第37破 食糧を確保する!

 枝が折れるぱきぱきという音が響く。

 幹が裂けるめきめきという音が響く。

 ふぁんふぁんと鳴り響く警告音が茂みをかき分けながら四方八方から押し寄せてくる。


「ま、まずくないっすか、これ!?」

「建物に籠もるか!?」

「だっ、ダメ! こっち!!」


 迷子センターに背を向けて逆側へ駆け出す。C4は速射も連射も向いていない。多勢を相手に籠城戦なんてもっての外だ。手数が足りなくなって押し切られてしまう。


 敵影はまだ見えないが気配は充分だ。EoGで鍛えた耳が瞬時に敵の数と方向を補足していた。右手から4体、左手から7体。FPSの上級レベル帯で戦うなら音も重要な情報源で、サラウンドヘッドホンが必須と言われていたのを思い出す。


 ちらちらと背後を確認すると、敵の姿が確認できた。茂みをかき分けて現れたのは球形の頭部に円筒状の身体、それに数珠状の両腕を備えたゴーレムだった。全体としてはコケシに似ているが、赤く点滅する単眼モノアイが決定的に異なる。


 脚部にはキャタピラが備えられており、きゃりきゃりと耳障りな異音を立てながらでこぼこの道を走っていた。不整地の走破能力は抜群なようで、手抜きじみた形状とは裏腹に転倒しそうな様子はない。


「まとめて吹っ飛ばせないんすか!?」

「待て! 貴重な古代王国の遺物だぞ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ!」

「う、うーん……」


 コケシ軍団は背後から団子になって追いかけてきている。C4を投げ込めば一網打尽にできるかもしれないけれど……ハイヤーンさんとは違う理由で躊躇してしまう。警備ロボットを破壊したら敵対が決定的になってしまうのではないだろうか。


「ちょ、直接攻撃はぎりぎりまで保留で」


 とはいえ、追いつかれてしまってはそんなことを言っている余裕もなくなってしまう。C4を地面に落とし、コケシ軍団の手前で爆発をさせていく。


 ぼっごぉぉぉおおおん!

 ぼっごぉぉぉおおおん!

 ぼっごぉぉぉおおおん!


 地面が粉砕され、ぼこぼことクレーターが空いていく。爆煙が立ち上り、背後の視界が失われていく。どういうセンサーでこちらを確認しているかはわからないが、光学系であるなら目くらましにはなるだろう。


 右に左に駆けながら、時折木も爆破して倒木で道を塞ぐ。それを何度も繰り返すうちにサイレンの音は遠のき、コケシ軍団の姿も見えなくなった。


「はあ……はあ……まったくひどいめにあったっすねえ」

「稼働中のゴーレムがあれほど豊富に存在するとは、ここはどういう遺跡なのだ? 世紀の大発見かもしれんぞ!」

「それってお宝がたっぷりあるってことっすか?」

「ああ、これだから俗物は……」


 差し迫った危機が去ったことで私たちには多少の余裕が生まれていた。茂みの中で腰を下ろし、乱れた息を整える。


「ともあれ、走ったらお腹が空いたっすね。とりあえず今のうちにお腹にものを入れておくっすよ」


 トレードが<収納>から保存食を取り出す。火を使いたいが、さすがにそれでは居所がバレてしまうだろう。棒状の保存食はガリガリと硬く、塩気が強い。湯で戻さずに食べたのは初めてだが、乾パンとジャーキーを混ぜたような味がした。


「しょ、食糧はあとどれくらいあるの?」

「残り2食分っすね。旅の余りをそのまま持ってただけっすから」


<前線>では黒銀鋼の取引があったため、しばらく滞在する予定だったのだ。旅の準備などしていない。先程の迷子センターで食糧が入手できなかったのは痛いところだ。


「なに、これだけ木々が生い茂っているのだ。食べられる植物もあるのではないか?」


 辺りの草むらを探りながらハイヤーンさんが言う。山菜の知識でもあれば食べられる野草も見つけられるかもしれないが、残念ながら私にそんな知識はない。EoGには空腹の概念もなかったし……。


「このキノコとかどうっすか? 美味しそうな色っすけど」

「それはベニオーガタケだな。食べると全身から剛毛が生えるぞ」

「なんすかそれ!?」


 トレードが真っ赤なキノコを慌てて放り捨てた。近くの木の根元に生えていたらしい。


「こちらのキノコなら火を通せば食べられる。このシダはアク抜きすれば大丈夫だな。おお、ウニグリの木もあるではないか。旬には少し早いが青い実もまた珍味だぞ」

「本当に食えるんすか、それ?」

「安心しろ。研究室から締め出されたときはよく野草をとって食べていたのだ」

「あの件が初めてじゃなかったんすね……」

「ははは、学生時代には金がなくてな。そのときに身に着けた生活術だ」


 何度も自宅に入れなくなるって、学者然としているハイヤーンさんだがじつは結構間が抜けているんだろうか。意外な生命力の強さを垣間見たが、食糧が確保できたのはありがたい。


「しかし、よくよく見るとこのあたりの植生はどうにも奇妙だな。高山や高原に生える植物ばかりだぞ」

「瘴気だか魔力だかで変な影響を受けてるんじゃないっすか?」

「うーむ、その可能性も否定はできんが……奇形や変異は見られん。少し食べたくらいでは問題にはなるまい」


 取り急ぎお腹を満たした私たちは、コケシたちに見つからないよう気をつけながら探索を進めた。

 そしてこの遺跡の端に辿り着いたとき、そこに広がっていたのは思いも寄らない光景だった。


「雲が下に見えるっすよ!?」

「雲間から見える街は……もしや魔導都市か!?」


 遺跡の端は断崖になっていた。

 そして眼下には一面に雲海が広がり、その隙間からはミニチュアのような都市の姿が見えていた。


「じょ、上空?」


 それはまるで、EoGのオープニングで航空機から飛び降りるときの光景のようだった。

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