第38破 天空城でもひたれない!

 想像もしていなかった光景に呆然と立ち尽くしていると、眼下の光景がゆっくりと流れていることに気がついた。地上の動きと、雲の流れとで方向も速度も違う。これってひょっとして……


「う、動いてる……?」


 それは空撮の映像そっくりだった。高山の上などであれば、雲は動いても地上が動くわけがない。私たちがいるこのスカイパーク自体が動いていると考えなければ辻褄が合わないのだ。


「はあ、空飛ぶ遺跡ってことっすか。たまげたっすねえ」

「これほどの規模の物体を浮遊させるとは……こんな例は聞いたことが……いや、待て」


 犬耳を立てて驚くトレードの横で、ハイヤーンさんが眉間に皺を寄せてこめかみのネジを指先でいじっている。何か気がついたのだろうか。


「まだ断定はできんが、ひょっとすると我々は天空城にいるのではないか?」

「なーに言ってんすか。天空城って言ったら見えれども届かずの代名詞。あんな空高くにあるものにどうやって……あっ」


 ここまで言って、トレードは自分がまさに空高くにいることを思い出したようだ。


 天空城といえば、私がこの世界に来た初日に目撃した空飛ぶお城だ。「健康第一」なんて願い事をしてしまった恥ずかしい思い出はさておき、振り返って遺跡全体のシルエットを確認すると、あの日地上から見た天空城に確かに似ているように思える。


 オープンワールドのRPGなら十中八九ラストダンジョンだが、そんな場所に迷い込んでしまったのか。


「前人未到の古代遺跡……これはお宝の匂いがするっすねえ」

「そんな卑小な話ではないぞ。ここは他の遺跡に比べても圧倒的に状態がよい。失われた古代王国の技術や知識が得られるやもしれんのだ」

「それも儲かりそうっすねえ」

「だからそんな程度の話ではなくてな」

「そうっすね。いくら皮算用をしても帰れなかったら意味がないっす」

「うっ」


 そうなのだ。もともと瘴気領域のどこかにある遺跡だと思っていたから、転移装置が見つからなくとも、いざとなれば歩いて脱出できると考えていた。しかし、空の上では徒歩でとことこと出ていくわけにもいかない。


「何にせよ、脱出手段を探すのが先決か。水も探す必要があろう」

「そうっすねえ。でも、あのゴーレムがうようよしてる中を出ていくのはぞっとしないっすねえ」


 サイレンの音はすっかり遠くなっているが、目を凝らすと木々の隙間から空を飛ぶマキナの姿がちらちらと見える。いまは森の中にいるから上手く隠れられているが、遮蔽物の少ない通りに出れば発見される危険も高まるだろう。


「おっさんのゴーレムを囮に使えないっすかね?」

「できないことはないが……」


 ハイヤーンさんはしゃがみ込み、足元の土をつまんで指先で揉む。テレビで見た農家のおじさんみたいだ。


「土の質が悪い。長時間動かすのは難しいぞ」

「はあ、そういうのも関係するんすね」

「ゴーレムづくりは繊細なのだ。このように瘴気を含んだ土では術式が阻害されて――」


 ハイヤーンさんは手近にあった細い竹に似た植物を手折ると、地面に回路図のようなものを書きながら早口で説明を始める。当然のことながらさっぱりわからない。私の目には幾何学的な迷路にしか見えなかった。


 そういえば、EoGでも迷路的なマップがあったなあ。「八門遁甲」と名付けられた中華風のマップで、竹林と積み上げられた岩壁で構成されていた。見通しが悪いせいで遭遇戦が多く、私には相性の悪いマップだった。


 まあ、一旦地形を把握してからは逆に無双できるのだけれども。


 相手の進行ルートを予想して、そこにC4を仕掛けるだけの簡単なお仕事……なのだが、じつは一番重要なのは袋小路に追い込まれないよう立ち回ることだった。逃げ場のない1対1なんて、C4を投げる間もなく蜂の巣にされてしまう。


 一度なんて、バトルロイヤルなのに全員が私を狙ってきたことがあった。爆弾狂とのしての悪名が上がり始めたころで、世界ランク100位にちょくちょく顔を出していたときだ。上位ランカーのクランが結託し、私を追い落とそうとしてきたのだ。


 最終的に全員をふっ飛ばして私が勝ったのだが、あのときはどうやって切り抜けたんだったっけなあ。現在地が特定されないよう、あちこち駆け回りつつ――


「あっ、お、囮作戦、いけるかも」

「おおっ、また何か思いついたっすか!」

「名案があるのか? ぜひ聞かせてほしいぞ」

「う、うん。じゃ、じゃあ、それ貸してください」

「これを?」


 私が指さしたのは、ハイヤーンさんが回路図を描くのに使っていた竹の棒きれだった。

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