第47話 残り香と共に








  前世で不運な最期を迎え、新しい世界へと導かれたのは私だけではない。


 志半ば、前世で夢見た聖職者になれなかった私、ジェニファー=ズザンネ・サマーフィールドは、皮肉なことに新しい世界で新人女神として、迷える子羊たちの水先案内人を務めることになった。


 夢が叶ったのか、ただ与えられただけなのか、それとも求め続けた結果、神様から授けられたのであれば、日々神様に感謝して使命を全うするだけ。


 私の飲み込みが早いのか、見習い期間はそう長くもなく、すぐに独り立ちさせるなんて……ちょっと人材不足にも程があるんじゃないかしら?


 この世界を創造した神様は、いったいどんなものなのかわからないけど、ジャパニーズ並みのワンオペ長時間労働なんてクレイジーだわ!?


 残業なんて冗談じゃないわ!?


 もっとも、前世と違って、色々と恩恵を受けているから肉体的、精神的に全く苦じゃないし、戦地と比べたら天国なのは言うまでもないわ。


 もちろん、職場は天国そのものよ?


 そうして一端の女神になったというにはおこがましいけれど、新しい世界の仕事にやりがいを感じた私は、様々な事情でこちらへと転生してきた人々の相手をしていたわ。


 大概は前世での不運な事故、あるいは人生に絶望した末に亡くなった人たちに対し、何かしらのギフトを与え、最高の第二の人生を送れるように幸運を祈って導く、なんとも女神らしい日々を送っていたある日のことだ。



 私の目の前に突如として出現した、少女と見紛うくらいに小柄で童顔、見るからに東洋人顔のショートヘアーで眼鏡が特徴的な女性は、雲の上に仰向となったまま転がり、ただただ虚空を見つめていた。


 女神の特権としてのユニークスキルでもって早速、彼女の記憶を覗こうにも……どこか満足げな表情を浮かべて、感慨深そうに陶酔する彼女の表情を眺めていれば、今話しかけたり記憶を覗いたりするのは野暮かもしれないわね?


 見たところジャパニーズのようだけど、こういう時は空気を読むのも大事ね。


 そうしているうちに無音のまま、まるで瞑想でもしているかのような彼女も私の存在に気付いたのか、レンズ越しから刺すような鋭い眼光を私に向け……って、ちょっと、男性じゃないのにあなた、どこに目を向けているのかしら?


 あなたも十分魅力的な女性よ?……ジャパニーズ・アーミーの高級士官の軍服、少佐の階級章が目に入れば、国が違っても反射的に直立不動の姿勢になるぐらいに緊張するわね?


 戦地特有の匂いをお供にして……ほんのわずかに私の大好きな人の残り香を纏っていることを除いて、あなたは本当にキュートでクールよ?


 そんな私の持ち物にどこか羨望の眼差しを向けつつ、存分に堪能したのか、ため息を一つ吐いて立ち上がった彼女は、直立不動の姿勢で私と目線を合わせたことで、小さいながらも軍人らしい凄みを前にした私は、式典のようにピシっとした敬礼をするのは言うまでもないでしょ?


「……Japanese army major?(日本陸軍少佐?)」


 一応、私の認識に間違いがないかの確認を兼ねて、彼女に向かって小声で囁けば、レンズ越しの視線がより鋭くなり、思わずたじろぎたいところだけれど我慢我慢……。


 前世で染み付いた習慣はお互い様か、彼女もピシっとした見事な敬礼を返し、すぐに下げてくれたことで少しは気が楽になるわ。


 それからほんの少しの間を置き、瞬きを繰り返した彼女は、吟味するようにしてから口を開いた。


「Yap! I am HINAKO KAZAMI. He was a Japanese major(そうだ。私の名前はヒナコ・カザミ。日本陸軍少佐だった)」


 高級士官らしく、国際感覚を身に着けたジャパニーズの彼女に対し、私から贈るささやかなギフトは、ほんの僅かな残り香と共にやって来た、大好きな人の国の言葉でもってヒナコ、あなたを歓迎するわ?───。







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