出す。
作業が一段落してから、洞窟に獲物がいないか様子を見に行く。
洞窟に入り込み巣くっていたのは、豚を人型にしたような魔物だった。
そいつらは生意気にも、粗末な服と槍を装備している。
……美味そうだ。
豚の魔物は二十匹ほどの集団で、洞窟の中で暮らし始めていた。
山賊の死体を食べた後で、洞窟内を掃除したようだ。
食べ残しや残骸は、洞窟の外にまとめて捨ててあった。
意外と綺麗好きらしい。
「これだよ、これ――」
初日に俺が思いついた、洞窟内の山賊の散乱した肉の処理方法。
魔物に処分させればいい――
もうここを住処にする気はないけれど、小腹が空いて来たので、中にいる魔物を食べておこう。
俺は気配を殺さずに、ドシドシと大きな足音を立てて、洞窟内にズカズカと我が物顔で押し入った。
侵入者に気付いた豚型の魔物の群れは、恐慌状態に陥り洞窟内を逃げ惑う。
俺は逃げる魔物を追いかけて、体当たりを喰らわせた。
豚型の魔物はその衝撃で一斉に吹っ飛び、バラバラになって死んだ。
五匹くらいを、まとめて倒せた。
俺の体重は恐らく、三トン以上はあるだろう。
そんなのが猛スピードで突っ込むのだ。
ぶつかれば、問答無用で死ぬしかない。
俺は洞窟内に落ちている豚型の魔物を咥えて食べた。
ばりっ!! ごりっ!! がギッ!! ずしゅ!!
思った通り、なかなか旨かった。
五匹分の魔物の肉を食べると、腹が膨れ満腹になった。
二日前に大きなトカゲを食べたばかりだ。
これ以上、食べる必要もないな。
どうやら竜は、人間とは食事のペースが違うらしい。
俺は洞窟から出て、近くにあった木の枝に飛び乗って、葉っぱを枝ごと食べてから寝蔵へと戻った。
誕生から八日後――
「……腹が減った」
俺は住処の渓谷の上から飛び降りる。
空を滑空し、例の洞窟の前へと降り立った。
洞窟の前で見張りをしていた二匹の豚型の魔物が、慌てて中へと入っていった。
なんだ、あいつら……。
まだここを、住処にしていたのか。
俺は獲物を求めて、洞窟内に入っていく。
洞窟の奥の開けた場所――
俺の卵が安置され、山賊が宴会をしていた場所に豚型の魔物の群れが待ち構えていた。奴らは五匹一組でチームを組んで、槍を構えて俺を睨んでいる。
リーダーらしき個体の合図で二組十匹の魔物が、一斉に槍を構えて突撃してきた。
「馬鹿め……」
俺は状態を低く構えて、四足で大地を蹴ってそいつらに頭から突っ込んだ。
どっ、がぁっぁぁんんん!!!!!!
豚型の魔物の構えた槍は、俺の身体を傷つけることなく弾け飛び――
俺の体当たりは、魔物たちの身体を吹き飛ばす。
……今日は、腹が減っている。
恐怖で固まっている生き残りの五匹の元へと赴き、一匹ずつ乱暴に食べていく。
その後で、先に仕留めた残りの獲物の肉も、全部食べてから巣へと帰った。
巨木をくりぬいて作った巣に、敷き詰めた毛布代わりの木の枝の中に身を沈めて、俺はぐっすりと眠りについた。
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