第32破 道なき道は爆破で進む!

「ちょっ、帰り道がないってマジっすか!?」

「そ、そうみたい……」


 てっきり似たような装置があって、そこから戻れるだろうと単純に考えていたけれど、まったくもって脳天気な思い込みだった。ゲーム脳が過ぎたのかもしれない。


「ごめん……私が考えなしに……」

「ニトロが謝ることはないっすよ。あの場で謎掛けを解かないって手もなかったっすから」

「落ち着きたまえ。一方通行の罠のためにあんな回りくどい謎掛けを用意するはずがなかろう。戻れる道は必ずあるはずだ」


 暗い気持ちになりかけたが、ハイヤーンさんの指摘でハッとする。たしかに言う通りだ。侵入者をおびき寄せることが目的なら、行先は即死トラップや檻の中だろう。わざわざ安全地帯に案内する意味がない。


「それもそうっすね。しかし、探索をするにしてもどこから手をつけたらいいもんすかね?」

「あの碑文を思い出したまえ。『第五軍を天覧の戦列に加えし時、玉門は開かれ王座への道が示される』。つまり、ここは王座へと続く道のりの半ばなのだろう」

「それぐらいはわかるっすけど、肝心の王座ってどこなのかが問題っすよね」


 バルコニーから見える光景は一面の豆腐ビルだ。王座というからにはきっとお城の中にあると思うのだけれども、どの建物も特徴がなくそれらしいものはまるで見当たらない。唯一可能性がありそうなのは――


「あ、あれかな……?」


 指をさしたのは遠くに見えるひときわ高い豆腐タワーだった。周辺の豆腐ビルに比べると倍は高い。外壁が真っ白で窓もないから目測しにくいが、高さは200~300メートルはあるんじゃないだろうか。


「なるほど、バカと王様は高いところが好きって言うっすもんね」

「他に手がかりもない。ひとまずはあそこを目指すしかあるまい」


 それを言うなら「バカと煙は」じゃないかと思ったけれど、ハイヤーンさんが突っ込まないあたりこの世界ではそういう慣用句なんだろう。偉い人が高い場所に住みたがるのは前世と変わらないようだ。


「じゃ、まずはあそこを目指すっすかね」

「あっ、ちょ、ちょっと待って」

「どうしたんすか?」

「ち、地形、おぼえるから……」


 バルコニーから続く階段を降りようとするトレードを呼び止め、眼下の風景を脳内で鳥瞰図に置き換えていく。初見マップでは必須の作業だ。一面真っ白で特徴がつかみにくいが、何もしないよりはマシだろう。


「うん、だいたい大丈夫」

「えっ、もう覚えたんすか!?」

「さすがは大魔法使い。すばらしい記憶力だ」

「あ、いや、そんなに……じゃ……」


 大まかな通路などは頭に入れたが、ざっと概要を頭に入れただけだ。EoGのトッププレイヤーの中には写真記憶の持ち主もいる。私なんかは標準スキルの範囲内だ。


 冷や汗をかきながらつづら折りの長い階段を下っていくと、豆腐ビルの群れに視界が遮られる。目的地となる豆腐タワーも見通せない。スタート地点が高台じゃなかったら、目的地も定められずに当てずっぽうに歩き回るしかなかっただろう。


「なんだか不気味っすねえ……」


 先導する私の後ろから、トレードの不安げな声が聞こえた。

 路面も建物も白一色で、私たちの足音しか聞こえてこないのは確かに不気味な雰囲気だった。数百メートル上空の天井から降り注ぐ照明は、もともと木の根っこで拡散されている上に、純白の構造物に反射して陰影もひどく乏しい。


 白く塗りつぶされた世界を歩いていると、だんだん距離感や方向感がつかめなくなっていく。上から見たときにわかっていたことだが、ここの通路は普通の街とは違って大通りとそこから枝分かれした支道という形になっておらず、一定の幅の道が折れ曲がり、分かれ、行き止まり、まるきり迷路だ。


「なんかくらくらしてきたっす……」

「むう、小生もどうにも目が眩む……」


 二人に限らず、私も足元がなんだかふわふわしてきている。まるで目印がないところで行動するのがこんなにストレスになるとは思ってもみなかった。


 試しに立ち止まって、両手を広げて片足立ちしてみる。

 すると、すぐにバランスを崩してもう片足をついてしまった。

 ううむ、まずい……たぶん軽い見当識失調になっている。


 見当式失調とは、ざっくり言うと空間や時間の感覚がおかしくなることを言う。身近なものでは車酔いなどがそうだ。見ている景色と身体の動きが一致しないときなどに生じやすく、私もFPSを始めたばかりの頃はしばしば同じ症状に陥っていた。


 視点がどこかに定められるだけでもかなり緩和するはずなのだが、何かちょうどよいものはないだろうか。手持ちのものは少ないし、目印として置き捨てられるものなんて何も持っては――


「あ、あった」


 うってつけのものがあったことを思い出し、それを進行方向のぴったり50メートル先に投げる。この距離感は身体がおぼえているから、多少感覚がおかしくなっていたところで狂うはずもない。


「あ、あれを目印にして、歩いて」

「アレって……ニトロの爆発魔法っすよね?」

「近づいたら小生たちも吹き飛ばされてしまうのでは……」

「だ、だいじょうぶ。私が起爆しないと、爆発しないから」


 目印に使ったのはいくらでも生成できるC4だ。

 一度に同時に出せる量は5つまでだけど、後ろのものは順に爆破していけば上限にも引っかからず、破壊痕が残れば来た道もわかって一石二鳥だ。


 遠隔起爆の範囲は半径300メートル。

 50メートル間隔で投げ、最後尾のものを爆破し続ければ、歩行距離も測れ、安全距離も保てて一石二鳥だ。


 ぼっごぉぉぉおおおん!!!!

 ぼっごぉぉぉおおおん!!!!

 ぼっごぉぉぉおおおん!!!!


「なんだかちょっと楽しくなってきたっすねえ」


 トレードがさっそく元気を取り戻した。


 ぼっごぉぉぉおおおん!!!!

 ぼっごぉぉぉおおおん!!!!

 ぼっごぉぉぉおおおん!!!!


「創造魔法の一種のようだが、よければ術式や原理などを教えてはくれないかね?」


 ハイヤーンさんも元気になってきた。

 原理とか聞かれてもよくわからないので、そのあたりは適当に笑って誤魔化しておく。ハイヤーンさんは「やはり魔法の秘奥はそう簡単には教えてもらえぬよな……」と勝手に納得してくれたので助かった。


 すっかり調子を取り戻し、豆腐タワーまで半分くらいの道のりまで来たときだった。


「ちょっ、ちょちょ! お客様、何をされてるんですか!? 困ります、困りますぅ~~!!」


 頭上から、若々しい女性の声が降ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る