第四章 第七話
目の前には王の姿、そして周囲には囲むように立ち並ぶ貴族たちの姿。
魔物と争う戦場には慣れてきたフアナだが、儀礼の場には全く馴染みがない。彼女の目は動揺と混乱で泳ぎ始めていた。
そんなフアナをよそに、アデライーダが剣を床に置いて跪き、俯く。慌ててフアナもそれに習った……顔を伏せながらも、ちらちらとアデライーダのほうを見ていたが。
「顔を上げるがよい」
王の言葉を受けたアデライーダが顔を上げる。フアナも遅れて顔を上げた。
「名を聞こう」
「私はアデライーダ。旅の武芸者です。お目にかかれて光栄です」
「わ、私はフアナです、お目にかかれて光栄ですっ」
流麗に言葉を紡ぐアデライーダに対して、フアナの声は明らかに上ずっていた。失笑を買えばまだマシ、状況によっては無礼とすら見なされかねない態度。しかし、この場に笑う者はいない。
「無理に畏まらなくてもよい。作法は略式で構わぬ。
それよりまず、そなたたちが何をしたのかを聞かせてもらいたい」
鷹揚を通り越して異例とも言える反応を見せた王に、立ち並ぶ貴族たちは驚かず静止もしなかった。彼らもまた知りたいのだ。なぜ自分たちの呪詛がいきなり解かれたのか。暴虐を振るっていた黄金竜の配下に、どうやって立ち向かったということを。
もっとも楽にしろとは言われても、はいそうですかと振る舞えないのがフアナだ。なにせ、どうすればいいのかわからない。そんな彼女を置き去りにして、アデライーダが口を開く。
「感謝いたします。
まず、黄金竜の呪詛を解くことができたのはこの国の勇者ルシアノと、勇者が愛した魔女アラディアの遺産によるものです。
この剣は、遺産の一つ。アラディアがルシアノに与える予定であった聖剣。
そして聖剣を守り通してきたのがルシアノとアラディアの娘……このフアナです」
説明に貴族たちがざわめく。王ですら驚きを隠せない。この国にとって、ルシアノの名はそれほどに重い。かの勇者の死とこの国の凋落の始まりは、ほぼ同義なのだから。
「続けよ」
王の発言は命令ではない。一刻も早く先を聞きたいという、純然たる興味によるものだ。
「では」
かくして、アデライーダは語り始めた。
フアナとの出会いのことから始まり、村での出来事から、商館。ハルディンの街、そして大商館へ。聖剣の力と、ノウンの存在。さすがに自らが大魔王であることは隠したが、ほぼ全てをアデライーダは語った。ただし、あくまでも彼女の視点から、だが。
「…………」
フアナはむず痒そうに体を揺らした。今回は着慣れていない衣装が原因ではない。恥ずかしさからだった。
アデライーダは、フアナを対等の存在として話した。さすがに戦力的に対等とは扱わなかったが、人間たちを立ち上がらせたのはフアナの尽力によるものだと。
フアナ自身は、とてもそうは思えなかった。何から何まで親の遺産とアデライーダに頼り切っていて、自分の力で成し得たわけではない……彼女は、そう自己評価している。
だがアデライーダの説明を受けた王と貴族たちは、その目をフアナへと向けていた。勇者の遺児が民衆を率いて反抗の口火を切る……まさに英雄譚の復活とも言うべき状況で注目しないはずがあろうか。
「よくわかった。
勇者ルシアノの娘フアナよ。これからどう動くつもりか」
「えっ!?」
いきなり自分へと話を向けられ、フアナは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
顔を左右に向ければ、貴族たちもまた勇者の遺児がどう返答するのか注目していた。助けを求めるようにアデライーダを見ても、大魔王はフアナのほうを振り向きさえしない。
「わ、私は……」
言葉に詰まる。どう答えればいいのか分からない。かと言って何も答えないわけにはいかない。明らかに期待されているのが、王や貴族たちの視線だけでわかる。
フアナの頭は真っ白になって……気付いた時には、反射的に思い浮かんだ望みが口からついて出ていた。
「仇を……討ちたい、です」
それは、フアナの心の奥底でずっと燻り続けていた望み。少しずつ火を焚べられて蘇りつつある、彼女の根幹。
辿々しい口調での返答であったが、誰一人として笑わなかった。王も貴族も、そしてアデライーダも、フアナがそう言って当然だと納得できる理由を知っている。ある意味、フアナ以上に。
「確かにロペの奴は、何度殺そうとも物足りぬな」
王は思い出すのも忌々しい、といった様子でその名を口に出した。フアナが討ちたい仇として、これ以上の存在はいないだろうと。貴族たちもまた頷いている。ロペの無礼は彼らの腸を散々煮え返らせてきたのだ。
だが、フアナはそんな王たちの様子に、不思議そうな声を漏らしてしまった。
「ロペ……って、お父さんを裏切った叔父さんのことです、よね?
今も生きてるんですか?」
この反応は当然と言えば当然だ。フアナは父親が弟に裏切られたことまでは聞いているが、その後のことは知らない。魔女アラディアやノウンが確認できたロペの動向がその時点までだったためだ。村人たちに対してもロペは「魔人」として名乗ったため、ロペの名前が出る機会はなかった。
だからフアナは今もその弟――フアナから見て叔父――が生きているとは知らなかったし、ましてや大商館にて村の人間たちを爆弾として扱っていた魔人と同一人物だったなどとは気づきようがない。彼女が討ちたい仇とは、黄金竜とその配下という曖昧なものだ。
王はそれに気付き、少しばかり悩んだ後にアデライーダに問いかけた。
「大商館にて、魔人を名乗る者と戦ったとのことだったな?」
「はい。村人たちを盾や爆弾として使った挙げ句、逃走いたしましたが」
アデライーダの返答に、王はため息をついた。
怨敵はまだ生きているという怒り……そして、生きている以上は当事者に教えなくてはならぬという決断。
「勇者ルシアノの娘フアナよ。
ロペは加護によって魔人と化し、今も黄金の魔王に仕えてこの国に害を成し続けておる」
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