第六夜 鳥の唐揚げとラドラー
金曜の夕方、少し人がいない事で慌ただしい雰囲気がオフィスに漂う中、私の口からポツリと言葉が漏れた。
「……鳥の唐揚げかな」
昨日、ふと鳥の唐揚げが食べたいなと思った直後にたこ焼きの口になってしまい、昨日はたこ焼きを買って食べたが、やはり鳥の唐揚げを食べたいという思いは強く、つい口から出てしまったのだった。そして仕事をしながらも鳥の唐揚げを食べたいという欲求が強くなってきた時、石山さんと貫地谷さんが話しかけてきた。
「先週に続いてまた鳥なのね。三村さんって鶏肉好きなの?」
「特にそういうのはないですけど、なんとなく鳥の唐揚げが食べたいなと思ったんです」
「いわゆるそういう口になったって奴ですね。鳥の唐揚げかぁ……私はレモンは掛けても掛けなくても良い方ですけど、お二人はどうですか?」
「私もどちらでも良いですね」
「私も同じ。ただ、断りもなく掛けられるのは嫌かしらね」
貫地谷さんは深く頷く。
「わかります。もう勝手に掛けないでよっ! って言いたくなりますよね。まあ食べる事は食べますけどね」
「レモンが掛かると爽やかな酸味も口の中に広がるから少しさっぱりした感じになるからね。鳥の唐揚げはやっぱりお総菜コーナーで買う予定?」
「そうですね。自分で作っても良いですけど、今日はそういう気分です」
「前にね、お総菜の唐揚げをカリカリにする方法っていうのをテレビで観たのよ」
「えっ? そんなのあるんですか?」
貫地谷さんが驚く中で石山さんは笑みを浮かべる。
「ええ。お皿にクッキングペーパーを敷いて、その上に平たく並べるの。そしたら軽く温まるくらい電子レンジでチンして、別のクッキングペーパーの上に温めた唐揚げを置いて滲み出た油を取り、温めた唐揚げをトレイや網の上に置くの」
「その時点でだいぶ油は取れてそうですね」
「そうね。そしてカリカリになるまでトースターで焼いて、反対側も同じ程度焼く。それでまた別のクッキングペーパーの上に焼いた唐揚げを並べて余分な油を染み込ませたら完成みたいよ」
「それでカリカリになっちゃうんですね。それならウチもカリカリの唐揚げにしちゃおうかな」
「ウチでもそうしようと思います。まあお酒は無難にレモンサワーで良いですけどね」
すると、石山さんはニヤリと笑った。
「それならラドラーにしない?」
「ラドラー……ですか? どんなお酒なんですか?」
「簡単に言えばレモン味の低アルコールビールよ。レモンの爽やかさと酸味がビールの苦味を抑えながらもスッキリとした味わいにしてくれるの。だから、レモンサワーとビールを一緒に飲んでるようなイメージね」
「へえ、柑橘風味のビールなんてあるんですね。それならウチもそうしようかな」
「私もそうします。石山さん、今回も色々ありがとうございます」
石山さんが微笑みながら頷いた後、私達は再び仕事に取りかかった。そして終業後、私はスーパーに行ってカゴの中に鳥の唐揚げを数種類入れながらラドラーを入れ、明日の朝に食べる菓子パンを入れた。その後、会計を済ませて家に帰ると、クロがリビングから声をかけてきた。
『おっかえりー。今夜はなーにかな?』
「今日は鳥の唐揚げとラドラーだよ」
『ほう、鳥の唐揚げにラドラーとな? プリップリの鶏肉をカラッと揚げてサクッサクの食感を楽しみながらも溢れる肉汁にやけどしそうな程に熱さを感じ、そこにレモン風味のビールであるラドラーをあおる。その瞬間に口の中に広がっていた油が洗い流されて、レモンの酸味と爽やかさ、ビールの苦味が三重奏となって唐揚げの旨味を更に広げていく。これはまた魅力的なセットだね』
「そうなんだ。因みに、ラドラーは石山さんから聞いて買ってきたよ。そうじゃなかったらレモンサワーを買ってきてたよ」
『それでも良いけどねぇ……どうせならラドラーというまた不思議な味わいを楽しめるお酒の方が良いよ。だってその方が楽しいし♪』
「はいはい。それじゃあそろそろやっていこうかな」
私は部屋着に着替えた後、ラドラーを冷蔵庫に入れたり冷やご飯をお茶碗に移したりしてから石山さんから聞いた方法で唐揚げを温め始めた。そしてその間にマヨネーズとケチャップとウスターソースを混ぜ合わせてオーロラソースを作っておき、唐揚げの油を取っている間に冷やご飯をレンジで軽く温め、またその合間にトースターで唐揚げを焼き始めた。
『相変わらず手際が良いねぇ。惚れ惚れしちゃうよ』
「それはどうも」
『それにしても……はあ、良い香りだよ。これだけでもご飯三杯いけちゃいそうだよ』
「本音は?」
『何杯でも!』
「だと思った」
クロの言葉に多少呆れながらも私はトースターでカリカリに焼き上がった唐揚げを再びクッキングペーパーの上に置き、滲み出た油を取り終えた後に少しをご飯の上に置いてその上からオーロラソースをかけた。そしてテーブルの上に唐揚げが載ったお皿と唐揚げ丼、そして冷やしていたラドラーを置くと、クロは嬉しそうな声を出した。
『来た来た来ましたよってね! うーん……カリッカリの唐揚げとオーロラソースで味付けされた唐揚げ丼、そして酸味と苦味のマリアージュが絶品なラドラーと来ればもう最高だね!』
「本当に楽しそうで良いね。グルメレポーターにでもなったら?」
『残念ながらぬいぐるみを雇ってくれる会社はないんだよ。さあさあ、冷めない内に食べたまえよ』
「はいはい」
クロに促されながらいただきますと言った後、私は箸で唐揚げを一つ掴み、そのまま口に運んだ。噛んだ瞬間にカリッという良い音が鳴り、香ばしい香りと肉の旨味が口の中にふわりと広がった。
「……うん」
『いやぁ、良い音ですなぁ。さあさあ、ラドラーもグイッといったれいったれ』
「うん」
ラドラーを口に含むと、ビールの苦味とレモンの酸味が合わさった独特の風味が唐揚げの旨味と更に組み合わさり、爽やかさを際立てていった。
「……うん」
『金曜日まで頑張ったご褒美だねぇ。オーロラソースをかけた唐揚げ丼はどんなもんだい?』
「いま食べてみる」
オーロラソースが掛かった唐揚げを一口かじった後にご飯を少し口に入れ、ご飯の甘味とオーロラソースのまろやかさとちょっとした酸味、そして熱い唐揚げの風味が組み合わさるとそれらは口の中でゆっくりと広がっていった。
「……うん」
『良い感じみたいだね。まあそれで美味しくないわけはないしね。唐揚げは子供から大人まで美味しく食べられる魔法のような食べ物だから。嫌いな人はいるだろうけど、その人にはその人なりの楽しみがあるから僕達がとやかく言う事ではないね』
「そうだね。そんな事言ったってしょうがないし」
『そういう事。さあさ、冷めない内に食べちゃえ食べちゃえ』
クロに促される形で私は再び唐揚げに箸をつけた。そして唐揚げの香りが広がって小気味の良い音が響く中で私の夕食兼晩酌は今夜も続いていった。
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