第59話 親父の掌上







  ヒナコさんの望む逃走劇が、そろそろ始まるかって頃合いに、思わぬ乱入者が入ってしまった。


 ライフルを背負った冒険者と思わしき女性3人組が、ギルドの入口に向かって駆けて行く姿を確認した時には、計画が失敗したのだと悟り、ナギさんに向かってアイコンタクトを一つ送った。


 入口を囲むようにガソリンをばら撒き、ヒナコさんと親父が出てくるのを待っていただけに、予想外の事態に混乱する俺を余所に、ナギさんは全く動じる様子がない。


 冒険者の女性3人組は、ギルドの入口に到達し、営業時間前であり、嵐の前の静けさそのものな状況で普通に入っていった訳で、状況としては異質そのもの。


 もしかして、あらかじめこうなると知っていたのだとしたら……彼女たちは、これから起こるべくして起こる混乱に乗じて、なにをしようとしているのだろうか?


 計画に変更はないのだろうか?


「トラノスケ、計画に変更はない。ただ、お前の親父は……逃走劇には加わらない」


「ナギさん、どういうことですか?」


 突然のことに気が動転する俺に対し、ナギさんはただ淡々と、まるでいつものことのようだと言わんばかりに微笑みを浮かべた。


 若い俺には理解できないことだろうけど、前世を含めて親父と長い時を過ごしたナギさんには、親父のやりたいことをよく理解しているのだろう。


 ただただヒナコさんのミラクルによって景品にされただけだと思っていた俺は、親父の手の平の上で踊っているだけなのだろうか?


「今、お前にとって予想外のことが起きただろ? だが、これもあいつの計算のうちらしい……映画のような脱獄劇を演出すれば、まるでこっちが真打のようだろ? トラノスケ、あたしらは大物を釣るための最高の囮なんだよ」


 最高の囮?……俺は、親父に出し抜かれたのか?


 ヒナコさんのミラクルも計算のうち?……いや、それはないな。


 多分、ヒナコさんのミラクルから、なにか思いついたのだろう。


 優れた状況判断能力というのか、親父の機転一つで思うがままってか?


 クソが……俺は親父のことを、親父の恐ろしさをなに一つもわかっていない。


 親父、あんたはいったいなにを企んでいる?……いや、今は考えるだけ無駄だろう。


 今、俺がなすべきことは、ヒナコさんの逃走劇を助けるべく、最高の演出をすることだ。


『Grrrrrrrrr!!』


 ああ、ついに始まったか……ギルドの中から非常ベルの音がけたたましく鳴り響き、いつもと変わらず淡々と始まるはずだった日常が、急転直下。


 まるで混沌とした非日常へと変貌し、ギルドの職員たちからしたら最悪な一日の始まりだろう。


 そろそろヒナコさん、親父が飛び出てくることだろう……『banbang!』……あぁ、どうやら本当に最悪な一日が始まったようだ。


「トラノスケ、窓を開けとけ。しくじるなよ?」


「えぇ、ところでグーニーズって、こういう始まり方なんですか?」


「いや、もう別物、ある意味でオリジナリティー満載だ」


「ヒナコさん、怒らないかな?」


「お前がいるから、きっとご機嫌だろうな?」


「そうだといいですね……ところでリテイクは?」


「ねえよ」


「「HAHAHA!」」


 一匙のジョークで笑えば、幾分かリラックス出来たことで、どうかしくじらないように祈っているうちに、ギルドの入口を注視していれば小さな人影が一つ。


 続いて大きな人影が一つ、入口から躍り出た二つの影は、俺とナギさんの乗り込むチェロキーに向かって一直線。


 ヒナコさんと親父を迎え入れるべく、後部座席のドアを開けようとするも、こういうときに限って何故か開かない!?


 おいおい、勘弁してくれよ!?


 後部座席のドアを開けようと何度も引っ張るヒナコさんを見かねたナギさんは、「ヒナコ! 上から乗り込め!」と、サンルーフを指し示したその時には、最高の笑顔を浮かべながら機敏に動き、車内へと飛び込んできた。


 きっと前世で見た映画のワンシーンを再現できたからなのか、ヒナコさんはとってもご機嫌な一方、親父は乗り込もうとする様子すら見せず、ギルドの職員たちを相手に笑いながら銃を突きつけていた。


 おいおい、本当に逃走劇に加わらないのかよ?


 親父はギルドの職員を射線に捉えたまま、俺たちに視線を向けて吠えた。


「トラノスケ! ここは俺に任せて早く行け! 早く地面を撃t『BANG!』……ヒナコ! 俺を撃っても意味ねえよ!? 地面を撃て! この下手くそ!!」


 いつの間にか後部座席の主となったヒナコさんは、窓を開けて援護射撃を放つも親父を掠めるオウンゴールをかまし、近眼ゆえに射撃が下手なのは相変わらず。


 このままヒナコさんに撃たせ続けたら、いくら不死身の親父だろうとぽっくり逝きそうなので選手交代。


 俺の知らない前世の映画のような演出が出来るのか、それは引き金を引いてからのお楽しみか───。







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チート魔王(元、今ニート)とチート嫁が行く、異世界ダンジョン夫婦漫才紀行 あら フォウ かもんべいべ @around40came-on-babe

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