第33破 メイドロボ、降り立つ!
しゅごぉぉぉおおお……
噴射音とともに頭上から降ってきたのは、メイド服を着た金属製の人型だった。その身体は細身で女性的なラインを描いており、鋼鉄の羽が腰から左右に伸びてジェットが噴射されている。ハイヤーンさんがサイボーグならば、こちらはアンドロイドといった風情だった。
「困ります、困ります、お客様! アトラクションを破壊されては困りますぅ~~!!」
「あ、アトラクション?」
「スカイパーク名物、白雲のラビリンスですよ! ご存じないのですか!?」
思わぬ言葉に思わず聞き返してしまったが、そもそもこのアンドロイドメイドは何? 敵意はなさそうだけど……。
「ぜんぜんわかんないんすけど、あんたは誰なんすか?」
「申し遅れましたっ! わたくしは当パークのコンシェルジュ、マキナでございます!」
「コンシェルジュって、案内人ってことっすか?」
「エグザクトリィ! その通りでございますわ! このスカイパークを心ゆくまで楽しんでいただくため、誠心誠意お客様に尽くすのがわたくしの使命なのでございますっ!」
マキナと名乗ったメイドロボは、両手をお腹の前で組んでお辞儀をする。一挙手一投足ごとにうぃーんがしょんとメカっぽい音がしている。なんだかロボットダンスみたいだ。
しかし、ハイヤーンさんの感想が違ったようで、
「むう、なんと自然な動き。貴殿はゴーレムなのか?」
「はい! わたくしはMKN-CC300をベースに、当パーク用にカスタムを施した最新モデルでございます」
「MKN……書物で目にしたことがあるな。古代王国の魔法使い集団であったか……」
「その通りでございます。MKNのゴーレムテクノロジーは王国随一! おはようからおやすみまで、みなさまの暮らしを手厚くサポート致します。ご関心がおありでしたら、カタログをご用意いたしますか?」
「おお! ぜひ頼む!」
「かしこまりました!」
マキナの身体が、ガキンと金属音を立てて硬直する。そして黒目が左右デタラメに動き、口からはぴーひょろろろ~と謎の電子音がした。正直に言ってちょっと怖い。
こっそりC4を握って不測の事態に備えていたら、マキナの首がコキッと45度に傾いた。
「あら? 応答がありません。どうしたのでしょうか?」
「つ、通信してたの?」
「その通りでございます、お客様。当パークはMKN社の新製品を紹介するデモンストレーションの場ともなっておりまして、製品に興味関心を持たれた方には速やかにカタログをお渡しできるよう小型ゴーレムを配備しているのですが……どうやら上手く動作しないようです」
「こ、壊れちゃったってこと?」
「いえ、不測の故障ではございませんのでどうぞご安心を。カタログ配布に使用しているMKN-DR100シリーズはご家庭での導入のしやすさも考え、耐用年数は3年程度を目安としております。現時点で製造から892年が経過しておりますので、カタログスペックに誤りがあるわけではございません」
「は、八百年!?」
突然大昔の話が出てきてびっくりしてしまったが、トレードやハイヤーンさんの反応は薄い。そういえば、もともと古代王国の遺跡を探索に来てたんだっけ。古くて当たり前ってことなのか……。
「しかし、貴殿は今でも問題なく稼働しておられる。何か秘密があるのかね?」
「よくぞ聞いてくださいました。わたくしはCC100、CC200にはないセルフメンテナンス機能つきの最上位モデルでございます。補修パーツ製造の問題から公称耐用年数は7年とさせていただいておりますが、安定した環境であれば理論上千年、二千年でも稼働可能な優れものでございますよ!」
千年、二千年も保つロボットかあ。前世なら考えられない性能だ。
「でも、ガーゴイルは普通に動いてたじゃないっすか。そんなにすごいことなんすかねえ」
「恐れ入ります、お客様。あのような単機能型と一緒にされては困ります。わたくしどものような汎用タイプは部品点数で言えば約800倍の差がございます。明らかな事実誤認に基づく誹謗は営業妨害にもなり得ますのでくれぐれもご注意ください」
「はあ、そうなんすか」
マキナに応じるトレードの声は冷めている。サウスゲイトへの道のりで出会った草刈りゴーレムからこっち、ゴーレムにはろくな思い出がないのだから仕方がない。
「そんなことより出口を教えてほしいんすけど。ろくに食料も持ってきてないんすよね」
「まあ、なんてことでしょう。ここは迷子を楽しむラビリンスでございます。ギブアップをなさるのですか? 無事ゴールをするとソフトクリームのプレゼントがございますよ?」
「迷子を楽しむってどんな趣味っすか。ギブアップでもなんでもいいから帰り道を教えてほしいっす」
「それは残念……では、脱出案内係を呼びますので少々お待ち下さい」
マキナの口からぴーひょろろろ~と電子音が再び鳴り響き、それから首がコキッと45度に傾く。
「あら? 応答がありません。どうしたのでしょうか?」
「まーたそれっすか。でぃーあーるなんとかっていうのがまた壊れてるんじゃないっすか? とんだポンコツじゃないっすか」
「失礼ながらお客様、DRなんとかではなくDRシリーズです。なお、脱出補助係はDR-100ではなく、ミドルクラスのDR-200となっておりまして――」
「あー、わかったっすから! あんたが自分で案内してくれればいいじゃないっすか! それが手っ取り早いっすよ」
苛立ち始めたトレードの顔を、マキナはまっすぐに見つめて動きを止めた。さっきまであんなにうるさかったのに、一言も発さず微動だにしない。
「な、なんすか? やるんすか? こ、こっちには大魔法使いがいるんすからね! 変なことしたらどっかーんっすからね!!」
トレードは文字通りに尻尾を巻き、私の背中に隠れる。すっかり雰囲気に飲まれかけていたけれども、相手は正体不明のゴーレムなのだ。突然攻撃してきてもおかしくはない。
汗が滲む手でC4を握りしめ、じりじりと下がって間合いを広げる。先制して貼り付けておきたいところだが、それが攻撃と取られてしまったら本末転倒だ。ぎりぎりまで状況を見極めたい。
ほんの数十秒の沈黙が、何倍にも長く感じられる。背中が冷や汗でじわりと濡れるのを感じる。
沈黙を破ったのはマキナだった。
おもむろに顎先に指を添え、こきりと首を傾ける。
「申し訳ございません、お客様。わたくしの業務権限内に【ラビリンスからの脱出案内】は見つけられませんでした。しかし、ご安心ください。わたくしはみなさまがこの白雲のラビリンスを十全に楽しんでいただけるよう誠心誠意フォローさせていただきます」
「やっぱりポンコツじゃないっすか!」
トレードの叫び声が、白亜の迷宮に響き渡った。
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