第45話 ヒナコの走馬灯







  不思議な水晶玉に映るナギさんは、新しい世界で今を生きていて、私も彼女と同じ権利を授かったらしい。


 仏にでもなれば、私も無実っていうのか?


 私の心は未だに晴れることなく、ナギさんのことを直視なんて出来やしない。


 ジェニー、女神よろしくお前は私の罪を赦すっていうのか?……向き合えって言うならば、いくらでも向き合ってやるよ。


 ……もっとも、記憶を覗いたお前には、全てお見通しなんだろうけどね?


 だったら私の懺悔を存分に聞いてくれよな。



 私が前世で犯した罪、それはある作戦において、敵陣に斬り込もうとする大東亜戦争ムーブのナギさんとカスガを援護するべく、後方より最適な座標へと打ち込んだ重迫撃砲による支援砲撃が、不運にもオウンゴールをかましてしまったことでナギさんは死亡、カスガは意識不明の重体となり、自らの過ちに頭の中が真っ白のまま、呆然と立ち尽くし……やがて、精神が崩壊するまでそう時間はかからなかった。


 作戦終了後、私はナギさんの遺体、重体のカスガと共に後送され、本国へと帰還することになった。


 とても大きい存在だったナギさんは、すっかり小さくなってしまい、もう彼女は語ることも笑うこともなく、私のミスによって突如として命の炎が吹き飛んだ。


 最愛のカスガも明日があるのかわからないまま、日々は過ぎていき、彼の生きる意志の強さでなんとか持ちこたえていたものの、私は耐えられなくなって逃げ出してしまった。


『仕方のないことだ』……誰もが口を揃えてそう言ったけれど、私にとっては、なんら慰めにすらならず、自責の念が増幅していくばかりであり、ナギさんの最愛の夫である、イナ中佐の悲しみを堪えながらも気丈に振る舞う様を直視できなかった。


 ナギさんの家族もイナ中佐と同じくして、むしろ慰めの言葉を送るものだから余計に辛かった。


 私はナギさんを殺してしまった……それなのにも関わらず、誰も私のことを罵倒すらしない。


 私は、赦されざる存在なのに、どうしてこんなにも私のことを優しい言葉で慰めるの?


 私は、裁かれるべき存在なのに……どうして??


 ナギさんの親友であるシナエ(ウィラ)さんに至っては、自責の念に駆られて日常生活すらままならなくなった私を受け入れ、献身的に支援し、社会復帰に至るまで尽力してくれた。


 私は、ナギさんを殺してしまった……にも関わらず、どうしてみんな、私に対してこんなにも優しくしてくれるのだろう?


 私は、シナエさんの親友を殺してしまった戦犯なのに、どうして……。



 仄暗く、長いトンネルを抜けた私は、ようやく日常生活にも支障のない程度まで回復し、職務に復帰後、即転属を告げられた。


 東部の主力の一人をあの世までぶっ飛ばし、もう一人を長期戦線離脱させた私を必要とする物好きは、いったい誰なんだろうね?


 南の島の綺麗な空気を吸って、景色を眺めろって言うなら、閑職でも歓迎なんだけれど……拾う神という酔狂なものは、あの人以外に誰がいるんだろうね?


 私は、シナエさんが統括する特務機関へと引き抜かれ、彼女の下で右腕として働き、未だ消えることのない罪悪感に苛まれながらも充実した日々を過ごしていた。


 それこそ身を粉にする勢いだっただけに、シナエさんに対して、余計に心配をかけたのか、度々彼女に連れられ、二人きりの時間を過ごす機会も多かった。


 まるで駄々をこねる幼子のように、懺悔を繰り返して喚く私を優しく抱きしめてくれた彼女は、私をあやすように耳元でこう囁いたのだ。


『ええんやで、ヒナコちゃん、あんたはなんも悪いことしてへんやろ。うちがな、ヒナコちゃんを恨んだり憎んだりするなんてありえへんわ。うちら一応軍人やし、いつかそうなる日も来るんや。せやからな、あんたがウジウジしたところで、そら筋違いとちゃいますか?』


『ヒナコちゃん、あんたな、もっと自分を大切にせなあかんで? ウジウジするのは勝手やけど、うちな、ヒナコちゃんのそないな姿見るくらいやったら、いっそ開き直って笑ってくれへんか? うちの我儘やけど、ヒナコちゃんの笑った顔が見たいんや』


『ほんでな、ヒナコちゃん……ほんまに悪い思うんやったらな、そん時になってからでええやろ? あんたが仏さんになってからでも遅いなんてあらへんし、そん頃にはナギもとっくに忘れてるんとちゃいますか?』


『うちな、そん時の状況を再現してシミュレーションしたんやけどな……ヒナコちゃん、あんたになんの落ち度もあらへんかったわ。せんどやっても同いや』


 私は、厳しくも優しいシナエさんに励まされ、救われたのは言うまでもない。


 おかげさまで私は立ち直り、最高に幸せな日々を過ごせたことに感謝している。


 しかし、皮肉なことにも私の中にある一種の希死願望が、最期まで私自身を赦すことなんてなかった。


 それを証明したのは、しばらく連絡を絶っていた彼、カスガが無事に退院し、再び戦地へ復帰してから数年後のことだった───。






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