第七夜 トマトリゾットと赤ワイン

 金曜日の夕方、そろそろ仕事も終わりという時間になってオフィスの雰囲気も和やかになってきた時、私の頭の中にある物が浮かんだ。



「……トマトリゾット、そろそろ食べないと」



 先日、スーパーに行った時に試供品として貰った物があり、食べる機会を中々作れずにいた事でタンスの肥やしならぬ食料品棚の肥やしになっていたのだった。


 どうやって食べようかと考えながら仕事をしていた時、石山さんと貫地谷さんが話しかけてきた。



「今日はトマトリゾット? オシャレね」

「スーパーで試供品を貰ったので。このまま食べないとずっと残りそうなんです」

「もしかして缶詰なんですか?」

「はい。ですけど、あまり残しておいてもよくないかと思って今日食べちゃおうかと」

「なるほどね。トマトリゾットか……トマトとワインは合うって言うし、今日はワインが良いかしらね」



 石山さんがクスクス笑うと、貫地谷さんは首を傾げた。



「ワインと料理の相性が良い事を指す言葉がありますよね? 何でしたっけ?」

「マリアージュ、ね。フランス語で結婚を指す言葉で、ワインと料理の相性が素晴らしく良い事をそう呼ぶらしいわ。ただ、ワインにだけ使われる言葉じゃなくて、様々な芸術表現にも使われるみたい。それで一般的な相性としては、重い赤ワインにはしっかりしたソースを使った赤身肉の料理、フレッシュさのある白ワインには塩とレモンでさっぱりした味付けをした魚介料理が良いみたいよ」

「そうなんですね」

「あと、地方料理にはその地方で造られたワインを合わせるっていう考え方もルールの一つとして知られてるみたいよ。まあ難しい事は考えずに楽しく飲める方が良いだろうけどね」

「それはそうですね。それにしても、トマトリゾットには何を合わせたもんですかね」



 貫地谷さんの言葉に石山さんは顎に手を当てながら答える。



「そうね……料理とワインをペアリングする時の簡単な目安は色を合わせる事って聞くし、赤ワインで良いと思うわ。その中でもミディアムボディが良いと思う」

「ミディアムボディ?」

「程よい渋みと苦味で比較的初心者にも親しみやすいって言われてるタイプの物ね。それより重めの物がフルボディで軽めの物がライトボディって呼ぶみたい」 

「なるほどー。ウチもそれならワインとそれに合う物にしようかな」

「ウチはトマトリゾットに決めているので赤ワインを買って帰ります。石山さん、今日もありがとうございました」



 石山さんが微笑みながら頷いた後、私達は再び仕事を始めた。そして終業後、私は最寄りのスーパーに寄り、赤ワインとお肉の惣菜、そして明日の朝に食べる菓子パンをカゴに入れて会計をした後、私はそのまま家に帰った。



「ただいま」

『おかえりー。そろそろトマトリゾットを食べないとって言ってたけど、今日こそ食べる感じ~?』

「そうだよ。それで赤ワインと合わせる予定」

『ほうほう、トマトリゾットに赤ワインですかな? トマトのしっかりとした酸味が味わい深くてそれでいてまろやかなトマトリゾットに渋みと苦味が大人の味を演出する赤ワインと組み合わせるなんて中々ですなぁ。でも、その袋の中はそれだけじゃないんでしょ?』

「うん、お肉系の惣菜も少し買ってきたよ。赤ワインに合わせるならお肉系だから」

『だねぇ。それじゃあレッツクッキング~!』

「はいはい」



 私は赤ワインを冷蔵庫に入れてから部屋着に着替えた。そして試供品のトマトリゾットの缶詰をお皿に移してからラップをかけ、そのまま電子レンジにいれた。そしてそれを待ちながら惣菜もお皿に移し、トマトリゾットを温め終わった後に惣菜を電子レンジに入れて温め始め、その間にワインを冷蔵庫から出して今まで使う機会のなかったワイングラスに注いだ。


 その後、温め終わった惣菜とトマトリゾット、そして赤ワインを並べ終えると、それを見てクロはワクワクしたような声を出す。



『いいねいいねぇ。熱々のリゾットを食べて赤ワインをクイッ、その後にお肉を食べてから赤ワインをこれまたクイッと一口。はあ、至福ですなぁ』

「そんなに食べたり飲んだりしたいならって思うけど、クロはぬいぐるみだから飲み食いは出来ないもんね。それっぽいのを縫って目の前に置いてあげようか?」

『そこまではしなくて良いよ。ボクは華ちゃんが食べたり飲んだりしてるのを見るのが幸せなんだから』

「そっか。それじゃあそろそろ食べてみようかな」

『あっつあつの内に召し上がりたまえよ』

「うん」



 いただきますと言ってからスプーンを手にし、私はトマトリゾットを一口分掬ってからそのまま口に運んだ。



「……うん」

『いいねぇ。アツアツハフハフしながらもしっかりとしたトマトの酸味を口の中でいっぱいに味わい、その後にお米の旨味やちょっと効いた塩味が混じり合ったそのお味を堪能する。さあさ、赤ワインもクイッと一口』



 促される形で私は赤ワインを口に含む。その瞬間に渋みと苦味が口の中に広がったが、思っていたよりもトマトリゾットとの相性は悪くないようでお互いにぶつかり合うといったことはないようだった。



「……うん」

『むふふ、いつものビールみたいなガッと飲む感じやサワー系みたいなグイッといく感じと違ってワインは本当にクイッと飲む感じが良いからね。少し勢いはあっても穏やかな飲み方をして、鼻に抜けていく芳醇な香りや口の中に広がっていく渋みと苦味を味わい、ちょっと大人な一時を味わう。いやあ、たまらんね』

「本当にクロが人間だったらよかったのにね。私なんかじゃ──」

『おっと、それ以上はごはんを食べてからでも良いと思うよ。今はゆっくりとごはんを食べながら仕事の疲れを癒しなよ。華ちゃんはいつも頑張ってるから職場の人達にだってよくしてもらえてるし、こうしてごはんも食べられる。ごはんだけじゃなくその幸せも噛み締めながらゆっくりと味わいな』

「そうだね」



 その後も私はクロが色々話しているのを聞きながら食べたり飲んだりを続け、私の夕食兼晩酌は今日もゆっくりと過ぎていった。

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