第四章・魔王と勇者
第四章 第一話
ノウンは元々、フアナの父親である勇者ルシアノが魔女アラディアの元にやってくる前から起動していた。その頃のノウンは、あくまでアラディアの手伝いや支援を行うための一般的な魔法人形だった……とはいえ、アラディアが特に優れた魔女であったため、ノウンもまたその技量によって精巧に造られてはいたが。
だがルシアノの訪問と恋によって、ノウンには改造が施されていく。最初は、聖剣を作る相方を任せるための改造。次は、国に戻った矢先に裏切られたルシアノを、共に助けに行くための改造。どちらも重視したのは独立性だった。聖剣の作成にせよ戦闘にせよ、ただの手伝いではなくある程度自律して動いてくれることが必要だったのだ。当時のアラディアのお腹には、フアナがいたのだから尚更である。
「アラディア様は、よく悔いておられました。
せめてこの子が産まれるのを待ってから向かうべきだった、と。
無理を承知でこの国へと急いだにも関わらず、ルシアノ様を助けることはできなかったのですから」
「………………」
ノウンの説明に、フアナは答えられない。母親を責めたくはないし、父親を助けたかった気持ちも分かる。けれど、思ってしまう。もしアラディアがこの国の外でフアナを産んでいたら、違う生活をしていたのかもしれないと。
意味のない想像から逃れられないフアナをよそに、ノウンは説明を続けていく。結局、アラディアがこの国に辿り着いて事態を把握した頃にはルシアノは殺されていた。復讐を行うにも、魔王の一人である黄金竜の勢力はあまりにも強大。そして、国から脱出することも叶わなかった。黄金竜配下との戦いでノウンの足が失われてしまったのだ。
当時のアラディアの状況では完全な修復ができず、最低限の歩行機能を維持するのが精一杯。更にアラディアのお腹にいたフアナも大きくなっていき、そして産まれて……子育てのためにも、どこかの街に居場所を定めるしかなかった。そして選ばれたのが、ヌエボ・ハルディンの街だった。確保した住居を工房に作り替えた後に偽装を施し、ノウンの足を見かけだけは人間らしいものにして、アラディアは薬屋として街に住み着いた。
やがてフアナは大きくなって、別の街や村に向かうくらいなら耐えられる年齢になった。聖剣も無事に完成した。しかしそのために、様々な物資を集めすぎた。探れば十分な足がつくほどに。
街の住民から秘密が漏れることを避けるためにアラディアは別の街へと移ることを決意したが、問題はノウンだ。先に述べた通りノウンの足は長距離の移動に耐えられる状態ではなく、ノウンをハルディンの街に残していくしかなかった。
残ったノウンは、アラディアが行っていた研究を独自に進めることにした。黄金竜の呪詛への対策である。魔法人形であるノウンすら、既に黄金竜の呪詛に囚われている。しかし、逆にそれを活かして呪詛を解析していこうと考えた。
幸い、街へと赴任させられる魔物はオークやゴブリンと言った魔法が不得手な個体が多い。そのため工房の偽装も、不完全な足も、見破られることはなかった……魔物には。
順調に研究を進めていたノウンだったが、ある時事件が起こる。人間ではないことが街の住民に露見してしまったのだ。街を去ったアラディアが製作者であり魔女であったことも、芋づる的に明らかになった。
薬屋として街に貢献していたためすぐに密告されることはなかったが、借金を払うために売り飛ばそうと考える者がいたことは否定できず、ノウンは研究の方向性を街の住民に対して媚びる方向へと調整せざるを得なくなった。
「そして、ワタシが完成させたのがこの羽ペンです」
「羽ペン?」
アデライーダは結果的にフアナの詳細な経歴を聞くことになって、興味深そうにしていたが……羽ペン、という言葉には首を傾げた。羽ペンに魔力があることは感知できた大魔王だが、なぜ羽ペンという形を選んだのかが全く想像もつかない。
「ワタシは、黄金竜の呪詛が金銭契約を元にして構成されることに注目しました。
そして黄金竜とその一党は、金銭契約のために帳簿を付けている。
であれば、黄金竜の呪詛は金銭契約を記した帳簿と、相互に影響し合っているのではないかと予想しました。
魔力を以って帳簿を書き換えれば、呪詛にもまた影響が及ぶのではないかと。
帳簿を書き換える魔導具として適切な形は、ペンが妥当です。
本物のペンのようにインクで帳簿を書き換えるのではなく、魔力で遠くから書き換える形ではありますが」
かくしてノウンが完成させた魔法の羽ペンは、魔物がハルディンの街に持ち込んだ帳簿を工房から書き換えた。魔力によって書き換えられた帳簿は、ノウンの想定通りに黄金竜の呪詛へと干渉。街の住民が魔物へと支払う金銭や物品を、本来より少ない量で誤魔化すことが可能になった。
そう説明するノウンに、首を傾げたのはフアナだ。
「え、えっと……なんで、支払うもの、だけなんですか?
