第6爆 爆弾狂、ダンジョンに挑む!

第29話 地底湖だって爆破します!

 無事巨人ゴーレムを倒し、ハイヤーンさんの洞窟の中に案内された。

 内部は用途のわからない実験器具で一杯だが、雑然とした印象はない。複数の木製ゴーレムが箒やはたきを持って掃除をしており、それが整理整頓もしているようだった。


「いやあ、助かった助かった。君のような凄腕に巡り会えて小生は実に幸運だったよ! くつろいでくれたまえ。あ、お茶でも飲むかね?」

「お茶は結構っす。そんなことより早く報酬を寄越すっすよ」

「まったくせっかちだな。小生は3日ぶりに自宅に帰れたというのに……。せめて着替えだけはさせてくれ」


 ハイヤーンさんは別室に姿を消すと、服を着替えて戻ってきた。それまでのローブとは異なり、長袖のシャツにズボンという動きやすい格好をしている。


 フードがなくなってやっとはっきり顔が見えた。

 剃り上げた頭部からは無数のネジ頭が生え、瞳は灰色一色で瞳孔がなく、まるでホラー映画の人造人間みたいだ。


「ん、すまない。驚かせたかな? こう見えて小生はニトロ殿と同じ丸耳族でね。ゴーレム技術を利用してあちこち改良しているだけなのだ。例えばこの義眼。いまは日中用にしてあるが、暗視用や望遠用、顕微用と交換が可能で――」

「いくら便利でも目玉を取り替えたがる人はいなそうっすねえ。売り物にはなりそうにないんで、ダンジョンの話をしてもらえるっすか?」


 棚から色とりどりの義眼を取り出すハイヤーンさんを、トレードが手を振って制する。ハイヤーンさんは「この義眼の素晴らしさがわからないとは……確かに手術の死亡率は2割を超えるが……」などとつぶやきながら義眼をしまった。いわゆるマッドサイエンティストってやつなんだろうか。軽くホラーの趣がある。


「何を隠そう、ダンジョンへの入口は小生の研究室の奥にある。着いて来たまえ」

「ああ、それで未報告なんすね。洞窟に家を作るふりをして奥の入口を隠したと」

「隠したなどとは人聞きが悪い。小生は研究に没頭するためにだな」

「はいはい、そういうことにしておいてあげるっすよ」


 まだ何か言いたげにしながらも、ハイヤーンさんが絨毯をめくってその下の木板を外す。するとそこには地下へと伸びる隠し階段があった。


 ハイヤーンさんがパチンと指を鳴らすと、部屋の壁にかかっていたランプに足が生え、ぴょんと飛び降りる。そして階段を先導して下り始めた。


 階段は螺旋状で、空気はひんやりと湿っている。岩を掘り抜いて作ったもののようだが、壁も天井も磨き上げたかのように滑らかだ。足音がこぉーんこぉーんと反響し、地下深くへと吸い込まれていく。


 体感で10階分ほど下っただろうか。階段が終わり、広々とした空間に出る。ハイヤーンさんがランプを拾い上げ、辺りを照らしてくれるが広すぎて天井も壁も見えない。


「確かに人工物なのは間違いなさそうっすけど……こんな何もない場所の情報が報酬なんすか? お宝なんてどこにもないじゃないっすか」

「ここまでで目ぼしいものはすでに回収してしまったからな。待て、不用意に先に進むな。その先の地面をよく見てくれたまえ」


 ハイヤーンさんが空いた手で示す先を見るが、鏡面のように磨かれた床が続いているだけだ。トレードはしゃがんで目の前の地面に手を伸ばす。


「地面が何だって言うんすか? 別に何にもないじゃないっすか……って、冷たっ!」


 トレードは慌てて手を引っ込めた。指先から波紋が広がり、暗闇の向こうへと消えていく。


「み、水が溜まってる……?」


 私も恐る恐る指を伸ばす。すると鏡面のように見えていた地面に指先が沈み、ひんやりと冷たい感触が肌を濡らした。鏡みたいだと思っていた地面は、ものすごく透明度の高い水たまりだったのだ。


