第28破 多撃必中!

「要するに『א』の字を消せばいいんすよね? 弓矢でどうにかならないんすか?」

「それはもちろん試したのだが……」


 ハイヤーンさんは再び地面に魔法陣を描くと、そこから土で出来たクロスボウが生えてきた。クロスボウには昆虫に似た足が四本生えており、ひとりでに動いて巨人ゴーレムの額に向かって矢を放つ。


 しかし、ゴーレムは腕を振るって矢をはたき落とした。想像以上に機敏な動きだ。


「この通り、命令に反さない限りは自己防衛に努めるよう行動原理を刻み込んでいる。そのうえ破損も自己修復可能! ふはははは、見事だろう!」


 矢が当たった場所にはわずかに罅が入っていたが、見る間に塞がって見えなくなった。強度的にはレンガ以上コンクリート未満といったところだろうか。


 十分に破壊可能なレベルだけど、C4を直接投げつけるわけにもいかない。弾き返されでもしたら大惨事になりかねない。


「これは思ったよりも面倒くさそうっすねえ。珍しいものも見れたし、そろそろ退散するっすかね」

「え? あ、うん」


 ゴーレムをなんとかする方向で考えてたけど、冷静に考えたら別にそんな義理はないんだった。むしろ串焼きを奢ってあげた貸しがあるくらいだ。


「ままま、待ってくれ! 助けてくれたらちゃんと礼はする! 君たちのような稼業なら欣喜雀躍きんきじゃくやくの代物だと約束しよう!」

「口ではなんとでも言えるっすからねえ。一体どんな報酬がもらえるんすか?」

「聞いて驚き給え! 未報告のダンジョンの情報だ!」

「そんなこと言って、ゴブリンの巣穴だったりしないっすよね?」

「正真正銘のダンジョンだ! 瘴気領域発生以前の古代王国期のものであることに間違いはない! 何を隠そう、あのגִגַנת-דָללGigant-Dollもそこから発掘した魔石を使って創り上げたものなのだぞ!」

「ダ、ダンジョン?」


 異世界らしい言葉の響きに思わず反応してしまう。


「ニトロはダンジョンに興味があるんすか?」

「う、うん……」


 トレードの言葉に小さく頷く。せっかく異世界にやって来たのだから一度はダンジョン探索をしてみたいというのは正直な気持ちだった。


「おじさんツイてたっすねえ。大魔法使いがやる気を出してくれたっすよ」

「大魔法使い?」

「もうじきここいらにも噂が届くと思うっすけどね。サウスゲイトへの街道を塞いでいた魔物の砦を、たった一人で更地に変えた最強の魔法使いがこのニトロなんす!」

「なんと……! 小生の人を見抜く目にやはり間違いはなかったか!」


 ううっ、またトレードが期待値を上げてくる。

 しかし、ゴーレムをなんとかしないとダンジョンの情報がもらえない。改めて状況を整理してみよう。


 勝利条件はゴーレムの額にある『א』の字の破壊。強度はそれほどでもなく、弓矢が当たったくらいで破壊できる程度のようだ。


 次に防御機構。矢を易々と払いのける程度の機敏さがあり、防御を掻い潜るには充分な弾速が必要と予測される。EoGのミッションならばスナイパーの独壇場だったろう。


 EoGにはメインコンテンツの対人戦の他に、ミニゲームもちょくちょく開催されていた。報酬はスキンやアクセサリーが中心で、コレクター向けの内容だったためバランス調整は不十分だ。


 私にとっては鬼門のコンテンツだったのだが、なんとかクリアするために数々のC4技を生み出したわけで、避けては通れない試練だったとも言える。一撃必中、狙撃を求められるミッションではどうしていたかと言うと……。


「あ、あの、スコップとかありますか?」

「スコップ?」


 ハイヤーンさんが不思議そうな顔をした。


 * * *


 スコップを持った泥人形たちがせっせと穴を掘っている。

 他の泥人形たちには手頃な大きさの石ころを集めてもらっていた。


 ゴーレムって便利だなあ。

 私も使えるようにならないかなとハイヤーンさんが魔法陣を描く様子をじぃっと見ていたんだけど、警戒されたのか手元を見せてくれなくなってしまった。秘伝の技的なものなんだろう。


 EoGの配信者でも指先の動きどころかキーボードのタイプ音すらマスクする人がいたからなんとなく気持ちはわかる。私自身は自分でWikiを更新して情報を広めるタイプだったけど。


「これくらいの深さでどうかね?」

「う、うん。ちょうどいいと思う」


 深さ1メートル半ほどの斜めの穴が出来たところで泥人形の動きを止める。角度は……少し土を削ったり盛ったりして調整。うん、これくらいでいいだろう。


 穴の底にC4を遠隔起動モードでセット。上から石ころを流し込んで埋める。


 巨人ゴーレムに動きは見られない。私有地の範囲外で行われている私たちの行動を攻撃とは判定できないのだろう。ハイヤーンさん自慢の一品ではあるけれど、ゲーマー視点ではこういう融通が効かないタイプの敵はハメ手の格好の餌食だったりするのだ。


「そ、それじゃ、耳をふさいで口を開けておいてください」

「う、うむ」


 穴から距離を置き、屈んで耳をふさぐ。


「3、2、1……発破ァ!!」


 ぼっごぉぉぉぉおおおおん!!!!

 ずどどどどどどどどどどど!!!!


 穴から爆炎が吹き出し、爆煙が巨人の上半身を包み込む。

 続けて「どどどどどどど……」と山崩れのような音。

 土煙が収まった後には、原形を失くした土塊の山が残っていた。


 くくく……これぞ百八のC4技のひとつ<埋火うずめびの術>!


 地面に掘った穴を即席の迫撃砲として使用する技で、C4の爆発を利用して穴に詰めた散弾をばらまくものである。C4を利用した攻撃でスナイパーライフルのような一撃必中はどう頑張っても望めない。


 それならば……いっそ多撃必中だ!


 逆転の発想で、無数に発射した弾体のうちどれかひとつでも目標に命中すればよいというコンセプトだ。


 開発にあたっては、古くは16世紀のドイツで使われたフーガスFougasseを参考にした。近代ではクリミア戦争や日露戦争でも使用された記録があり、石弾の代わりにガソリンやオイルを撒き散らかす火炎放射器バージョンは二次大戦中にも使用され、現代米陸軍の戦術マニュアルにも記載があるという。


 なお、<埋火うずめびの術>という命名は忍法から取った。

 ジャパニーズNINJAは海外ウケがいいから、こういう名前をつけたのだが、現実の忍者がこんな技を使ったかは知らない。


「な、なんという威力か……」

「さっすがニトロっすね! ゴーレム程度、いくらデカくっても一捻りっす!」


 えへへ、一発で決まってよかった。


 それにしてもダンジョンってどんなところなんだろうな。

 前世で見たアニメやゲームの光景を思い浮かべながら、私の胸は高鳴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る