第58話 トラノスケ、メタる







  俺、トラノスケ・フォン・カスガは、一応ファンタジックなこの世界にて、敬愛なるクソオヤジのユニークスキルでレンタルしてきた、1984年型のJEEP チェロキーに乗り込み、鬼神の魔女であるナギさんと共に車中泊をした。


 親父たちに馴染みある前世も、俺にとっては異世界のファンタジー的なおとぎ話のようなもので、その世界の乗り物に乗って過ごした以外、特に何事もなくいつもと変わらない朝日を拝んだ。


 早朝のギルド前には、なんら人影もなく静かなそのものであり、まるで嵐の前の静けさそのものであった。


 そして今、『魔王と智天使の息子は、賭けポーカーの景品にされてしまい、囚われし敬愛なる元魔王のクソオヤジと、放浪の魔女の脱獄を手引きすることになった件について』……的な、説明をしたところで、理解できる人は果たして存在するのだろうか?


 なんだろう、むしろ親父とヒナコさんの前世にありそうな、長文タイトル的なウェブ小説のようなものは!?


 そもそもこの作品もさ、引退した親父と母ちゃんが、ダンジョンを探索しながら夫婦漫才的な物語になる予定だったけど、蓋を開けてみたら……ファンタジーもクソもない、基本的に魔法を使わない脳筋たちが、パワープレイでダンジョンを強引に突破、時に爆破するコメディかと思いきや、シリアスパートがちょっとやり過ぎな、ジェットコースターと化した。


 結果、ダンジョンものから大いに脱線して、いつの間にか俺が主人公のような扱いになっている。


 いっそこのまま主人公を交代して、親父を本当に引退させるのもありだな……ああ、それならばヒナコさんの願いを叶え、その一方で親父だけは、大人しくお縄についてもらったままでもいいかもね? HAHAHA!


「トラノスケ、観客相手のメタな説明はもういいだろ? そろそろやるぞ、ジェリ缶に入ったガソリンを、ギルドの入り口を囲むように撒いとけ……ああ、間違えてギルドを燃やさないように頼むぜ?」


「ナギさん、木造じゃないから大丈夫ですよ?」


「トラノスケ、何が起こるかわからないファンタジーな世界だぜ?」


「ナギさんこそメタな話じゃないですか?」


「「HAHAHA!」」


 ナギさんと冗談を言い合い、一頻り笑い倒せば、そろそろギルドも騒がしくなる頃合いか。


 親父とヒナコさんが動くとなれば、神速の如くであることに間違いなく、俺が遅れを取ればヒナコさんの願いは叶わず、スリリングなかーチェイスをするまでもなく、作戦は破綻することだろう。


 よし、作戦の成否は俺の行動にかかってる。


 過去の英雄たちよ、俺の活躍を刮目してくれよな?


「よし、トラノスケ」


「はい、始めましょうか」


 運転席に掛けるナギさんの一言を合図に、スイッチが入った俺は、助手席のドアに手を掛けて降車すれば、しばらくぶりに触れた地面の感触を確かめるように踏みしめながら、車体後部に向けて数歩。


 トランクを開けれ放てば、ガソリンで満たされたジェリ缶が一つだけ、ポツンと置かれているだけのがらんどう。


 ジェリ缶を手に取ればずっしりとした重みが伝わり、蓋を開ければガソリン特有の臭いが、鼻を突き抜けていくのだ。


 さ、ヒナコさんのリクエストに応えるべく、ギルドの入り口を囲むようにガソリンを撒き始めれば、いよいよギルドの中は騒がしくなってきた様子だ。


 よし、間に合ったか。


 ガソリンを撒き終えてすぐにジェリ缶を投げ捨てて、JEEPの助手席に駆け込んでホルスターから拳銃を抜き、スライドを引いた。


 ナギさんの扱う拳銃と同じ、ブローニング HPの薬室に弾が装填されたことを確認した俺は、ギルドの入り口に注視して、いついつか出てくるであろう親父とヒナコさんを待っている時間が、緊張からか、短いはずなのにとても長く感じた───。







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