「かなり深いからね。誤って落ちないよう気をつけてくれたまえ」

「そういうことなら初めに言っておいて欲しかったすね。で、この水たまりが何なんすか?」

「大事なのはこの地底湖の底に眠っているものなのだ」


 ハイヤーンさんが湖面にランプを掲げると、水中の様子が見えてきた。揺らめく反射光の奥底に、金属製の大きな扉が見える。新品の十円玉のような光沢だから青銅製だろうか。


「近づいて観察は出来ていないが、表面の文様は明らかに古代文字だ」


 目を凝らすと扉には細やかな文様が刻み込まれている。見たこともない形だけれど、それは確かに文字のように見えた。


「なるほど、あの扉の先にもっとお宝があるかもしれないってわけっすね」

「あるいは別の遺跡に通じているのかもしれんが、これでは調査ができなくてな」

「お得意のゴーレムに潜らせればいいじゃないっすか」

「もちろんそれは試した。しかしな――」


 ハイヤーンさんが懐から小さな人形を取り出す。小声で何かを唱えると、人形はひとりでに歩き出した。これもゴーレムなのだろう。


 人形はぽちゃんと湖に飛び込むと、じたばた手足を動かして泳ぎ始める。しかし、すぐに動きを止め、ぼろぼろと崩れながら湖底へと沈んでいった。


「この通り、この水には強力な<反魔法>がかかっているようでな。小生の歯車が詰め込まれた頭脳でも、どうやって突破すればよいものか見当もつかないのだ」

「やっぱり空手形じゃないっすか! 探索の目処が立たないダンジョンの情報なんてもらっても何にもならないっすよ!」

「いや、待て待て。君らならあるいは……と思ってな」

「報酬を提示したのはニトロの魔法を見る前じゃないっすか! タダ働きさせる気満々だったんすね! だいたい、魔法が無効じゃニトロだって手も足も出ないっすよ!」

「いや、その、それはあれでな。なんかこう、ニトロ君の瞳に計り知れない可能性の光を感じて、いけるかなーと。いけたらないいなーと」

「ただの願望っすよね、それ!?」


 魔法、魔法かあ。

 結局この世界の魔法ってどんなものなのかさっぱりわからないけれども、私のC4もやっぱり魔法の一種なんだろうか。何もないところから爆弾を取り出せるなんて前世基準で考えたら間違いなく魔法の部類だろう。


 とりあえず、C4をひとつ作って湖に投げ込んでみる。

 C4はそのまま沈んでいき、湖底の金属扉にべたっと貼り付いた。ゴーレム人形のように崩壊してしまうことはないらしい。では遠隔起爆は可能なのか。EoG的に電波通信で作動するという設定だったけど――


 ぼっごぉぉぉぉおおおおん!!!!

 どばばばばばばばばばばば!!!!


 試しにスイッチを入れたら、轟音とともに巨大な水柱が立ち上がった。遅れて水しぶきが滝のように降りかかって、あっという間にずぶ濡れになる。つ、冷たい。


「い、いま何を……?」

「ニ、ニトロがやったんすか……?」


 言い争いをやめた二人が目を丸くしてこちらを見ている。あっ、いけない。C4の検証がしたくてうっかり無断で爆破してしまった……。


「ご、ごめんなさい……」


 という私の言葉を打ち消して、再び轟音が響き渡る。


 ずごごごごごごごごごごご!!!!


 地底湖が渦巻き、水かさがどんどん減っていく。

 呆気にとられていると、地底湖はあっという間に空っぽになった。中心にはぐしゃぐしゃにひしゃげてしまった扉の残骸がぽっかりと口を開けていた。


 ま、まずい。他人様のおうちの物を思い切り壊してしまった……。


「べ、弁償しま――」

「す、すごいぞ! 古代王国の<反魔法>を押し切ってこんな大魔法を発動させるとは! 君の可能性を信じた小生の見立てはやはり間違っていなかった! さあ、君たち、さっそく探索に向かおうじゃないか!」

「何を勝手に仕切ってるんすか! ダンジョンの情報は報酬だし、道を切り拓いたのもニトロなんすからね! あんたの取り分なんてないっすよ!」

「わかったわかった。有用なものが見つかったときはきちんと買い取る。小生は古代王国が築いた魔法の知恵さえ手に入れば他に欲するものなどないのだよ」

「ほんとっすかねえ。あんたは今ひとつ信用できないんすよねえ」


 私がわたわたしているうちに、二人はすり鉢状の湖面を下って先に進んでしまう。こうして、何が何やらわからないうちに初めてのダンジョン探索が幕を開けるのだった。

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