第四章 第四話
「きゃあっっ!?」
外から響いてくる爆音に、思わずフアナは悲鳴を上げていた。
大商館は広く、門から建物までは相当な距離があるのだが、その距離でも響くほどに爆音は大きい。いったい何が爆発しているのかフアナにはわからないが、かなりの爆発であることはわかる。
思わず、フアナは自分の腕を見た。文字は薄くなってきているが、まだ残っている。魔導具である羽ペンも稼働しているようだ。つまり黄金竜の呪詛はまだ消えておらず、干渉のためには大商館から逃げるわけにはいかないということ。
「わ、わっ」
そうしている間にも、爆発音が大気を揺らした。羽ペンと自分の腕を交互に見比べ始めたフアナだが、それで干渉が速まるわけでもない。ただ無為に顔を動かすことしかできない彼女をよそに、新たな爆発音が響く。外でいったいどんな戦いが起きているのか、とうとう耐えられなくなったフアナは上階へと走り出した。羽ペンが干渉できる範囲から外れない場所で、外の様子を見る手段はないかと思ったのだ。
上階から更に監視塔へと結構な時間を掛けて登ったフアナだが、しかしそこから外を見ても詳細は掴めなかった。彼女の視力はあくまで常人の範疇でしかなく、まだ戦いが続けているくらいのことしか分からない。
ただし、それは何も使わなければ、の話だ。
「これ、は…………?」
監視塔には、見張り用の望遠鏡が備え付けられていた。アデライーダが大商館を襲った際は、あまりにも高速で接近したために大商館を守る魔物たちの役には立たなかった。
しかし今の戦いでは、相手は陣形を維持してほとんど動かない。故に、望遠鏡を覗き込んだフアナは敵の姿をはっきりと捉えることができた……できてしまった。
「む、村の人たち……!?」
アデライーダへ向けて、見知った顔が魔力光を放っているのが見える。アデライーダはその魔力光を回避すると同時に望遠鏡の視界から消えた。動きを追おうとしたフアナだが速すぎて望遠鏡の視界に収められるものではなく、諦めて村人に視線を戻した。
そして村人たちの背後に陣取っている存在……魔人が村人を掴み、放り投げるのに気付いて。
「えっ」
慌てて望遠鏡を動かしたフアナの目に映ったのは、見知った顔が爆散する光景だった。
「え……えっ?」
フアナは呆然とするしかなかった。なぜ人間が、それも知っている相手が爆発するのか、全く訳がわからない。ただ、爆発跡に村人の肉片らしきものが残っているのを見て……思わず吐きそうになった。
聖剣を奪われそうになった経験があっても、フアナは村人たちを憎んでいたわけではない……少なくとも、死んでほしかったとは思っていない。幼いフアナを受け入れてくれたのも、同じ村人たちなのだから。
吐き気をこらえようとした結果、思わずフアナは望遠鏡に頭をぶつけてしまって視界がズレた、いや戻った。望遠鏡が映すのは、魔人が楽しげに爆発を眺める様子。彼女は叔父であるロペの顔を知らない。だから今見ている相手が国を裏切った存在であることも、父親の仇であることにも気付けない。ただ、それでもわかったことがある。この状況は、間違いなくこの魔人が生み出したものなのだと。
思わずフアナは拳を握りしめ……その感触でふと腕に違和感を覚えて、望遠鏡から目を離した。
アデライーダは、苦戦していると言ってよかった。
「ここまで痛いのは、久しぶりね」
自嘲の笑みを浮かべながら、魔力光の雨を潜り抜ける。足を止めれば人間爆弾が飛んでくる、動き続けるしかない。
本来であれば、この程度の爆発は苦にならないが……投げつけられるのが人間という点が今のアデライーダに対して凄まじい効果を発揮していた。いっそ聖剣を手放して治癒力を取り戻そうか、とも思ったが、すぐにその考えを捨てた。たとえ爆弾として扱われていても、連れてこられた村人たちの身分は黄金竜の配下という事になっている。そして聖剣がなければ黄金竜の配下に対して攻撃ができない。つまり人間たちに対する攻撃ができないことは変わらないままで、更に魔力壁や魔人に対してまでも攻撃が出来なくなるということ。
何より、聖剣はフアナから預かったものだ。敵に拾われかねない状態で放り出すのは無責任にすぎる。魔物だけが相手ならば聖剣が逆らうだろうが、人間がいる以上そのまま奪われてしまう可能性がある。
だがどうやって攻撃するのか、全く思い浮かばないのが問題だった。ゴブリンのイリダールが相手だった時のように、人間たちを戦闘不能にした上で魔物を撃破する方法は使えない……間違いなく、近づいた時点で爆発する。かと言って先にロペを狙おうとすれば人間の盾。確かに聖剣の特性についてよく考えた作戦で、しかもアデライーダの神経を逆撫でするやり口だった。
接近も撤退も出来ないアデライーダの周りに、魔力光が着弾した。爆発ほどではないとは言え、衝撃が音となって空気をかき乱す。しかし、アデライーダの耳は確かに聞き分けた。ロペが率いる村人たちとは真逆、大商館から聞こえ始めた音を。そして、声を。
騒音の中でアデライーダだけが理解することができた声は、大商館の中からフアナが叫んだ合図。その意図を、アデライーダは確かに聞き届けた。
大商館の壁が、突如として光った。村人が魔石から放っている魔力光と同種のもの。それは大商館の防衛機構のうち一つが起動した証拠であり、その防衛機構から放たれた魔力光は……ロペに向けられていた。
ロペを狙った魔力光は、しかし、あっさりと村人の展開している魔力壁に防がれる。当然と言えば当然だ。魔力光を放ったのは素人のフアナ。大商館の防衛機構は魔法に馴染みのないゴブリンやオークでも使えるように、宝石に軽い刺激を与えるだけで魔力が反応して魔法を放つ仕組み。つまり、村人たちが持っている魔石と同じものである。使用者の力量が関係ない魔石の攻撃を、同じ魔石で防御できるのは道理。
「バカな」
しかし……村人たちが防いだにも関わらず、ロペは唖然としていた。攻撃されたこと、そのものがあり得ないというように。
「気付いたようね」
更に勝ち誇ったように、アデライーダが笑う。村人たちは困惑したように顔を見合わせた。他ならぬ村人たち自身にも関係する話だというのに、当事者である彼らが気付いていなかった。
「今の攻撃はね、フアナがやったのよ。
黄金竜の呪詛を受けた人間であるフアナが、黄金竜の部下であるそいつへ向けて攻撃することができた。聖剣は私が持っているのにね。
その意味がわかる?」
アデライーダの言葉に、ざわざわと村人たちが騒ぎ始める。この説明だけでも、この国の人間にはどういうことなのか理解できる。だが、村人たちは信じられなかった。そんなことがあり得るのかと。今まで徹底的な支配を受けていたのに、それがいきなり終わることがあるのかと。
だからこそ、アデライーダは断言した。
「フアナは黄金竜の呪詛から解き放たれた。
それだけじゃない……おそらく、あなたたちも解放されている!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます