第四夜 ボンゴレビアンコと白ワイン

 金曜日の夕方、他の人が作業をする音が聞こえる中、同じように作業をする私の口からふとある名前が漏れた。



「……スパゲッティが良いかな」



 昔読んでいた文庫本を久しぶりに読み、その中に出てきたボンゴレビアンコを思い出してそう言っていた時、石山さんと貫地谷さんが話しかけてきた。



「あら、良いわね。スパゲッティといっても色々あるけど、どのメニューにするの?」

「ボンゴレビアンコにしようかと。昔読んでいた文庫本の中にボンゴレビアンコを作って食べるシーンがあって、それを今思い出してスパゲッティが良いかなと思ったので」

「わあ、オシャレ。ボンゴレビアンコってあれですよね? あさりとかにんにく使ってる奴」

「そうね。イタリア語でボンゴレがあさり、ビアンコが白ということもあって、白ワインで蒸し上げたあさりとそのダシをソースに使うみたい。因みに、トマトソースとあさりを使ったものはボンゴレロッソといって、ロッソはイタリア語で赤という意味よ」

「たしか黒がネーロで緑がヴェルデ、黄色がジャッロで水色がアズーロ、青はちょっと発音が違うけど英語と同じようにブルゥでしたっけね。良いなぁ……作りながらワインも飲めるだろうし、私もお酒飲みながら作れる物を今日の晩御飯にしようかな」



 貫地谷さんが羨ましそうに言っていると、石山さんはクスクス笑った。



「楽しい事は楽しいけど、刃物や火を扱う場合は気をつけないとね。それがクセになってもいけないし」

「それはたしかに。でも、そういうのってやっぱり憧れちゃうなぁ。なんだかオシャレな映画とかでよく観るし、今日は気をつけながら挑戦してみようかな」

「良いと思うわ。因みに、もうボンゴレビアンコではないけど、日本酒を使って作るボンゴレもあるそうだから、この前の日本酒が残っていたら使って作ってみても良いかもね」

「そうですね。なんだかんだでまだ残ってるのでそうしてみます。今日も色々教えていただきありがとうございます」



 石山さんと貫地谷さんが笑みを浮かべながら頷いた後、私達は再び作業を始めた。そして終業後、私は行きつけのスーパーに行き、ボンゴレビアンコに使うパスタと白ワイン、そしてあさりやにんにくなどをかごに入れ、明日の朝に食べる菓子パンと一緒に買ってから家に帰った。



「ただいま」

『おかえり。今日は何かね?』

「昨日の夜に読んでた本にも出てきたボンゴレビアンコだよ」

『おお、良いねぇ。あさりの旨味と白ワインの甘味が巡り会って良い具合に混ざり合い、口の中で優しく広がると同時に舌を楽しませ、そして使った白ワインも飲んで大人な感じのオシャレなディナーを楽しむ。実に絵になるね』

「まだ日本酒も残ってるからそれを使った和風なボンゴレもいずれは作るけど、白ワインも少しずつ飲んでいかないとね」

『そうだね。ではでは、レーッツクッキング!』

「はいはい」



 返事をした後、私はアサリの砂抜きの準備をしてから部屋着に着替えてキッチンに立った。その後、生きているアサリと死んでいるアサリの選別をしてから冷たいフライパンにオリーブオイルやにんにくなどを入れてにんにくオイルを作る中で鍋に水を入れて火にかけて、にんにくオイルが出来上がった頃に塩とパスタを鍋に入れて茹で始めた。そしてにんにくオイルにイタリアンパセリを入れて軽く熱した後にあさりと白ワインをそれに加えて蓋を閉じた。



『既に香りが良い感じだねぇ。少し香ばしさを感じるにんにくオイルに新鮮なあさりの旨味と白ワインの味わいが合わさってその蓋の中では見事なハーモニーが奏でられているんだと思うとたまらんよ』

「そんなもんかな。さて、休んでいる暇はないし、そろそろあさりの様子を見ようかな」



 蓋を取ってあさりが二つくらい口を開いているのを確認した後に火を止めてまた蓋を閉じ、余熱で他のあさりも口を開くのを待ちながらパスタの様子を見た。そしてあさりの口が全部開いたのを見た後、一度取り出して冷めないように工夫をしてからパスタをにんにくオイルと白ワインが合わさったパスタソースの中に入れ、混ぜながらパスタとソースを和えていった。その中で味見をしながら水や茹で汁を加えながら更に絡めていき、残りのイタリアンパセリとオリーブオイルを加えて混ぜ合わせてソースを乳化させていった。そうしてうまく混ざったと感じた後にあさりを戻してまた少し温めてから用意したお皿にそれを盛り、昔買ってあまり使わずにいたワイングラスに白ワインを注いでそれらを居間のテーブルに載せた。



『おお、良い感じに出来たじゃないの。ボクはぬいぐるみだから香りも味も感じられないけど、仕事を頑張ってきた分のごほうびとしては十分すぎる程だと思うよ』

「他の人にとってもそうなのかな」

『たぶんそうなんじゃないかなと思うけど、他の人には他の人なりのごほうびの形があるし、それはなんとも言えないよ。さーて、冷めない内に食べちゃいなよ。どんな料理も出来立てが一番乗りおいしーんだから』

「そうだね」



 返事をしてから私は手を合わせていただきますと言った。そしてフォークで一口分を掬ってからそれを巻き付け、そのまま口へと運んだ。



「……うん」

『新鮮で生きているあさりだけを使ったからこその旨味と白ワインの甘味、そしてイタリアンパセリの風味とオリーブオイルの味わいがオーケストラのように見事なハーモニーを奏でているようだね。やっぱりパスタ料理って良いもんだねぇ』

「作りやすいものではあるからね。アレンジも色々出来るし」

『たっしかに。さあさあ、白ワインも飲んでみんしゃい』

「はいはい」



 クロに促されて私はもう一口ボンゴレビアンコを食べてから白ワインを口に含む。



「……うん」

『これで美味しくないわけはないんだよなぁ。使ってる物を合わせてるわけだからどちらかを多くしすぎなければ味が濃くなる事もないし、それどころかお互いに引き立て合って白ワインという新しいメロディーがボンゴレビアンコのハーモニーに加わりながら新しいアクセントになる。実にオシャレなディナーだよ』

「どこかのオーケストラの演奏でも聴きたいの?」

『それも良いね。たしかオーケストラのCD無かったっけ?』

「あるよ。せっかくだから流しながら食べようか」

『良いねぇ。芸術に浸りながらいただく食事は実に優雅で良いと思うからね』



 私は適当なCDを手に取ってそれを流し始めた。そしてそれとクロが話しかけてくる声を聴きながら今夜も私の夕食兼晩酌は穏やかに過ぎていった。

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