最終話
「パンフレット……ですか?」
「そうだ。これはある宗教団体のパンフレット。書かれているのは自己啓発セミナーの案内……まぁよくある宗教勧誘の手法さ」
「もしかして、起きなくなった人たちはみんなその宗教団体のセミナーに行ってからおかしくなった……そう言いたいんですか?」
僕がそう言うと、テルアキさんは豪快に笑った。
「やっぱ、お前勘がいいな……その通りだ」
「そのセミナーでは一体何が起こったんでしょうか?」
「詳しいことはまだ分からんねぇんだ……だが、検討はついている。やつらはセミナーに集まった一般人に、何らかの方法を伝授しているんじゃないかとオレは睨んでいる」
「そのパンフレット見せてくれませんか」
「ダメだ。万が一お前がそこに行って目覚めなくなったら、原因を作ったオレは目覚めが悪いだろう? 別に、お前が首を突っ込む必要は無いんだからよ」
テルアキさんはそう言うと、パンフレットを半分に折りたたみ、おそらくブランド物であろうカバンの中にしまった。
そして、「なぁ……」と僕に今までにないような真剣な顔で話しかけてきた。
先程まで、おちゃらけたような飄々とした感じで話しかけていたのに、急に真剣な顔になったので僕は驚く。
「オレが何故こんな話をしたかの意味分かるか? ――いや、お前には分かるはずだ」
僕は首を傾げる。確かに唐突に明晰夢の話をし始めた時はびっくりしたが、一風変わった世間話の類だと思っていた。
「よーく考えてみろ。さっきまでの話にお前は心当たりがあるはずだ。この部屋を訪れて、実際のその目でヒントも見ただろう?」
心当たり、この部屋、ヒント……。
入院したコウヘイ、机の上に置かれた走り書きとパンフレット……。
「…………ッ!?」
頭の中で全ての点と点が繋がっていくような感覚を覚える。
信じたくはない……だがそう考えると、テルアキさんの言ったことと全て合致する。
「残念ながら今お前が考えていることは真実だ。お前の友人は何かの挫折を味わい、もう一度やり直したくなったんだろ。んで、タイミング悪くでパンフレットが届きセミナーに行った……あとは教えられた方法を試してこの有様だ――もうお前の友達は二度と目を覚ますことはないだろうよ」
テルアキさんは箱に入った最後の一本を取り出し口に加える。
「誰だって過去に戻れるならやり直したいさ。でも、人生そう上手くは出来てない。自然の摂理に逆らうなっていう神様からの罰なのかもしれねぇな」
今日会った見知らぬ男を信用するなんて我ながら馬鹿げていると思う。
しかし、目の前の男は嘘をついているように見えなかった。
「……あいつは……あいつはどこに行ったんですか?」
「さぁな……でもここにはいないのは確かだ」
テルアキさんは煙を気だるげに吐き出す。
「なぁ、こいつにも親はいるだろ?」
「はい、お父さんが小さい頃に亡くなって、進学する前はずっと母親と一緒に暮らしてたはずです」
「だとしたら、親御さんは気の毒だ。親御さんは今後も目覚めない息子の面倒を一生見ないといけないんだからな。いつ覚めるかは分からない、けどいつかは目覚めるかもしれない――そんな希望を抱きながら……全くタチが悪いぜ」
テルアキさんはタバコの吸殻が溜まった灰皿にタバコの灰を落とす。
「世界を作り変えるって言っても、持っていかれるのは精神だけで肉体は元の世界に残る。あいつらは何かをやり直すことに必死で残された者たちの気持ちなんて微塵も考えちゃいない。自己中心的な考えもここまで極まればほんとに愚かだ」
テルアキさんは自嘲的な笑みを浮かべていた。僕はその様子を見て引っかかる部分を感じたが上手く言語化することが出来なかった。
そうしてテルアキさんは、吸い終わったタバコを灰皿に捨てた。
「すまない、オレもそろそろ行かないといけないところがあってな。急に変な話をして申し訳なかった。この話を信じるも信じないもお前次第だ……好きに解釈してくれ」
そう言って、テルアキさんは立ち上がった。急いで僕は残った紅茶を一気に飲み干す。
紅茶は既に冷めてしまって、あまり美味しくなかった。
僕も立ち上がり、テルアキさんのあとを追い、玄関に向かう。
靴を履き、部屋の外へ出た僕に、テルアキさんはこう言った。
「大したおもてなしも出来なくてすまねぇな……まぁ他人様の家だが。見舞いに来てくれるとヨウヘイも喜ぶと思うからぜひ行ってあげてくれ……じゃあな」
「え……?」
ヨウヘイ?
今テルアキさんはなんと言っただろうか。 コウヘイではなくヨウヘイ?
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――僕がテルアキさんに抱いていた違和感、頭の中でぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が解けていくような感覚を覚えた。
そもそもコウヘイの両親は親戚と疎遠になっていて、生まれてから一度も親戚の顔を見たことがないと言っていた。それにテルアキさんはコウヘイの家庭の事情を把握していないようだった。
だから、このテルアキと名乗る男がコウヘイの親戚ということはまずありえないはずだ。そもそもコウヘイの面影が目の前の男からは全く感じられない。
扉を閉めようとしていたテルアキさんに「あのっ!」と声をかける。テルアキさんは扉を締めるのをやめ、不思議そうにこちらを見る。
「テルアキさんは、何かを探しているんじゃないですか? そして、答えはその宗教団体が握っている――違いますか?」
僕がそう言うと、テルアキさんは一瞬呆けたような顔になり、その後クククと腹を抱えて笑い出した。
「お前やっぱ最高だよ。褒美にいいことを教えてやるよ」
「お前は、この世界を全ての中心として考えているかもしれないが、実際はそうじゃない。いくつもここと似たような世界があるんだ。俗に言うパラレルワールドってやつな。現に明晰夢をコントロールしてこの世界に来たやつをオレは知ってる。そいつは行く方法があるのなら帰る方法もある――そう思って、藁にも縋る思いで件の宗教団体に可能性を賭けているのさ」
「お前みたいなやつと話せて楽しかったぜ。またどこかで会おう」
テルアキさんは僕に笑いながら言ったあと、扉を閉めた。
僕はしばらく扉の前に佇む。
あたりはすっかり暗くなっており、日中鳴いていた虫は影を潜めていた。。
テルアキさんの言う事を完全に信じきったわけではない。もしかするとコウヘイ明日にでも目が覚めるかもしれないし、ずっと目が覚めないかもしれない。
そもそも、僕はまだ入院しているコウヘイの姿すら見ていないのだ。あの男が嘘をついて僕を騙そうとしているのかもしれない。
しかし、彼は――テルアキさんは嘘をついているように見えなかった。
でも。
でも、色々と判断するのはコウヘイの様子を確かめてからでもきっと遅くない。
自分の目で確かめた真実ほど正しいものはないのだ。
僕は少し肌寒くなった帰り道を、いつもより足早に歩き出した。
明晰夢 不労つぴ @huroutsupi666
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