第五夜 焼き鳥とレモンサワー

 金曜日の夕方、仕事の内容について話す声やパソコンのキーボードを叩く音が響くオフィスで仕事をしていた時、私の口からある名前が漏れた。



「……焼き鳥」



 社員食堂で食べていた定食の中にあった鶏肉料理を思い出した瞬間にポロッとそんな言葉が漏れていた。そして焼き鳥の味について考えていた時、石山さんと貫地谷さんが話しかけてきた。



「今夜は焼き鳥?」

「わあ、良いですね。三村さんは塩派ですか? タレ派ですか?」

「特にそういうのはないですね。たまに七味唐辛子をかけて食べてみるくらいです」

「七味や一味をかけて食べるのもたしかに良いわよね。柚子胡椒も良いって聞くけどね」

「柚子胡椒……どんなのでしたっけ?」



 貫地谷さんの問いかけに石山さんが答える。



「柚子胡椒っていうのは、唐辛子とユズを原料にした調味料で、九州では一般的な調味料として色々な料理に使われてるみたい」

「胡椒っていう名前なのに胡椒じゃないんですね」

「そういえば、蕪なのに大根みたいな見た目の暮坪かぶとか大根なのに蕪みたいな聖護院しょうごいんダイコンとかもありますね」

「そうそう。それにしても、焼き鳥か……鶏肉を串に刺して炭火で焼いているだけには見えるけど、職人さん達の中では串打ち三年焼き一生っていう言葉もあるみたいだし、シンプルな見た目に隠された歴史の重みや熟練の技をしっかりと味わいたくなるわね」

「鰻の蒲焼きだと串打ち三年裂き八年火鉢一生でしたっけね。まあそれだけ職人さんの世界は厳しくて長いこと修行しないといけないわけですし、その事に感謝しながら食べたいですね」

「ですねぇ……ウチも今日は焼き鳥にしようかな。焼き鳥と言えばビールですし、華金だから奮発しちゃおうかな」



 貫地谷さんがワクワクした様子で言うと、石山さんはクスクス笑った。



「ビールももちろん良いけど、レモンサワーも良いみたい。鶏肉とレモンの相性は当然良いし、ビールと合わせるのとはまた違った美味しさを楽しめるかもしれないわよ?」

「それも良いですね! はあ、ますます焼き鳥の口になっちゃいました……」

「私も焼き鳥には決めたので色々考えてみます。今日も色々教えていただきありがとうございます」



 石山さんと貫地谷さんが笑みを浮かべながら頷いた後、私達はまた仕事を始めた。そして終業後、私はスーパーに向かい、お惣菜売場に置かれている数種類の焼き鳥とレモンサワーの缶、明日の朝に食べる菓子パンなどをカゴに入れてお会計をし、そのまま家に帰った。



「ただいま」

『おかえりー。今夜はなんじゃらほい?』

「今日は焼き鳥だよ。部位も色々あるし、せっかくだからお酒はレモンサワーにしたよ」

『おっ、これはまた良い組み合わせだねぇ。炭火の上で火に炙られてパチパチと音を上げながら焼けていくその姿だけでも食欲をそそるのに塩のシャワーを浴びたりタレのお風呂に浸かったりしてまたその魅力を増していく焼き鳥の良さったらないよね。ぷりっぷりの鶏肉とシャキシャキのネギによるねぎまやパリパリとした皮、ジューシーで柔らか~なぼんじりに噛み締めた瞬間に肉汁が溢れるもも、とその部位によってまた味わいも違うのにレモンサワーのシュワシュワした炭酸に爽やかなレモンの風味を合わせたらもうさいっこうだよ。もちろん、ビールでも可。というか、ビールはビールでまた至高』

「クロは本当にお酒が好きなおじさんみたいだよね。飲み屋に行ったら色々な人から好かれそう」

『酒は飲んでも飲まれるなって言葉もあるけど、お酒は色々な物と合う魔法のような飲み物だからね。さあさあ、早速準備していこーう!』

「はいはい」



 返事をした後、私は部屋着に着替えて袋から焼き鳥のパックやレモンサワーの缶を取り出した。レモンサワーの缶を冷蔵庫に入れてからパックの焼き鳥を少し大きめのお皿に移して電子レンジで温め始めた。それを待つ間、私は冷凍庫の中にある冷飯を取り出し、焼き鳥を取り出してから今度はそれを電子レンジで温め始める。



『お、焼き鳥丼にもするのかな? いいねぇ、その上からきざみ海苔を散らしてみても良いと思うよ』

「そのつもりだよ」



 冷飯が十分に温まったのを確認してから電子レンジから取り出してお茶碗に移し、ねぎまの内の一本を串から外してご飯の上に載せていった。そしてきざみ海苔を軽く散らしてから残りの焼き鳥と冷蔵庫の中で少し冷やしたレモンサワーを焼き鳥丼と一緒に居間のテーブルへと持っていき、それをテーブルの上に並べた。



『良いね良いねぇ。これならお腹もいっぱい大満足だと思うよ。さあさあ、早く食べやんせ』

「はいはい」



 返事をしてから私はいただきますと言い、まずはもも串を一本摘まみ、それを串から外して食べた。



「……うん」

『本当はしっかりとしたお店で食べたいけど、スーパーのお総菜や冷凍の焼き鳥でも十分食べれちゃうからね。という事で、レモンサワーターイム!』



 その言葉に促されて私は今度は皮串を一本摘まんで串から外して食べた後にレモンサワーを飲んだ。



「……うん」

『温めた事であっつあつになったお肉にひんやりとしたレモンサワーを合わせるとやっぱり良いよね。熱々ジューシーなお肉をはふはふと食べていたところにひんやり爽やか~なレモンサワーが登場して口の中がキリッと引き締まると同時に酸味で更に食欲が増す。そして食べて飲んでを繰り返していく。いやぁ、たまらんね』

「そういうものかな」

『そういうものだよ。夏になるとまた違った感じで楽しめるし、タレや塩、山椒に梅しそ、他にもわさびや大根おろしなんかでもまた味わいは変わるから、色々食べ比べたくなるね』

「そんなに食べてたらお腹いっぱいになって苦しくなりそうだけどね」



 クロはクスクス笑いながら答える。



『そこはしっかりと腹八分目で抑えるのさ。美味しいものはお腹いっぱい食べたくなるけど、それで苦しくなってたら意味はないし楽しさだって半減してしまう。腹八分目というリミッターをかけてちゃんと楽しく食べて終わらせる。それこそが食事のコツだとボクは思うね』

「そっか。食事にもコツはあるんだね」

『まあそんな事は考えずに食べるのもまた幸せだけどね。結局は四の五の言わずに難しい事は考えずに食べるのが一番なのさ』

「そう」

『さあ冷めない内にどんどん行こー!』



 その言葉に頷いた後に私は再び食べ始め、今日も私の夕食兼晩酌の夜は更けていった。

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