第四章 第六話
フアナと村人たちは馬車を使ってヌエボ・ハルディンの街へと戻った。元々彼らが使っていた馬車はロペの目眩ましを受けた際に破壊されていたが、ここは黄金竜の一大拠点である大商館。馬車も馬も、百人もの人間が乗り切れるほどの数が揃っている。食料や武器防具を回収して積み込む余裕まであったほどだ。
ちなみに、アデライーダが馬車に乗っていたのは僅かな時間だけだった。馬車の上で眠って体調を回復させると、呪詛の解除成功をハルディンの街に伝えるべく跳躍していった。
数日後、フアナたちの馬車がハルディンの街に到着する頃には住民たちの雰囲気もまた変わっていた。懸念通りハルディンの街に新たな魔物が襲ってきたのだが、ノウンとアデライーダの力で誰一人の死傷者もなく撃退することに成功したのだ。特にノウンが呪詛の解除を身を以て証明したことは、戦うことができるという実感を広めるのには十分である。
そこに、士気の高まったフアナの村の人間たちが武器防具と共に到着する。反抗の気運は一気に高まった。
「ほ……他の街や村にも、呪詛が解けたことを伝えましょう!」
盛り上がる街の人間や村人たちの様子を見て、フアナはそう提案した。今こそ全員で戦うべきだと。人間たちはみな頷いたが、意外なことに待ったを掛ける者がいた。アデライーダである。
「まず、本来なら戦う役目を担っているはずの人間に伝えるべきだと思うわ。
こういう時に立ち上がるために、青い血を誇っているのでしょう」
青い血、という表現に首を傾げる者は多かったが、ある程度はアデライーダの意図を理解する者もいた。代表としてノウンが解説に移る。
「王や貴族に呪詛の解除を伝え、決起を促す。
それがアデライーダ様のご意見です。王都へ向かう、ということになるでしょう」
その言葉を受けて、村人たちの一人が提案した。
「別に、どっちかしかできないって事はないんじゃねえか?
俺たちは近くの村に向かって、『借金取り』をぶっ倒して呪詛が解けたことを証明する。
アデライーダさんは王都へ向かう。これでも行けるだろ」
おお、と人間たちが賛同の声が上がる。そして、そのアデライーダは賛同を通り越して、たいそう喜んだ。
「そう言ってくれると、とても楽しいわ」
人間が自ら立ち上がり魔物たちと戦おうとしている、彼女にとっては良いことだ。幸い、興奮している人間たちには「楽しい」に違和感を覚える者はいなかった。
フアナは唯一、それが意図していること――人間が魔王軍に挑もうとすることが「楽しい」――に気付いたが、聞かなかったことにして続けた。
「そ……そうですか。じゃあ私は、みんなと一緒に他の村を」
「なに言ってるのよ。あなたも王都に行かないと」
「え、な、なんで?」
困惑するフアナをぐい、とアデライーダは引き寄せる。
その様子は今にも王都へと向けて跳躍しそうだ。もちろん、しっかりとフアナを抱えて。
「あなたはもう、黄金竜との戦いの中心にいるこの国の『人間』よ。
それなら王を決起させるのはあなたであるべき。
私がこの国の行く道を決めるような形になるのはよくないでしょ」
アデライーダの言葉を、人間たちはこう解釈した――アデライーダはこの国の人間でないから、王と話すべきなのはこの国の人間であるフアナだと言っているのだと。
彼らはアデライーダの正体を知らない。こう解釈するのも無理はない。
だが、それは間違いだ。フアナだけがアデライーダの真意を知る。彼女はこう言っているのだ――大魔王である自分がこの国の方針を決めさせてしまえば、黄金竜と何も変わらない、と。
改めてノウンから地図を受け取ったアデライーダは、またもフアナを担いで跳躍した。
前回と異なる点は目的地と、フアナの衣装。目指す先は言うまでもなく王都オリゲンだ。そしてフアナの衣装は王や貴族と相対しても見苦しくないものに新調されている。アデライーダと対になるような、白いドレス。フアナは道中の間ずっと、着慣れない服をむず痒そうに触り続けていた。
やはり一日掛からず王都へと到着したアデライーダは、フアナを降ろしながらへえ、と呟いた。
「さすがに、呪詛が解けたことにはもう気付いたみたいね」
どういうことですか、とフアナが聞くことはない。彼女ですら分かるくらい兵士たちが慌ただしく動いている。急に呪詛が解けたことで、現状確認の真っ只中らしかった。
「これなら礼儀を欠かすことなく、王と謁見できそう」
「ど、どうやって……?」
アデライーダの行動に慣れたフアナでも、この言葉には疑問を呈した。
魔物との戦いに踏み出したとはいえ、フアナにとってこの国の王は未だに天上の存在。例えすぐ側に大魔王がいても、あるいは大魔王がいることに慣れてしまったからこそ、簡単に王と謁見できるとは思えない。ましてや礼儀を欠かさず、などと。
「私たちが黄金竜の呪詛を解除しました、って堂々と伝えればいいのよ。
状況が分かっていない以上、向こうから応じるはず」
そう言うや否や、アデライーダは手頃な衛兵へと向かってずんずんと歩み寄って声をかける。衛兵の表情は不信から困惑へ、そして驚愕へと変わり、慌てて城内へと駆け込んでいく。
しばらくするとフアナとアデライーダは城内の客室へと案内され、大きな椅子の上に身を縮め座っている時間もごく僅か。すぐに呼び出されて廊下を進むと、あれよあれよという間に王と謁見する事態になっていた。
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