第五章 第四話
黄金竜は他の魔物を全て突撃させ、自らは後方から戦いを眺めていた。
呪詛を発動させるための要因を作るために、意図的に負傷者あるいは死者を出すのが彼のやり方だ。大魔王アデライーダが伝統に拘るように、黄金竜ヴィヤチェスラフは財と呪詛に拘っている。
だがそれは、黄金竜に直接的な戦闘力がないことを意味しない。
「ほぉう」
空から凄まじい速度で突撃してきた相手を、黄金竜はその尾を振るって迎撃した。
一撃で地面に撃ち落とされた彼女は、土煙を上げながらも着地に成功する。その「彼女」の姿を観察した黄金竜は……思わず笑ってしまった。
「くっ……はははははははは!
そうか、なるほど!
道理でこの国が反抗できた訳ですねぇ!」
たった一度の攻防と、僅かな観察。それだけで、黄金竜は目の前にいる相手の正体を看破した。
笑わずにいられるものか。彼の目の前には、アデライーダが聖剣を持って立っているのだから。伝統と古式に拘る大魔王が、勇者の聖剣に頼るとは!
「全く、さすがの私でもやりすぎというものを自戒したくなります。
そんなものに縋るほど、偉大なる大魔王を追い詰めてしまったというわけですから!」
「そうね。
でも、今のこの場で追い詰められているのはあなたよ……私とこうして一対一で相対しているのだから。
周りに誰もいない以上は、隠す必要も気遣いをする必要もない」
聖剣を構えながらアデライーダは言う。土煙は彼女に道を譲るように一瞬で消えた。しかし、その光景は黄金竜に対して何のアピールにもならない。
「強がりはよろしい。
我が精鋭を全滅させた負債……よほど効いているようですなぁ?
聖剣の力を以てしても、我が呪詛を完全には振り払えなくなったと見える」
黄金竜にははっきりと見えている。アデライーダに絡みつく呪詛の縛りが。今の大魔王は、黄金竜よりも遥かに弱い。
「その程度のことで私が戦いを避ける臆病者だと思っているの?」
「つくづく愚かなお方だ。
勇気と蛮勇は異なるものだとお気付きにならない」
アデライーダの反論を、黄金竜は鼻で笑った。
この戦いにおいてドラゴンを殺戮したアデライーダは、黄金竜に対して特に大きな損害を出したと見なされている。負債が大きいということは、特に強い呪詛が追加されるということ。
更に人間たちとは違って、アデライーダは自らの借金を記した帳簿の改変ができず元から存在した呪詛を残したままだ。そのため追加された呪詛が元々の呪詛と絡み合って強固なものとなってしまい、聖剣の力でも解除できない。もちろん、ノウンでも不可能だ。
それどころか、呪詛の一時的な無効化でさえ怪しいものとなりつつあった。凄まじい速度で黄金竜に突撃してきたアデライーダだが、実際のところ体にはさらなる重圧を感じ始めている。聖剣が呪詛を完全に無効化しきれていないのだ。
これ以上魔物を殺し、負債が増えてしまえば戦闘は不可能になる……そう判断した彼女は、一直線に黄金竜の元へと向かうことを選んだ。呪詛が強くなる前に黄金竜を討ち取る賭けに出る以外なかったのである。
「とは言え、魔王同士は争ってはならないという呪詛については上手く振り払っているようで?
実に喜ばしい。
問題なく私から貴女に攻撃できるというもの!」
黄金竜が大口を開けたのは、この口上を告げるためだけではなく……喉の奥で輝く魔力を、アデライーダは感知した。とっさに横へ跳ぶ。その直後に、アデライーダが先程立っていた地面が「消えた」。
黄金竜のブレスは不可視。察知する方法は魔力探知のみ。しかも黄金竜の圧倒的な魔力が加わったブレスは、触れたものをただ消滅させる。燃やす、凍らせる、切り裂く、砕く……そんな過程すらない。街に放てば建物は消滅し、文字通りの更地と化す。魔王として数えられるに相応しい、圧倒的な暴威。
そして、魔王の攻撃がたった一撃で終わるはずもなく。
「さぁ、次です」
即座に放たれた二発目のブレスが、アデライーダへと迫っていた。
「み、みんな、頑張って……!」
王都の惨状を見ながら、フアナは声を張り上げることしかできない。
ノウンによる呪詛の解除は、ようやく生存者の全てへと行き渡った。あくまで生存者の全てへ、だ。既に数え切れぬほどの騎士と民兵が動けないままに殺戮されて、魔物たちは王都内へとなだれ込んでいる。
「騎士よ、民よ、怯むな! 余に続け!」
崩壊しかけている人間たちの軍を地上で支えているのは、この国の王だ。王はついに自ら剣を取って魔物と切り結んでいる。士気を維持するために予備戦力を全て投入した王城はほぼ無人と化した。もはや王都には前線も後方もなく、各所で乱戦が繰り広げられていた。