その気になれば借金そのものをなくすことだってできるんじゃ」
「この街に持ち込まれた帳簿が、最低限の内容だからです。
街に赴任した『借金取り』と呼ばれる魔物の立場はあくまで末端。
任されている帳簿も、徴収を管理するための最低限の内容しか記されていません。
帳簿に記された内容が少ないために、呪詛への干渉も小規模が限界でした」
本来であれば、もっと大規模な干渉が可能になるまで魔法の羽ペンの使用を控えるつもりだったのだ。だが街の住民たちからの感情は日に日に悪くなっており、ノウンは一刻も早く自分が存在することによる利益を示さなくてはならなかった。
最初は半信半疑で支払いを偽っていた住民たちだったが、本当にバレないことを確認するとノウンに礼を言い、街を去った魔女に感謝した。
そして、魔物への支払いを堂々と偽るようになって街は栄えた。魔物への対策として武具を揃える者に、未来への投資として開発に力を入れた者もいれば、ただ贅沢や奢侈に金を注ぎ込んだ者もいる。ともあれ、街に住む人間の暮らしは豊かになった。豊かになって……
「黄金竜に疑われてバレたのが今回の事件だろう、と」
ノウンの説明を、アデライーダはそう結んだ。反論はない。ノウンもそう見ているからだ。
ハルディンの街は長期に渡って支払いを偽り続けていた。帳簿を書き換え呪詛に干渉していても、長引けばどこかで魔物が違和感を覚え始めて当然だ。もっとも、それに気付かずに監視役としての務めを果たせなかった『借金取り』は粛清の憂き目に遭ったわけだが。
「あ、あの……帳簿に書かれてる内容が少ないから、最低限の干渉しかできなかったんですよね?
じゃあ……もし借金について細かく書かれている帳簿があったら、黄金の魔王の呪詛を消せる?」
フアナの問いは希望的観測にも見えるが、そうでもない。なぜなら、ノウンはずっとそれを念頭に置いて研究を続けていたからだ。
「はい、できます。ワタシはそのために、この魔導具を強化し続けてきました。
帳簿の内容が詳細であれば、フアナ様が仰る通りの干渉が可能でしょう。
ただし詳細な帳簿があるだろう商館には、未だに魔導具の力が及びません。
単純な距離の問題として、街中……もしくは街の近くに帳簿がないと書き換えられないのです。
帳簿にさえ力が届けば、呪詛を掛けた者と掛けられた者がどこにいようとも干渉できるのですが」
「つまり商館を制圧してここに帳簿を持ってくれば、黄金竜の呪詛は万事解決ということかしら?」
「いいえ」
アデライーダの予想に、ノウンは首を振ると……魔導具である羽ペンを差し出した。
「商館へ出向き、その場でこの魔導具を行使するほうが早いでしょう。
この魔導具の所持者は、自らの呪詛の状態を確認できるようにしてあります。
解除の成否はそれで判断できます」
「各地の商館を巡れっていうこと?」
「いいえ。
この国には黄金竜の一派が建てた商館がいくつもありますが、そのほとんどは各地域ごとに情報をまとめるための支部です。
しかし、その支部の情報を更にまとめ、国全体の商取引を管理する本部と呼べる拠点が一つあります。
それが、大商館です。
大商館に保管されている帳簿を全て書き換えることができれば、この国の人間を黄金竜の呪詛から解放することも可能でしょう」
「ほ、ほんとに!?」
「この国の……ね」
フアナが思わず大声を出してしまった一方で、アデライーダの声色は平坦である。
当たり前のことだが、彼女はこの国の人間ではない。この国における債権を管理する大商館に帳簿が保管されている可能性はまずないだろう。
むしろ大魔王が相手の帳簿となれば、黄金竜が直々に管理していてもおかしくはない。大商館を制圧して魔導具を行使しても、アデライーダが黄金竜の呪詛から解放される望みは薄い。
「あ…………」
それに気がついたのだろう、振り向いたフアナが気まずい顔をする。だがそんなフアナをよそに、アデライーダはあっさりと羽ペンを受け取った。
「呪詛がなくなれば、戦わずして魔物の支配を受け入れる人間も減るでしょう。
せめてあの男の子くらいには、魔王を敵として見てくれなくちゃ」
くるくると羽ペンを回しながら、アデライーダは大商館へ向かう意欲を見せた。
この国の人間が黄金竜の呪詛から解放されることは、彼女にとっても喜ばしいことだ。魔物に対する戦意を失って唯々諾々と従うだけの人間たちは、大魔王にとっても不愉快なのだから。
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