第四章 第三話
敵集団の前に降り立ったアデライーダは、眉をひそめた。
崩壊した大商館の門前は、既に黄金竜の手勢と思しき集団によって包囲されていた。大量の馬車から降りてきたその集団のほとんど、いや一人を除いた全員が人間である。更にたちの悪いことに、ほとんどがアデライーダにとって見覚えのある相手。現れた人間は皆、フアナの村にいた村人たちだった。
姿を現したアデライーダに話しかけてきたのは、その集団の中で唯一人間ではない者……魔人だ。
「いやはや、『人』員を集めている間に大商館を落とすとは。
さすがは聖剣の持ち主と言うべきか?」
余裕たっぷりと言った様子で、魔人ロペは手を広げる。相変わらずの大仰な身振り手振りで、しかし決して前に出ようとはしない。村人の後ろに隠れている。
「この聖剣について知っているようね」
「ああ、お前と戦った挙げ句に逃げ出した人間どもが聞かせてくれたよ。
全く使えない連中だ。責任は取らせたがね」
ロペが言っているのは、イリダールの部下だった人間たちのことだ。彼らは逃げ出した後、ロペに回収され……報告を終えたあと、用済みとして処分されている。
その事に関しては、アデライーダが知る由もない。だが現状の、村人を盾にしている状況だけで大魔王の不興を買って余りある。
「その点、村の人間たちはとても勤勉でな。
その聖剣を隠していた娘について詳細に話してくれた上に、そんな娘と共に暮らしていた責任を取ってくれるそうだ。
なぁ、お前たち?」
「は、はい!?」
ロペから問いかけられた村人が、びくんと跳ねるように反応した。言うまでもない、恐怖のためだ。
「安心しろ、あの聖剣使いが人間を傷付けられないのは実証されている。
聖剣が呪詛を無視できるのは魔物や障害物を斬る時だけらしい。
だからお前たちは安全だ。
聖剣使いを殺して、一緒にいるはずの娘もちゃんと探し出して殺す。できるだろう?」
「へ、へへへへ……」
ロペが親しげに村人の背を叩いたが、その村人が浮かべた笑みは明らかに引き攣っていた。フアナを引き渡さなかった、たったそれだけの『責任』を理由にして強引に徴用したのは明らかだ。
アデライーダには村人に対する情はない。故に彼女が怒る理由は、魔人が見せる振る舞いそのものに対してである。
「弱い人間を盾にして、自分は後ろから見ているだけ。恥ずかしくないの?」
「は?」
アデライーダの言葉に、ロペは首を傾げていた。
決して前に出ようとせずに指図だけを続ける魔人のやり口は、大魔王にとって癪に障る。まだゴブリンのイリダールのほうが、最後に自ら挑んできた分この魔人よりマシだとアデライーダは思い始めていた。
しかし、ロペにとっては弱者に戦いを押し付けることなど全く恥ではない。
「人間へと手を出せないのならば、人間を壁にするのが作戦というものだ。
敗北を前にした負け惜しみにしか聞こえんな!」
国を、兄を、勇者を裏切って魔人と化した男……それがロペだ。弱者に戦いを押し付けて、恥だと思う感性などあるはずがない。
「では、人間どもよ。教えた通りに宝石を使え。
攻撃に使う魔石と防御に使う魔石、この二つを使えば誰でも戦うことができる。
あの聖剣使いを殺した暁には、お前たちの不始末はなかったことにしてやろう」
「……う、うおおおおおおおおお!!!」
ロペの言葉に、村人たちが一斉に宝石を掲げた。徴用された村人の数は百人前後、更に馬車で運んできた宝石は質も量もイリダール以上。
以前とは比較にならない密度の魔力光の雨がアデライーダを襲い……そして、あっさりと避けられた。
「ゴブリンの時とは違うわね」
空へと跳んだアデライーダが大気を蹴り返して跳ねると、聖剣を振るった。彼女の言葉に反して、イリダールの時よりも遥かに分厚い魔力壁がイリダールの時と同じように割れる。人間に振るわない分には、大魔王と聖剣の組み合わせが脅かされる心配はまったくない。
そのまま、アデライーダは指揮官であるロペに向けて跳んだ。彼女がイリダールの時と違うと判断したのは、戦意の有無。村人が無理やり戦わされているのは明らかだ。指揮官さえ倒してしまえば、戦いは終わる……そう、彼女は判断したのだ。
村人たちを跳び越して迫るアデライーダの姿に、ロペは一人の村人を掴んで盾にした。聖剣がアデライーダを止めようとする。アデライーダは舌打ちしながら、軌道を変えることを試みた。
横なり後ろなりに回り込んで、村人を避ける剣筋で魔人を突き刺せばいい……アデライーダがこう考えたのは当然と言える。彼女とロペの間にはそれが成立するだけの速度差があった。
「――え?」
軌道を変えることが、間に合ったのであればの話だが。
ロペが盾にした村人が、何の前触れもなく爆発した。それもアデライーダだけを飲み込む指向性の爆発。聖剣による静止を受け始めていた彼女は、その爆発を真正面から浴びてしまった。
大商館の門へ叩き戻されるように吹き飛ぶアデライーダ。村人たちにとっては魔力光を浴びせて追撃する絶好の機会であったが、魔力光は放たれなかった。爆発に驚いたのは、村人たちも同じだったからである。
「魔人様……今の……は?」
「見れば分かるだろう。人間爆弾だが?」
かろうじて問いかけることができた村人に対して、ロペは当然だと言わんばかりの様子だった。
「聖剣使いは人間を攻撃する際に弱体化するようだ。
ならば聖剣使いとお前たちが接近した状況で、最大の火力を出せるように仕込むのは当たり前ではないか。
どこから近づいてきても問題ないように……な?」
村人たちが揃ってざわめき始めた。確かめるように自らの胴体を触り始めた者もいる。ロペの発言は、言外に告げていた。お前たち全員を爆弾化している、と。
急速に戦意を失った村人たちに、ロペは肩をすくめた。明らかに彼の発言と行為が原因にも関わらず、責任を感じた様子はまったくない。
「やれやれ、いいかお前たち……」
「ひっ!?」
近くにいた村人を、ロペは掴み上げた。
「戦わないというのであれば、こうなる」
「あああああああああああああぁ!?」
掴んだ村人を、ロペは魔人の膂力で投擲した。
アデライーダへ向けて投げつけられた村人は悲鳴を上げながら爆発。その衝撃から、かろうじてアデライーダは逃れた。本来の彼女であれば投擲物を撃ち落とすくらい容易かっただろうが、投擲物が人間であるが故に攻撃を加えられず、回避することしかできない。
そして、撤退もできない。大商館の中にはフアナがいる以上、アデライーダはここで戦い続けるしかない。
「理解したか? 理解したのなら、戦いを続けることだ」
ロペの命令に、慌てて村人たちはアデライーダへの攻撃を再開した。
この状況でもなお、魔人に逆らおうとする者はいなかった。
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