フアナはその光景を見ながらひたすら叫び続けて、ノウンは生き残りのワイバーンを雷で撃ち落とし続けている。故に……自分たちの足元で何が行われているのか、気付くのが遅れた。
「フアナ様!」
「え……っ!?」
いきなりの爆音。発生源は二人の足元から……つまり、塔からだ。
同時に、二人が立っている屋上が急激に傾き始める。石材が次々にこぼれ落ちていく。彼女たちが陣取っていた塔は倒壊しようとしていた。何の攻撃を受けた形跡もないまま、ただ突然の爆発によって。
「失礼いたします!」
ノウンはとっさにフアナの身体を抱え上げていた。その直後、二人の足が屋上から離れる。
塔から落ちた、と理解する暇がフアナにあったかどうか。落下する速度はアデライーダに抱えられて跳んだ時よりも遅い。だが空気の抵抗によって受ける圧力はその時よりも遥かに強く、フアナの意識が薄れかける。
「う……い、痛っ……!」
だが皮肉にも、地面と衝突した痛みでフアナは意識を取り戻すことに成功した。いや、地面と衝突したというのは正確ではない。
「ノウン!?」
フアナを庇う形で、ノウンが下敷きになったからだ。
意識がはっきりとしたフアナの視界に入ってきたのは、塔の上層が崩れ落ちたことによる土煙と、撒き散らされた石材と……足を失って倒れているノウンの姿。
助け起こそうとするフアナに対して、ノウンは一言だけ告げて意識を失った。
「フアナ、様。お逃げ、下さい……敵、が」
とっさにフアナは振り返る。そこには、一人の男がいた。見覚えのある男が。
「まったく、爆破範囲の調節には苦労させられた。
死体が塔に埋もれ、掘り出せないような事になると困るのでな」
「ロ、ペ…………!」
フアナの叔父。この国を裏切った者であり、父と村人の仇。その魔人が、フアナの目の前に立っていた。
「勇者の遺児扱いとは立派なものだ。
……お前の首を持っていけば面目も立つ」
ロペの様子に、かつてのような不敵な素振りは薄かった。当然と言えば当然だ。この戦には別の意味で彼の命が掛かっている。何の戦果もなく戦いを終えれば、間違いなく黄金竜はロペを誅殺するだろう。
黄金竜に対して命乞いをするための戦果として……ロペは、フアナを選んだ。
「死ね、フアナ!」
剣を振り上げ、ロペが突撃する。彼は黄金竜の加護を受けた魔人、その身体能力はフアナとは比較にならない。
「うああぁっ!!!」
それでも、聖剣の輝きはフアナを守った。とっさに突き出した聖剣の鞘が、ロペの剣を弾き返す。後退したロペは、自らの剣を見つめると思わず呟いた。
「剣を用意して正解だったな。爪で攻撃していれば手が吹き飛んでいるか……」
ロペが使った剣は、量産品ではあるが安物ではない代物だ。それが、半ばから折れている。素人が鞘を振ったにもこの威力、聖剣の恐ろしさを実感せずにはいられない。
「しかし、所詮は鞘のみ。いつまで続くものか試してやろう」
ロペは折れた剣を捨てると、その辺りに落ちていた石材を拾い上げ……投げた。やっていることは単なる投石だ。しかし魔人の身体能力で投げつけられれば、人間の頭など容易に砕かれる。
「う……こ、こんなのっ!」
フアナは必死に鞘を振るった。凄まじい速度で飛んできた石材は、魔の攻撃と見なされて無事に砕かれる。しかし。
「そぉら、次だ」
この場にロペが使える石材などいくらでもあるのだ。あっさりと次の攻撃が放たれ、鞘がそれを防ぐ。二、三、四……石材は次々に砕かれていったが、その度に鞘は輝きを失っていき。
「きゃあっ!?」
五つ目の石を防いだ代償として、鞘はフアナの手から吹き飛んでいった。その鞘の中にはもう、聖剣の輝きはほんの僅かも残っていない。
「勇者の血脈もここまでだな!」
勝ち誇ったように……いや、まさに勝ち誇ってロペは言う。
もはや勝敗は明確だ。黄金竜の加護を受けた魔人と、聖剣の加護を失ったただの人間。ロペは自らの指先ひとつを突き出すだけで、フアナを殺せる。
「負け……ない、ぜったい、負けないっ!」
だが、フアナの表情に諦めの色はなかった。塔から落ちたと思しき木材を拾うと、剣のように構える。その様子に、思わずロペは爆笑した。いったいそれが何になるというのか。最後の抵抗にすらなりはしない。
「くくくッ……その姿は覚えておいてやろうじゃないか。
兄上の娘はこの俺に、手も足も出ないまま死んでいきましたとな!」
このまま投石で死なせるのはつまらない、自らの手でフアナを殺してやろうと、ロペは足を踏み出し――――
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