偽神に反逆する者達 ~渓谷の翼竜~

猫野 にくきゅう

渓谷の翼竜

第1話 誕生

 どうやら俺は、異世界転生したらしい――


 転生してからずっと、暗闇の中に居る。

 身動きもほとんど取れず、硬い殻の中に閉じ込められている。



 名前は分かる。


 『ルドル・ガリュード』というのが、今世での俺の名前だ。





 自分が転生者であることは確かだ。

 ボンヤリとだが、前世の記憶がある……。


 昨日、思い出した。



 前世で死んでからこの世界へと生まれ変わる前に、転生の女神と会った時のことも……うっすらとだが、覚えている。



 女神の姿かたちを、はっきり認識することはできなかった。

 『神々しい』と形容するしかないような、そんな存在だった。





 そして、女神との邂逅時に――


 俺の魂を異世界に転生させる話を聞いた。

 ある程度成長してから、記憶を思い出す仕様だそうだ。



 転生先で『使命』のようなものはあるか尋ねると――

 転生した世界で、好きに生きろと言われた。

 




 前世の記憶は、思い出した。

 俺の身体がある程度成長したからだろう。


 女神が俺を騙していなければ、俺は異世界に転生しているはずだ。



 俺は…………。 

 光の遮られた狭い殻の中で、微睡みと深い眠りをくり返す。 






 ――異世界に転生してから、三年が経過した。


 俺はいまだに、暗闇の中に居る。

 だが、自分の置かれている状況や、自分が何者なのかは分かってきた。



 俺は人間ではない。

 『ドラゴン』という生物に転生している。


 転生前の世界では空想の産物だった、あのドラゴンだ――

 俺はドラゴンに生まれ変わり、硬い殻で守られて毎日寝ている。





 タマゴの中にいて外は見えないが、この世界の情報はかなり把握できた。


 外には人が沢山いて、話し声が聞こえてくる。

 その声を聴いているうちに、この世界の言語を取得することが出来た。 


 ……まあ、三年も身動きも取れずに、ぼーとするか寝るしかなかったのだから、言葉を覚えるくらいは造作もない。


 言葉を覚えて、情報を収集した。




 人間がこんな状態で三年も過ごせば、発狂していたかもしれない。


 しかし『竜』という生物だから、時間の感覚が人間とは根本的に違うのか、または殻を破る前の個体だからか、卵の中は苦にならなかった。



 ただし……。

 外で騒いでいる人間は、ウザいが……。


 あいつらの親玉らしき奴が、たまにこの卵の中――

 俺に対して、魔力を流し込んでくる。


 不快だ。

 イラっとする。


 それと奴らの自慢話は、聞くに堪えなかった。


 しかしそれ以外に、不満は無かった。

 奴らも、常にこの洞窟に居る訳ではない。




 俺の入った卵は、洞窟の中にある。

 洞窟は広く、奴らはここを拠点に活動している。


 そいつらは定期的に徒党を組んで出かけて、食料や金品を略奪してくる。




 奴らは、山賊だった。


 山賊のアジトの洞窟に、俺の入った卵は安置されている。


 今日もどこからか略奪してきた収奪物で宴を開いている。

 こいつらは、事ある毎に宴会を開く。



 騒ぐのが好きなのだろう。

 ……俺もそういうのは嫌いではない。


 ずっと、思っていた。

 この卵から出たら、俺も一緒に騒いでやろう。





 そして、その時が来た。

 俺の身体は卵の中で、大きくなり続けた。

 

 そして……。

 ここから出る時が来た。


 ――ああ、ようやくだ。



 かたい殻を破って、外の世界に出る時が……。





 ピシッ――

 ビキ、ビキッ……。


 ビシィイイイイッッ!!!!



 身体はタマゴの中で徐々に大きくなり、最近ではもうギチギチだったのだ。


 殻を破り、俺はこの世界に誕生した。

 山賊達の殆どは、飲み食いしながら大騒ぎしていて、俺の孵化に気付いていなかった。


 数人が卵の異変を察してこちらを見ていたので、生まれたての俺と目が合った。



「えっ、……あっ!」

「……っ……ひぃ!!」 



 三年間も俺が眠っている横で、大騒ぎしやがって……。


 俺は目が合った奴から――

 順番に、殺していくことにした。







 ……ググッ。


 足に力を込めて……。



 どっ!!!


 思い切り地面を蹴る。




 俺は屈強な脚で天井を蹴り、強靭な翼で空を切り裂く。


 ――ヒュオッ





 ザシュッ――


 精悍な爪で、脆く柔らかな人間の肉をミンチに変える。




 一瞬で細切れになった、人間の肉片が洞窟内に飛び散った。


 まずは五人……。


 

 俺は洞窟の広間を見回した。


 所々に、篝火が焚いてある。

 無くても夜目は効くが、光があった方が見やすい。


 残りの山賊は、五十くらいか――





 略奪してきた食料で飲み食いして、大いに盛り上がっていた山賊達は、突然の怪物乱入、そして大量虐殺という事態に、シンッ、と静まり返り――



「わっ、うわっぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」

「こ、このやろーッ!! よ、よくも手下をッ!!!」


 悲鳴や怒声を上げながら逃げまどい、あるいは攻撃してきた。しかし――

 圧倒的な化け物を相手に為す術なく、無残に蹂躙されていく。






「…………ふうぅ」


 俺は一息入れてから辺りを見渡して、殺り残しがないかチェックする。


 地面に転がり、飛び散っている死体に動きは無い。

 この空間に生命の気配は、もう感じない。



 ご近所トラブルは、無事に解決だ。



 

 だが――

 空しい勝利だ。


 山賊団の殲滅を確認して、俺は少しだけ気を緩る。すると――

 


 ぐぎゅるるぅぅううううううう……


 洞窟内に、バカでかい腹の虫の音が響く。


「――腹が減ったな」


 俺は卵から出たばかりで、何も食べていない。

 まずはなにか、食べるものが欲しい……。





 けどなぁ――


 身体に山賊達の返り血がこびり付いているが、これを舐める気はない。

 洞窟内に散乱している、山賊達の肉片を食すつもりもない。


 前世が人間だったから、人間を食べることに対して忌避感があるとかではない。



 俺の味覚や嗅覚が、人間を『食料』として判別していないだけだ。



 ――美味しそうに見えない。

 腹が減っているけれど、食べる気がしないんだよなぁ……。




 山賊達が食べていた料理の残りがある。


 焼いた魚と、米……。

 よく分からない肉もあるが、魔物を調理したものだろう。


 これはいけそうだ。





 だがその前に――


 食事をするにも、身体に付着した山賊達の血が不快だ。

 俺はまず水浴びをしようと、洞窟の外に出ることにした。




 途中で見かけた部屋に、閉じ込められている人間が複数いた。

 山賊に捕まった人間だろう。



 俺は部屋のドアを、無理やりこじ開ける。


 捕まっていたそいつらを、逃がしてやることにしたのだ。



 山賊に囚われていた人間たちは、血のこびり付いた俺の姿に最初はビビっていたが、竜だと分かってからは態度が変わる。


 ――やたらと、俺を敬ってきた。



 この世界の人間は、竜を神として崇めているようだった。

 人を喰らう習性が無いからだろう。





 この世界の竜という存在は、基本的に人を食べない。


 個体によって好みは違うかもしれないので絶対ではないし、あまりに空腹だった場合などの例外はあるだろうが、少なくとも人間を食用だとは捉えていない。


 俺はどれだけ腹が減っても、食べたいとは思わないだろう。


 竜は人を食べない。

 それが崇められる理由の一つ。




 そして稀にだが、ドラゴンは気に入った人間をパートナーに選び、一緒に暮らす個体もいる。

 山賊がそんな話をしていた。

 竜を仲間にすれば、一生楽して生きていけるぞ。と――


 人間にとって、竜という存在はメリットが大きいのだ。



 人里近くに住む竜は魔物を倒して食すので、都合の良い存在だ。その為、守り神と崇められるケースが多いのだろう。

 


 俺が全滅させた山賊達も、生まれたての竜なら手なずけられるだろうと目論んで、見つけた卵を自分たちのアジトで保管していた。


 残念ながら、失敗したが……。

 人間を食べないだけで、殺さない訳ではないからな……。






 ゴクゴク、ゴク、ゴクッ……。


「ぷはっ!!」


 洞窟の近くに川を見つけ水を飲んでから、水中に入り身体に付いた血を洗い流す。


 ぶるぶると、身体を振るわせて水を切る。

 それから、ぐーっと伸びをして身体を解した。


 ――さて、これからどうするか?


 山賊の食い残しを、洞窟に戻って食べるのは止めておく。

 奴らに捕まっていた人間が、食べる分として残しておいてやろう。




 

 生みの親を探す気はない。

 そもそも竜に『生みの親』は存在しない。

 

 この世界の竜には、子を作る機能は無く性別も無い。


 竜の卵は自然に発生する。

 敢えて言えば、この世界の自然そのものがドラゴンの親だ。




 竜の卵は硬く、大型の魔物の攻撃だって弾き返す。

 そこから生まれれば一人前だ。


 生まれればすぐに、自立して生きていかなければならない。



 

 あの山賊達のアジトを乗っ取って住処にするか?

 だが、掃除が面倒だ。


 何か良い知恵は無いものか――



 俺は翼を広げ羽ばたかせ、風と浮遊と反重力の魔法を補助に使い、軽く空を飛ぶ。


 生い茂った大木の、太い枝の上に乗る。 



 竜は雑食だ。

 人は食べないが、魔物は食べるし葉っぱも食べる。



 俺は木の枝ごと、葉っぱを食べる。

 ――とりあえず、何か食べたかった。




 顔を上げて、木の上から世界を眺める。


 眼下に広がる深い森の緑の先に、切り立った崖がいくつもそびえ立ち、その上部には生い茂った草木が広がっている。

 渓谷の上からは水が滝となって、幾筋も地上へと流れ落ちている。


 渓谷の脇には水で削られた細長い岩がいくつもあって、その岩の間を縫って風が世界を通り抜けていく――



 俺は空を飛び、風に弄ばれながら宙を舞った。

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